308:トライアルシー-2
『湿度が高いでチュねぇ』
「ぶっちゃけ不快よね。海水だからなのか、暫くするとべた付くし」
『試練・海への門』のダンジョンは、基本的なルールや構造、モンスターについては他の試練と変わらない。
違いとしては、コンクリートの床に傾斜が付いていて、所々で海水が溜まっている事。
罠に落とし穴系列がない代わりに、普通のプレイヤーの腰ぐらいの高さがある鉄砲水のように、通路全体への影響がある罠が増えている事が挙げられるだろうか。
私は天井近くまで飛んで回避するだけだが。
「「「ギョギョギョオオォォ!」」」
『敵でチュよー』
「はいはいっと」
モンスターについては半魚人と言うのが正しい姿をしていて、水中活動が可能であるが、電撃属性に弱いらしい。
私が戦う場合は『呪法・増幅剣』込みの『毒の邪眼・2』でお終いだが。
「あ、一応確認だけど、ザリチュのゴーレムをこういう場所で使おうとしたらどうなるのかしら?」
『水に触れない限りは活動可能でチュ。でチュが、渇いた環境で使う時よりも確実に能力は下がるでチュね』
「なるほどね。注意しておくわ」
『お願いするでチュ』
ザリチュの渇砂操作術は湿り気に弱い。
なので当然の話だが、こういう場所での使用には向かないようだ。
「お、着いたわね」
『でチュねー』
とまあ、こんな感じにいまいち緊張感を持てないままに、ボス戦に繋がる通路がある広間に到着した。
「タルだ。マジで姿がほとんど見えねぇ……」
「カースだってな。鑑定はするなよ?」
「しないって。後、ボスで一緒に入るのは止めた方がいいだろうな」
他のプレイヤーの声が聞こえてくる。
私に『鑑定のルーペ』を向けるとどうなるかの話が広まったのか、『鑑定のルーペ』を向けてくるプレイヤーはいない。
『此処のボスはどんなのでチュか?』
「それが詳しい情報は未だにないのよね……」
サクリベスの四方にある試練のボスは、特定の条件を満たすと強化され、特殊な行動や能力を得ると言うのが分かっている。
だが、『試練・海への門』では、イマイチ強化される条件が分からず、強化された場合の能力についても不明である。
「普段の情報の貸しを返す代わりにって事でストラスさんに未確定情報まで送ってもらったんだけど、どうにも共通項とかが見つからないのよね」
『それは困りものでチュねぇ』
ストラスさん……と言うか検証班曰く、複数の条件が関わっている可能性は高いが、具体的にどれと言うのは分からない。
ただ、呪術の習得数が多いプレイヤーが居る時ほど強くなりやすい傾向はあるようなので、呪術、呪法、その辺で何かあるのでは?
との事。
「まあ、行くだけ行ってみましょうか。駄目だったら、検証班に何があったのかを説明して、ストラスさんたちに協力してもらう感じかしらね」
『分かったでチュ』
私は白い霧の通路に入って、ボス戦前の準備通路に入る。
「あ゛?」
『ヂュアッ?』
直後、強烈な不快感を感じた。
私は反射的に不快感の源であろう意思を弾き飛ばす。
それから冷静に自分の周囲へ意識をやったが、どうやら、私の呪詛支配領域に何かが触れて、呪詛を吸い取ろうとするような仕掛けがあるようだ。
吸い取ろうとする力が私の呪詛支配能力以下なので、実際に吸われることはないのだが、親しくない人間に直接肌を触られたり、舐め回されたりしているような感覚がして、本当に不快である。
「ザリチュ。ちょっと時間をかけていいかしら?」
『いいと思うでチュよ。ざりちゅも不快でチュから』
「ふふふ、ありがとうね。ザリチュ」
『代わりに手加減はなしでチュよー。たるうぃ』
「勿論わかってるわー」
吸い取りの範囲は……私の呪詛支配領域とほぼ同じか。
何となくだがここのボスの仕掛けが分かった気がする。
詳細は検証班に任せるが、呪術の数や呪詛に干渉できる範囲だけを増やし、呪いのコントロール能力の強化を怠っていると、相手の吸い取り能力が強化され、吸い取られた分だけ敵が強化されるのだろう。
安定しないのは、普通のプレイヤーだと自分の周囲の呪詛がどうなっているかそこまで気にしていなかったり、その時ごとにやる気の強さが異なっていたりするためだろう。
まったく、マスクデータに近いものを基準にするとは厄介な。
「さて……」
そろそろ時間である。
と言うわけで私は呪詛の星を生成して、周囲の呪詛の吸収と星の加速を始める。
「ギョガアアァァァ!!」
そうしてボスとして身長2メートルほど、全身に鱗で出来た鎧を身に着け、右手に銛のような槍を持った半魚人らしい半魚人が現れたタイミングで私は呪詛の星を半魚人に向かって飛ばす。
で、半魚人の体に呪詛の星が重なったところで……
「esaeler、ecnahne、egnorts『淀縛の邪眼・1』」
「!?」
『淀縛の邪眼・1』を発動。
半魚人に干渉力低下(125)を与える。
うん、『呪法・破壊星』と『呪法・方違詠唱』込みでこの数字と言う事は、半魚人が干渉力低下に耐性を持つか、『淀縛の邪眼・1』のスペックが足りないかだろう。
「ーーー……!?」
まあ、何も問題はない。
干渉力が下がり過ぎた半魚人はその場で倒れることも出来ず、苦悶の表情を浮かべる事も叶わず、大気圧に負けて体が少しずつ潰れていっているのだから。
「さて、気持ち悪い真似をしてくれた魚にはそれ相応のお返しをしないといけないわねぇ」
『でっチュねぇ』
「ーーー……」
このまま放置していても、半魚人は死ぬだろう。
が、私は不快感を晴らす為に追撃する。
「tew、tsiom、pmad、ytilitref、『飢渇の邪眼・1』」
「!?」
先ほどと同じように呪詛の星を生み出し、撃ち込んだ上で、『飢渇の邪眼・1』を発動する。
与えた状態異常は乾燥(135)。
こちらも『飢渇の邪眼・1』の限界に引っかかった気がする。
まあ、問題はない。
これで半魚人の死は確定した。
「枯れて潰れて死んで風化しろ。キモサハギン」
『カアアアァァァ、ペッ! あらゆる意味で不快なんでチュよ。この魚類!』
「!?」
半魚人は全身の皮膚が乾いてカサカサになり、飢えて細くなっていく。
そうして細くなった場所から大気圧に負けてへし折れていく。
へし折れて千切れた部分は風化して消え去っていく。
やがて半魚人は全身が潰れて粉になり、そのまま消え去った。
≪称号『海侵入許可証』、『淀縛使い』、『乾燥使い』を獲得しました≫
≪報酬はメッセージに添付してお送りいたします≫
「はいお終いっと」
『あっさりでチュね』
はい、お知らせも流れたので、完全に戦闘終了である。
ステータスと称号を確認しておこう。
△△△△△
『虹瞳の不老不死呪』・タル レベル22
HP:855/1,210
満腹度:122/150
干渉力:121
異形度:21
不老不死、虫の翅×6、増えた目×11、空中浮遊、呪圏・薬壊れ毒と化す、遍在する内臓
称号:『呪限無の落とし子』、『生食初心者』、『ゲテモノ食い・3』、『毒を食らわば皿まで・3』、『鉄の胃袋・3』、『暴飲暴食・3』、『大飯食らい・2』、『呪物初生産』、『呪術初習得』、『呪法初習得』、『毒の名手』、『灼熱使い』、『沈黙使い』、『出血の達人』、『淀縛使い』、『恐怖使い』、『小人使い』、『暗闇使い』、『乾燥使い』、『呪いが足りない』、『かくれんぼ・1』、『ダンジョンの創造主』、『意志ある道具』、『称号を持つ道具』、『超克の呪い人』、『1stナイトメアメダル-3位』、『2ndナイトメアメダル-1位』、『七つの大呪を知る者』、『邪眼術士』、『呪い狩りの呪人』、『呪いを支配するもの』、『???との邂逅者』、『呪限無を行き来するもの』、『砂漠侵入許可証』、『火山侵入許可証』、『虹瞳の不老不死呪』、『生ける呪い』、『雪山侵入許可証』、『海侵入許可証』
呪術・邪眼術:
『毒の邪眼・2』、『灼熱の邪眼・2』、『気絶の邪眼・1』、『沈黙の邪眼・2』、『出血の邪眼・1』、『小人の邪眼・1』、『淀縛の邪眼・1』、『恐怖の邪眼・3』、『飢渇の邪眼・1』、『暗闇の邪眼・2』、『禁忌・虹色の狂眼』
呪術・渇砂操作術-ザリチュ:
『取り込みの砂』、『眼球』、『腕』、『鼠』
呪法:
『呪法・増幅剣』、『呪法・感染蔓』、『呪法・貫通槍』、『呪法・方違詠唱』、『呪法・破壊星』
所持アイテム:
呪詛纏いの包帯服、熱拍の幼樹呪の腰布、『渇鼠の帽子呪』ザリチュ、『太陽に捧げる蛇蝎杖』ネツミテ、『呪山に通じる四輪』ドロシヒ、鑑定のルーペ、毒頭尾の蜻蛉呪の歯短剣×2、喉枯れの縛蔓呪のチョーカー、毒頭尾の蜻蛉呪の毛皮袋、フェアリースケルズ、タルの身代わり藁人形、蜻蛉呪の望遠鏡etc.
所有ダンジョン
『ダマーヴァンド』:呪詛管理ツール、呪詛出納ツール、呪限無の石門、呪詛処理ツール設置
呪怨台
呪怨台弐式・呪術の枝
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『海侵入許可証』
効果:『試練・海への門』の灯台が行う攻撃を無効化する。
条件:『試練・海への門』のボスを討伐
汝は力を示した。湿りの世界へと足を踏み入れるといい。
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『淀縛使い』
効果:干渉力低下の付与確率上昇(微増)
条件:干渉力低下(100)以上を与え、干渉力低下の効果が残っている間に生物を殺害する。
私の全身の力を削ぐ呪いの力を見るがいい。
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『乾燥使い』
効果:乾燥の付与確率上昇(微増)
条件:乾燥(100)以上を与え、乾燥の効果が残っている間に生物を殺害する。
私の乾燥の力を見るがいい。
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「あ、『脚縛使い』が上書きされたわね」
『でチュねぇ』
確認も完了したところで、私はダンジョンから脱出した。
ストラスさんには後で、自分の周囲の呪詛を吸い取られそうになったことを伝えておくとしよう。