395:ジュゲムオーシャン-1
「さて、今日は金属素材を探しに行きたいと思います」
『でチュね』
火曜日、いつものようにログインした。
『で、何で結界扉に手をかけた姿勢で止まっているんでチュか?』
「なんでってそりゃあねぇ」
今日の目的は複数ある。
一つ目はレベル上げ、ズワム素材を扱うためにも後2……出来れば3はレベルを上げたいところである。
二つ目はレベル以外の強化、呪術で言えば『気絶の邪眼・1』、『出血の邪眼・1』辺り、装備で言えばザリチュの武器、設備面で言えば金属素材が必要な部分のアップグレード、この辺が狙い目だろう。
三つ目は新たなる未知を求めて、いつもの事である。
「実際、良質な金属素材は欲しいのよね。『出血の邪眼・1』との相性がよさそうに思えるから」
『まあ、イメージ的には分かるでチュ』
では、これら三つの目的を同時に満たすにはどうすればいいのだろうか?
イベント中の情報交換で、東の海以外の第二マップに何があるかは知っているし、現実でのザリアとの会話で砂漠マップのどの辺に出血の状態異常関係の素材や、金属素材が取れるダンジョンがあるかも分かっている。
分かっているが、最初からこれらに頼るのでは未知が足りないと私は思うのだ。
『で、なんで扉に手をかけて、転移が始まったら何時でも飛び出せるような姿勢でいるんでチュか? たるうぃ』
「そりゃあ勿論、転移が始まったら、直ぐに飛び出せるように決まっているじゃない。ザリチュ」
『……。馬鹿でチュか?』
「またストレートに言うわねぇ」
『馬鹿でチュかアアァァ!? その方法は『熱樹渇泥の呪界』に乗り込む前、危険だとか言って止めた方法でチュよねぇ!?』
「あははは、今なら大丈夫よ。たぶん」
はい、と言うわけで、新規マップ……と言うよりは、以前に一度だけ目視して、それ以上は何も知れていないマップに行きたいと思います。
「安心しなさい。一度死んだら諦めて、ズワム素材に手を付けられるようになるまではマトモに地上とそこから繋がるダンジョンだけを探索するから」
『不安しかないでチュ……』
では始めようか。
転移は『ダマーヴァンド』から『試練・砂漠への門』に向けて。
これでまあ、何かあっても『サクリベス』は大丈夫だろう。
「ふんっ!」
そして転移に伴う違和感を感じた瞬間に私は結界扉を開けて、その先に身を投げ出した。
「ーーー……!?」
全身が結界扉の先に出た瞬間に感じたのは強烈な抵抗だった。
動きが強制的に止まっていくと共に、視界の隅を光が駆け抜けていき、そのまま見えなくなった。
「これは……水中に近いのかしら?」
『羽ばたかなくても浮いていられるでチュねぇ』
私は改めて周囲を見る。
かつて見た時に極彩色の地面として見えていたのは、どうやら何かの境界であったらしく、あらゆる方向で極彩色の布のような物が揺らぎ、混ざり合っては、分離して、不思議な模様を作り出している。
ただ、よく見れば明暗はあるようなので、仮に明るい方を上、暗い方を下としておこう。
「泡? いえ、呪いの塊?」
『光のようにも見えるでチュね』
下の方から巨大な泡……中心から淡い光を放っている球体が上の方へと湧き上がってこようとする。
だが、泡は途中で弾け飛び、光は虚空に飲み込まれて消えてしまう。
「こっちは重りでいいのかしら?」
『んー、どうなんでチュかね?』
上の方からは下に向けて何か黒い塊のような物が落ちて行く。
しかし、落ちて行った先で何かが起きるわけではなく、黒い塊はそのまま暗い底の方へと消えて行ってしまった。
「んー……不思議な場所ね……」
何と言うか、感動と言うよりも、不思議と言う感想が先に出てくる場所だ。
よく見てみれば、淡い光を放つ球体はそこら中に漂っているし、かなり縦長のブイのような物体も……見える範囲では10ちょっと漂っている。
どうやらブイはロープのような何かで結ばれているらしく、お互いの位置関係が揺らがないようになっているようだ。
そして、最初に視界の端に見た閃光は、よく見れば常に何百と行き交っているようであり、閃光の大半は似たような位置に飛んで行っているようだった。
『カースたちに戦う気はないようでチュね』
さて、不思議な場所ではあるが、呪限無に違いはないのだろう。
カロエ・シマイルナムンと同じ海月型のカースたちが何十匹と漂っている。
だが、戦う気はないらしく、明らかに私の事を認識しているにも関わらず、気にする素振りも見せない。
数の差と実力差があり過ぎて、敵として認識されていないだけかもしれないが。
「……。ここ、転移用のマップなのかしらね」
『まあ、そう考えるのが妥当なんじゃないでチュか?』
現在の私はと言えば、羽ばたいていないのにその場に固定され、思案に暮れることが出来ている。
そして結論を言えば、ここは本来なら転移の際にだけ使うマップであり、このマップを行き交う事によって転移を可能にしているのではないかと言うものである。
つまり、『CNP』の転移は単純な座標書き換えではなく、別空間を高速移動する事で行われるものであったらしい。
それと同時に言える事として……このマップをきちんと観測すれば、ダンジョンや呪限無の位置が分かると共に、未到達であっても直接乗り込むことが出来るのではないかとも思う。
「さて、どうやって通常マップに戻ろうかしらね?」
『やっぱりノープランだったんでチュか……』
まあ、目下最大の問題はどうやって通常マップに戻るかだ。
海月型カースたちの数を考えると迂闊に『鑑定のルーペ』を使うのも怖いところであるが、まずは情報収集としてリスク込みでこのマップの名前を知るのが第一か。
「では……」
そうして私が『鑑定のルーペ』に手を掛けようとした瞬間だった。
「9jq3yq えq43えq+」
「何時の……間に……」
『チュアッ!?』
気が付けば私の目の前に紫色の三角形が居た。