413:サーチデザート-3
「こんにちはー」
「うおっ、タル!?」
「霧の塊が近づいてくるから何かと思ったら……」
「微妙に心臓に悪いな……」
キャンプに近づいた私たちを待っていたのは、こちらの事を明らかに警戒しているプレイヤーたちの姿だった。
まあ、妥当な反応と言える。
私が纏っている呪詛の霧の濃度は地上ではあり得ないものだし、私が此処にいるなんて情報が回っていると思えないから。
「お、タルか」
「あら、オンガだったかしら」
「おうよ。こうしてザリアたち抜きで会うのは初めてになるな」
キャンプには『光華団』あるいは『エギアズ』に所属していると思しきプレイヤーの姿や、イベントで見かけた覚えのあるプレイヤーも居たが、知り合いと言えるレベルで付き合いがあるプレイヤーの姿はオンガくらいしかなかった。
と言う訳で、『呪圏・薬壊れ毒と化す』対策のためにキャンプから20メートルほど離れた場所で会話をする。
「このキャンプは前線拠点って事でいいのかしら?」
「それで合ってる。何処まで知っているかは分からないが、このダンジョンで問題なく立ち回れて、その先に行けるのが、今の最前線組が考える砂漠のレイドボス戦参加の最低条件だな。まあ、単純に稼ぎ場としても優秀なんで、見ての通りの満員御礼状態だ」
「へぇ、そうなの」
とりあえず私がこのダンジョンで世話になる事はなさそうだ。
人が多いと、呪いの関係で迷惑をかける事になるし、余計なトラブルを招くことになる。
「で、そっちはどうして此処まで?」
「大したことじゃないわよ」
私は此処までの道中に不審者を見かけたが、見つけられなかったことを話す。
そして、このキャンプを見かけたので、やって来た事まで伝える。
すると何故かオンガは一度黙り込み……それから口を開く。
「不審者か。掲示板でもザリア分隊のプレイヤーたちが話を上げてたな……。えーと、そうだな、サクリベスに『試練・砂漠への門』でも動きがあったみたいだな。この動き……やっぱりそうか?」
それから掲示板を開いて、何かを確認していく。
どうやら何か心当たりがあるらしい。
「何かあったの?」
「あー……『かませ狐』あるいは『鎌狐』と言ってタルは分かるか?」
「モンスターの名前か何かかしら? 聞き覚えはないわね」
「ざりちゅもないでチュね」
「まあそうだよな。MMOの闇と言うか、表に出すべきじゃない部分の話だしな」
オンガはそう言うと、角の生えた頭を困ったように掻く。
「何の話だ?」
「知らね」
「なんか特別な情報なら俺らも聞きたいっす」
「近づくのはいいけど、アイテムが壊れても保証は出来ないわよ」
「それより情報なんですわ。まあ、タルの呪い対策は割と進んできているけどなー」
「お前ら……ぶっちゃけ、聞いていて気持ちのいい話じゃねえぞ。アイツらの話は」
おっと、他のプレイヤーたちが近づいて来たか。
まあ、アイテムが破壊されるのを覚悟の上で近づいてきたようなので、オンガの話に集中しよう。
「まず大前提として、これはゲームのシナリオや進行とは無関係だ。そうだな、とある外部クランの話と言うのが正しいか」
「外部クラン……プロゲーマーではないのね」
「違うな。と言うか、間違っても本人の前で同一視はするなよ。意味が伝わった場合、侮辱以外の何物にもならない」
ふむ、どうやら相当面倒くさい連中のようだ。
既にオンガの語る顔が、この上なく面倒くさそうなものと言うか、軽く死んだ目になっている。
「連中の正式名称は『鎌狐』。だが、その面倒くささや煙たがられ方から、知っている一般プレイヤーからは『かませ狐』と呼ばれることが多い」
「ふむふむ」
「あいつらのスタイルは……簡単に言えば、わざとグレーゾーンの行動をする事で楽しんでいるアウトローだ。もっと言えば、垢BANやGMからの注意を受けるような行為はしないが、普通のプレイヤーから煙たがられるような行為は進んでやる。そういう連中だ」
「あー……」
あ、はい。
どうしてオンガが面倒そうな顔をしているのか理解しました。
通報しても処分できない迷惑プレイヤーなんですね、理解しました。
そして、何故周囲のプレイヤーは私に目を向ける。
いや、気持ちは分かるけども。
「アレだ。『CNP』ではPKが許されているだろう。だが、特定の個人を狙い撃ちにして繰り返しPKしたり、一つのエリアを不正に独占するために片っ端からPKをする、強者が弱者をいたぶるような形で何時間もPKするような行為は、ゲームの範疇を超えた迷惑行為として判断され、GMの処分対象になる。これは知っているな」
「あー、そうだっけ?」
「『CNP』のPKに得はないからなぁ……」
「そうなっているんだ。知っておけ。逆に嵌められるぞ」
PKか。
私も何度かやったことがあるが、運営から注意を受けた事はない。
それはつまり『CNP』ではゲームのシステムとして、PKは認められていると言う事である。
「じゃあ、そんな『CNP』で『かませ狐』がどういうPKをするかと言えば……最前線でモンスターと戦闘中のプレイヤーに横やりを入れる。街中で格上のプレイヤーに突然背後から襲い掛かる。PTでこっそり周囲のモンスターを呼び寄せてMPKをするとか、そんな感じの行為を不特定多数の相手に行うんだ」
「うわぁ」
「面倒くさぁ……」
「通報……しても処分対象外になるのか。これだと」
ああなるほど。
確かに厳しい処分は出来ない。
どれもマナーと言う意味では最悪かもしれないが、不正行為の類ではない。
そして、私としては彼らのプレイスタイルは否定できない。
私の未知を求めるスタイルと、彼らのスタイルはそんなに離れているものではない。
だが、相容れる事はないだろう。
「なるほどね。そういう集まりなら、NPCが犠牲になるのは構わないし、カースの味方をする事も躊躇わない。物資の横領とかもするかしら」
私はその後に得られる未知の量を考えて行動するし、取り返しのつかない事態は起きないように動く事を考えている。
「するだろうなぁ。運営がやっても構わないと言っているんだから、じゃあやろうぜ。と言う連中だ。わざと討伐を失敗するのは迷惑行為判定を食らうかもしれないからやらないだろうが、勝てるかどうかも、負けたらどうなるかも考えずに突っ込むぐらいはする」
しかし、彼らはその点を一切考えずに、自分の欲望を満たす事を第一に考えて動くのだろう。
だから、相容れる事はない。
いわば冒険家と探検家の違いだろうか。
「で、オンガは今回の件の不審者を『かませ狐』の連中だと思っていると」
「少なくとも薫陶くらいは受けているんじゃねえかなぁ……確証は持てないが」
「持てないの?」
「外部クランの話で、どちらかと言えばネットの裏側でもある。処分したくても出来ないMMOの癌細胞みたいな連中だからなぁ……本人たちが名乗らない限りは分からん」
さて、問題は彼らにどう対処するかだが……。
「ただまあ、アレだな。生粋の連中だったら、どれだけPKされても運営に訴えるような真似はしない。アイツらは自分たちのグレー行為の結果が返って来て、不利益を被るのならば、それはきちんと受け入れる。その程度の筋は通せる」
「生粋じゃなかったら?」
「その時は暴言の類を吐くだろうから、録画して運営に送り付けてやれ。それまでの行為が行為だからな。簡単に取り押さえられる」
まあ、そうなるか。
説得して駄目ならPKしてしまえと。
うん、分かり易いし、PKが許されているゲームなのだから、十分ありだろう。
「ちなみにオンガそこまで詳しい理由は?」
「若気の至りでチュか?」
「単純に昔からこの手のゲームをやり続けているから、知っているだけだ。とりあえず掲示板に流して、警戒を高めておくぞ。アイツらは運営が禁止していなければ、PKも、NPCキルに誘拐も、物資に紛れ込んでの侵入も、何でもやるからな」
そうしてオンガはキャンプに帰っていった。
「……」
「どうしたでチュか?」
「いえ、対策を急いだほうがいいのかなと思っただけよ」
そして私は他のプレイヤーたちに別れを告げると、再び砂漠の移動を始めた。
さて、『かませ狐』か。
カース相手でも軽く行動を起こしそうな厄介なプレイヤーなようだが、上手く止められるだろうか?
ぶっちゃけ、私はそういう方向には向かないので、祈る事と、上手く止められなかった時……予期せずカースが動き出してしまった時に備えておく事しか出来ない。
そんなことを考えつつ探索を続け、特に目立った成果もなくログアウトの時間になった。
02/03誤字訂正