396:ジュゲムオーシャン-2
「hh+ kw64 s^。 こうか」
「……」
私の目の前には紫色の三角形が居た。
そう、“居た”……過去形だ。
気が付けば平面であったはずの紫色の三角形は立方体になり、立方体から五芒星を横回転して作ったような図形になり、更に変化して何かの結晶のような形となり、声がはっきりと聞き取れるようになった時は紫色の球体と化していた。
恐ろしい事に、私には紫色の三角形が変化していく過程の一切を認識出来ていない。
気が付けば姿が変わっていたのだ。
「では改めて。お前は誰だ?」
「『虹瞳の不老不死呪』タルと言います。こっちは……」
誤魔化す事、抵抗する事は不可能。
そう判断した私は素直に名乗り出る。
最終的にどのようなペナルティが飛んでくるにせよ、下手な抵抗は事態の悪化しか招かないだろう。
「なるほど『虹瞳の不老不死呪』タルに『渇鼠の帽子呪』ザリチュ。『七つの大呪』と邂逅し、選択を迫られても、『いずれも選ばなかったもの』であるか」
「!?」
『あ、ヤベえでチュよ。これは……』
うん、ザリチュに言われるまでもなく、私も察した。
間違いない、私の目の前に居る現紫色の球体は『七つの大呪』よりも格上の存在、つまりは……偽神呪だ。
「察したか。ならば私は私の名を語らない。私以外の神為らざる呪いとの縁を持つお前が相手であるならば、それは猶更の事」
当たり前のように心を読んでくるあたり、やはり偽神呪である。
だが、私から名前を問うようなことはしない。
と言うより出来ない。
そんな逆鱗に触れかねないような行いは御免被る。
「この地について知りたくば、お前が手にする私の欠片をかざせばよい。この地より出たくば無数の星々を掴むか、門を開けばよい。この地を行き交う対価は、この地に守り無く踏み込めるならば不要。お前がこの地にて羽ばたく事、それこそが対価となり得る。しかし天地には近づくな。今のお前では潰れるのみだ。では私は去る」
言いたいことは言ったと言わんばかりに、紫色の球体はその姿を消した。
どうやら許されたらしい。
それにしてもだ。
「そ、そう……これが欠片なの……」
『まあ、前々から怪しい物体ではあったでチュよね……』
まさか此処で『鑑定のルーペ』について語られるとは思っていなかった。
紫色の球体の言うとおりであれば、『鑑定のルーペ』は偽神呪の一部と言う事になる。
そりゃあ、鑑定は出来ないし、破壊も出来ないし、素材にすることも出来ないわけである。
しかしそうなると、あの偽神呪の名前は『鑑定の偽神呪』にでもなるのだろうか? いやたぶん違う、もう少し捻ると言うか広範な何かな気がする。
まあ、これ以上は考えないでおこう。
逆鱗に触れるかもしれない。
「なんにせよ、まずは鑑定ね」
『でチュね』
とりあえずは情報収集をしよう。
では、鑑定。
△△△△△
理法揺凝の呪海
限り無き呪いの海、世界を観る為の海。
瞬く星々、浮かぶ泡沫、天に在るは海が源、涙の大船。
消える輝き、弾ける泡、底に在るは願い変じる境界線。
行き交うは傲慢なる変革者を乗せる小船。
理も法も、揺れて定まらず、凝りて定まる、泡沫のように、星のように。
世界の全てが涙に沈む時、次なる船が浮かぶ機会となる。
いずれも選ばなかった汝は、如何なる船を底より天へ上げる?
呪詛濃度:20 呪限無-浅層
[座標コード]
▽▽▽▽▽
≪ダンジョン『理法揺凝の呪海』を認識しました≫
「……。完全に終盤ダンジョンと言うか、現状の私が来たら駄目な奴じゃないのこれ……。いや、と言うかこれって凄まじいネタばれな気が……」
『順路ガン無視するたるうぃが悪いんだと思うでチュよ。ざりちゅは』
情報過多とは正にこの事である。
ただまあ、色々と察しはした。
「とりあえずここで出来るのは移動と観測だけね。此処はそういう場所として定められている」
『ふむふむ』
逆に言えば、移動と観測だけでも、バタフライエフェクトによって、通常世界に多大な影響を及ぼすことは出来るのだろう。
だからこそ紫色の球体は、この地で羽ばたくだけで、対価になると言ったのだ。
「天地には近づかない。下は『七つの大呪』が居る方で、今の私では実力不足。上は……逆に呪いが足りないのかもしれないわね」
『つまり、許されるのは水平移動だけでチュね』
「そうなるわ」
まあ、下にはいずれ行くかもしれないが。
なにせ、そういう場所だと認識したからなのか、旧『ダマーヴァンド』、新『ダマーヴァンド』、『熱樹渇泥の呪界』があるであろう場所の認識が出来ると共に、旧『ダマーヴァンド』の遥か下方に黒い球体……まるでブラックホールのようなものが見えている。
たぶんだが、あそこがアジ・ダハーカが居る場所だ。
現時点で近づいたら惨殺されるだけなので近づかないが。
「うーん、色々と見えるわねぇ……」
とりあえず『理法揺凝の呪界』についてはアレだ。
昔のRPGにある、空を飛ぶ手段、それを使用した際に表示されるプレイヤーの好きな場所に行ける全体マップのような物をイメージすればいい。
世界全体の状況を確認するのにも使えるが、基本的にはそれだ。
『どこに行くでチュか?』
「とりあえず砂漠マップの適当なダンジョンに顔を出しましょう。何時までもこちら側に居ても仕方がないし」
『分かったでチュ』
良く感じてみれば、『理法揺凝の呪界』には海流のようなものがある。
なので私はそれに乗ると、砂漠マップがあるであろう方向へと流されていく。
ただ、海流の中には底の方へ向かって沈んでいくような流れもあれば、天の方へと急上昇していく流れもあるため、先読みは必須だ。
だが、使いこなせば今後の移動が一気に楽になりそうだ。
「ふうん」
そうして極彩色の布を何枚か抜けた先、恐らく地上に出れば砂漠マップに繋がるであろうエリアに私は入る。
エリアの中心にはまるで蟻地獄のような、周囲から流れを引き寄せて、底へと勢いよく沈んでいく海流がある。
しかし、その海流の途中には巨大な星があって、この海流に身を任せていれば、自然とその星に入る事になるだろう。
恐らくだが、その星こそが砂漠マップの超大型ボスと思われている蠍型カースの居城。
その証拠に、その星は今もすこしずつ膨れて、天に届こうとしている。
あれが天に届けば……超大型ボス戦が強制的に開始されるに違いない。
『乗り込むでチュか?』
「流石に止めておくわ。アレはザリアたちがメインになって戦うべき相手よ」
しかし、強制開始にはまだまだ時間があるだろう。
なにせ、巨大な星と天の間には小さな星が幾つもあって、巨大な星が天に触れるのを防いでいるのだから。
大丈夫だと判断した私は流れの外に出ると、周囲に浮いている幾つかの星を見る。
「……」
星に見た目上の差はない。
音や匂いによる差や、第六感的な物でも差はない。
なのでどれを選ぶかは直感になる。
「これにしましょうか」
私は星に触れ、中へと吸い込まれた。
≪称号『呪海渡りの呪人』を獲得しました≫