29:ショートカット-1
「さて、もう一つの階段と天井の穴の確認かしらね」
『毒の魔眼・1+』を手にした私は第二階層にやってくると、いつもの手順で適当に毒噛みネズミを毒状態にして倒し、他のネズミが死体に惹かれている間にまだ上った事のない階段へと向かう。
第三階層のネズミの群れへの対策?
むしろその為に第三階層に向かうのである。
対策が手に入るまでは……咲きそうな垂れ肉華シダの花からは全力で逃げ出すとしよう。
その直前ならチャンスだが。
「んー……たぶん、違う場所に出たわね」
さて、別の階段から登った第三階層だが、やはり最初に登った階段とは別の場所に出されたようだった。
階段から出たところで見える通路と垂れ肉華シダの配置が違う。
「じゃあ、穴の方ね」
続けて第二階層の天井の穴から第三階層に突入。
「うわぁ……」
『チュッ?』
移動した先は四方の壁と天井が垂れ肉華シダの苔に覆われた空間……なのはいい。
問題は私が今居る足場から外れると、底が見えない程深い穴になっていて、穴の底に向けて垂れ肉華シダの蔓がひたすら長く伸び続けていると言う事だ。
どうやら、此処は特に空間がおかしくなっているらしい。
なお、呪詛濃度は10のまま。
空間はかなりおかしくなっているが、ダンジョンの中心部ではないようだ。
いや、もしかしたら他の空間から歪みやひずみの類を押し付けられたのが此処なのかもしれない。
「一応引き上げてみましょうか」
何はともあれ、長い垂れ肉華シダの蔓は欲しいアイテムだ。
と言う訳で、私は手近な蔓を手元に引き寄せると、穴から飛び出ている鉄筋を利用して、少しずつ蔓を引き上げていく。
「……」
『チュアアアァァァッ……』
長い……本当に長い……5メートル? 10メートル? とにかく長い。
引き上げても引き上げても先が見えない。
「ふう、ようやくね」
結局蔓は30メートルほどあった。
だが、それだけ長さがあっても底には着いていなかったのだろう。
先端は普通の蔓で、蕾も花もなかった。
「穴の底がどうなっているかも気になるところだけど、今は気にしないでおきましょうか」
蔓を巻き上げ終えた私は、天井の方に飛んでいき、根元部分の苔を剥がす事で天井から切り離す。
そして、根元に着いた苔ごと蔓を毛皮袋に入れる。
「他の穴はっと」
私は第二階層に戻ると、他の天井の穴も調べる。
ただ、先程の穴ほどにおかしい場所はなく、どの穴も普通に第三階層の迷路の何処かに飛ばされるだけだった。
個人的にはショートカットの一つでもあればと思っていたが……まあ、ないものは仕方が無いか。
で、例のネズミ対策になりそうなものはなかったので、こちらは一度置いておく。
良い蔓が手に入ったので、先にもう一つのやりたい事をやっておくとしよう。
「じゃあ次ね」
ビルの外壁が壊れた部分へ移動。
ビルの外に身を乗り出して、垂直に跳び上がった先……第四階層の壁が崩れている事を確認する。
「すぅ……せいっ!」
そして全力で跳び上がりつつビルの外に出る。
「ぬおおおおっ!!」
ジャンプの最高到達点に達した瞬間から全力で羽ばたいて、自分の体を無理やり持ち上げていく。
「ふんっ!」
片手を伸ばして、第四階層の縁に手をひっかける。
さあ、ここからだ。
私の体は空中浮遊の呪いによって地面に……より正確に言えば、システム的に地面として認識される状態のものに対して、一瞬しか触れる事が出来ない。
その為に、縁に手をひっかけたところで直ぐに体が浮き上がり、摩擦が無いので重心の関係でずり落ちていくことになる。
「ファイトオオォォ……」
逆に言えば一瞬は触れられる。
床に触れた後に体は浮き上がる。
全力で羽ばたけば、ずり落ちていくのに抵抗することも出来る。
つまりだ。
「イッパアアアアァァァァァァッツ!!」
浮き上がる間に関節を曲げ、浮き上がった瞬間に関節を伸ばしつつ床に押し付ける!
するとほんの少しだけ身体は前進し、第四階層に入っている身体が増える!
これを何度も繰り返せば……
「ぜえ、はぁ……何とか登れたわね」
重心を第四階層の中にまで入れる事が出来る。
ショートカット成功である。
なお、毒吐きネズミたちが大人しくしているのは、登っている間に目視で確認済みである。
「さて……」
私は毛皮袋から先程入手した長い垂れ肉華シダの蔓を取り出す。
そして根っこ側を手に持つと、その場で跳び上がり、天井に貼り付ける。
「これでショートカットは一応完成ね」
で、しっかりと張り付いている事を確認してから、ビルの外に蔓を蹴り出して垂らす。
これで蔓を上り下りする事によって第三階層を通らずに移動できるはず。
ネズミたちは上からの命令と思しきものによって垂れ肉華シダの蔓を傷つけないようだし、蔓が切られることもないだろう。
「じゃ、少し試しましょうか」
『チュウ』
私は蔓に掴まると、軽く羽ばたいてスピードを落としつつ、ビルの外へと出る。
「うん、しっかり安定しているわね」
そうして第三階層の外壁に着くと、体に蔓を軽く巻き付け、第三階層の壁に立つような姿勢になってビルの外の風景を見る。
この前見た時と別段代わり映えはしない。
しかし、幾つものダンジョンと通常のフィールドが入り混じった姿と、目を凝らせばモンスターが思い思いに歩いているのを見つけられる光景と言うのは中々にいいものだ。
「ん? ああ、この前のとはまた別に何か居るわね」
と、此処で私はまたしても道路を堂々と歩く六人組の人型生物を見つける。
それから少しだけ考える。
此処から『毒の魔眼・1+』が届くのは検証済み。
倒したところでアイテムは手に入らないし、経験値がちゃんと入っているのかも怪しい相手なので、倒す価値は低い。
しかし、垂れ肉華シダの蔓に掴まっている状態で、戦えるかは試していない。
仮にこの前見かけた巨大な鳥のような生物とこの状態で遭遇した時に、一矢報いることが出来るかどうかはぐらいは調べておいて損はないだろう。
「『毒の魔眼・1+』」
と言う訳で私は13の目で『毒の魔眼・1+』を六人組の先頭に叩き込んでみた。
えーと、フルヒットしたなら毒(78)か。
総ダメージ量は3,000を超えるはず。
まず間違いなく死んだな。
ちなみに強化前のフルヒットが毒(65)の総ダメージ量2,000ちょっとなので、例え1であっても固定値が増える事の偉大さがよく分かる。
と、ここまでは私の想定内だった。
だが、ここで六人組は想定外の反応を見せた。
「は? 何やってるの、アイツら」
『チュ?』
「いや、よく分からないけど同士討ちを始めた」
『チュッチュウ?』
何故か毒になった奴が他の奴に攻撃を仕掛けたのだ。
「んー、ガチの殺し合いっぽいわね。回復アイテムの取り合いかしら?」
『チュー?』
「とりあえず、他の奴にも毒を広げておきましょうか」
私の毒を一緒に居る誰かが放った毒だと勘違いしたにしては、動きが必死過ぎると言うか、言い争いの気配も見えなかった。
で、回復アイテム目当てとするならば、たぶん、毒そのものを回復できるアイテムを持っていなかったのだろう。
そして死にたくもなかった。
だから、他の奴が持っていた回復アイテムを奪いに行った。
そこからお互いに疑心暗鬼になって乱闘……かな?
「これで六人全員それなりの毒は入ったわね」
なんにせよこの前の六人と違って脆すぎると言うか、信頼関係のしの字も無いような有様である。
いいのかそれで。
とりあえず、六人全員に致死レベルの毒は叩き込んだので、全滅するまで見守る……までもなく、他のモンスターが突っ込んできて全滅したか。
「お、こいつはいい反応をしてるわね」
突っ込んできたモンスター……茶色の四足獣は生き残りを倒すと、素早く物陰に身を隠した。
どうやら、私が何処に居るかまでは分からなくとも、どういう条件で仕掛けられるのかは何となく把握しているらしい。
この時点で私はあの四足獣は確実にプレイヤーだと判断した。
別ゲーの経験だと思うが、明らかに超遠距離からの攻撃に慣れたプレイヤーの動きだ。
「ふむ、今後は見つけても控えようかしら」
公式サイトによれば、サービス開始から二週間と少しが経ったところ、再来週の日曜日に初の公式イベントとしてPvP大会を行うとされている。
出るかどうかも分からないし、明かされている情報はまだ少ないが、手札を晒し過ぎていいことは無いだろう。
「じゃ、今日中に第五階層まで調べておこうかしら」
私はそう結論付けると、蔓を登って第四階層に戻った。