401:サンダーアンドアイアン-5
「っつう!?」
私はネツミテを全力で振り下ろした。
だが、打撃部が変電の鰻呪の体に触れた瞬間こそ僅かに抵抗があったが、直後にすり抜け、地面に当たってしまった。
「アホか私は!」
『よく考えたらコイツほぼ非実体系じゃないでチュか!』
「おおおぉぉぉ……」
考えてみれば当たり前の話だった。
変電の鰻呪の体は電気で構成されており、そこへ質量が付与されて動きが止まっても、実体はほぼ無いままなのだ。
だがこれでも幸いな方だ。
これで攻撃に使ったのがネツミテではなく、金属を主にした武器であった場合、感電していた可能性が極めて高いのだから。
「それでも手がないからとりあえず殴るけど!」
『この状況の120秒は長いんでチュよ!』
「あああぁぁぁ……」
変電の鰻呪に入っている質量増大は1減って、残り7。
70秒後には解除されて、スーパーボール状態が再開されることだろう。
対する『重石の邪眼・2』の使用後CTは120秒で、どう考えても間に合わない。
だから私は少しでも情報を得るべく、ネツミテによる攻撃をするわけだが……。
「なんかぬるっとした!? ウナギ要素生きてるの!?」
『ええぇぇ……意味あるんでチュか……?』
ネツミテが変電の鰻呪の胴体に当たった時の軌道がおかしかった。
頭と手足に当たった時は素直な手応えの後にすり抜けるのだが、胴に当たった時は滑るような手応えがあった。
どうやら変電の鰻呪の胴体に物理攻撃を通す時には、しっかり当てないと武器が滑ってしまい、意味がないようだ。
「意味は……たぶんあるわ。物理攻撃99%カットとか、そういう感じで」
『ああ、なんかこのダンジョンの運営が失敗した理由がまた一つ出てきた感じでチュね……』
「ううううぅぅ……」
全身が電気であるために物理攻撃がほぼ通じない、その上で胴体は攻撃を滑らせる何かを纏うと言う、物理攻撃に対して何か怨みがありますと宣言しているような構成が無意味とは言わない。
だが、そんな体を維持するとなれば、それだけ必要な呪詛の量が増える事になる。
ザリチュの言うように、ダンジョンが潰れる原因の一端になっているのは間違いないだろう。
「どうする……」
しかし、今考えるべきは変電の鰻呪と『稲妻走らせる鉄塔の森』の関係性よりも、どう倒すかだ。
質量増大が一度解除されるのは仕方がない。
問題はその後だ。
『たるうぃ!』
「分かっているわ。一度離れる」
「おがああああああぁぁぁぁぁざああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私は変電の鰻呪から距離を取る。
変電の鰻呪にかかっていた質量増大が解除されて、変電の鰻呪は再び雷速のスーパーボールと化して、マップ中を跳ねまわり始める。
残り時間は……55分ほど。
「化身ゴーレムもだけど、こういう時に備えて眼球ゴーレムも1ダースくらい持ち歩くべきね。ラッシュを仕掛ける時に出来る事がまるで違うわ」
『まったくでチュね。ところでソロではなくパーティで戦おうと言う考えはないんでチュか?』
「他のプレイヤー、此処に来れないじゃない。足並みを揃えるのはいいけど、それで見れる未知までも見逃すのは嫌よ?」
『でっチュよねー』
位置取りよし。
先ほどと同じように9つの目で『重石の邪眼・2』を仕掛ければ一時的に動きを止めることは出来るだろう。
手順は……途中までは定まっている。
時間もないし、よし、行こう。
「thgil『重石の邪眼・2』!」
「!?」
よし、今度は2個の目で抑えられた。
変電の鰻呪が質量増大によって動けなくなり、その場でただ震えるだけになった。
「一気に重くなりなさい。thgil『重石の邪眼・2』!」
「おぎ……ご……」
そこへ『呪法・破壊星』、『呪法・方違詠唱』、そして変電の鰻呪の各部をターゲットとする『呪法・感染蔓』込みの『重石の邪眼・2』を4つの目で発動。
灰色の蔓が何度も変電の鰻呪を貫いて、質量増大のスタック値は35まで伸びる。
すると元の重さがほぼ無いためだろう、変電の鰻呪は震える事も丸まる事も出来なくなって、地面に伸びる。
「とりあえず叩く!」
ここから120秒間は次の邪眼は撃てないので、とりあえず叩く。
塵も積もればで、やらないよりはましだ。
それと同時に此処からどう攻めるかを考える。
まず質量増大の維持、これは確定。
『重石の邪眼・2』ワンループに必要な時間は150秒、これはスタック値が15削れる数値であり、『呪法破壊星』込み、全弾命中でも目が8個は必要になる事案なので、素直に13の目で撃ち込んで余裕を持たせた方がいい。
ずっと拘束するのは、耐性上昇を考えると厳しいが、それでもこれは必要な事だ。
「ふんっ、せいっ」
「ーーーーーー!」
問題はどうやってHPを削り切るかだ。
相手が非実体である事を考えると、毒、出血によるダメージはただの『呪法・貫通槍』ではなく、強制変換が必要になる。
しかし、強制変換をすると与えられるスタック値が大幅に減るため、時間制限もある今では火力が足りなくなってしまう。
単純なダメージを与える手段としては『灼熱の邪眼・2』と『暗闇の邪眼・2』だが、戦闘開始直後にカウンターで放った時のダメージを考えると、最高効率で当ててもたぶん時間が足りない。
「……。まあ、バクチを打つしかないわね」
『バクチでチュか……』
まずは『呪法・感染蔓』が再使用可能になると同時に、変電の鰻呪が再罹患するようになるまで拘束し続ける。
ひたすらに殴りつつ、『呪法・破壊星』込みの『重石の邪眼・2』を撃ち込んで、質量増大を維持する。
勿論、HPと満腹度の維持も忘れてはいけない。
『12分でチュ!』
「よし! 行くわよ!!」
「ーーーーー……」
12分経過。
這いつくばったままの変電の鰻呪から距離を取ると共に、呪詛の槍と呪詛の種を生成して、私以上に変電の鰻呪から離す。
そして、螺旋回転を入れつつ、一体化させた槍と種の突撃を開始。
「sisehtnys nietorp『石化の邪眼・1』」
「!?」
強制変換『呪法・貫通槍』、『呪法・方違詠唱』、『呪法・感染蔓』を乗せた『石化の邪眼・1』を13の目で叩きこむ。
初段で与えた石化は……12。
低い。
だが……
「いいいいいぃぃぃしいいいいいぃぃぃ!?」
『呪法・感染蔓』の効果によってスタック値は一気に増えていき、石化のスタック値は71まで伸びていく。
そして私はバクチに勝ったようだ。
変電の鰻呪は石化したように固まって動けなくなるのではなく、石として実体化している。
鰻特有のぬめりも恐らくは消えた。
カースだから体の7割が石化しようが死にはしないが、これならば幾らでも手出しのしようがある。
「さあ、往生しなさい!」
私はネツミテを振り上げる。
「いやだいやだいやだいやだいやだ! 俺は私は僕は儂は妾は! こんなところで死にたくない!!」
「知るか。あんたが死なないと私が出られないから死ね」
そして泣き言を喚く変電の鰻呪の体に振り下ろし、石灰ような物体と化した脆い体を打ち砕く。
何度も、何度も、何度も、振り下ろして、体を打ち砕いていく。
すると変電の鰻呪は『遍在する内臓』相当の呪いは持っていても、出血を即座に抑えるような呪いは持っていないようで、砕かれて露出した傷口からは電気と呪いが漏れ出て、HPが削られていくようだった。
「ずっと楽しそうにしている連中の姿を見せつけられて! そいつらの為に電気を作らされて! そんな電池扱いの果てに、こんな化け物に殺されるだなんて嫌だアアアァァァ!!」
「ふんっ!」
そうして石化した部分が全て打ち砕かれた時、まるで変電の鰻呪の心も打ち砕かれたかのように、石化していなかった部分も散っていき、そのまま消え去った。
「残り時間は20分ないぐらいか。かなりかかったわね……」
『色々と言っていたんでチュけど、それについては……』
「元からだいたい察していたし、気にする気はないわ」
アナウンスの類はない。
だが、倒した事は間違いない。
その証拠に、私が居る場所のすぐ近くに『理法揺凝の呪海』に繋がる門が開かれている。
「まったくひどい目にあったわね。次はもう少しきちんと準備をしてから挑みましょう」
『まあ、それはそうでチュね』
私は戦利品として変電の鰻呪の石化した体が打ち砕かれて出来た礫を一掴み分回収すると、『稲妻走らせる鉄塔の森』から脱出した。
≪称号『泡沫の世界の探索者』、『恐怖の名手』を獲得しました≫