25:ダングルファーン-2
「さて、まずは垂れ肉華シダの回収ね」
先程も確認したとおり、第三階層の天井は床からおおよそ4メートルほどの高さにある。
通路の幅は3メートルほどで、長柄の武器を横に振るうには狭いが、普通に移動と戦闘を行う分には十分と言えるだろう。
「せいっ!」
そんな通路で私はまず敵影が無いことを確認。
それから床を思いっきり蹴って、空中浮遊の効果を生かしつつ跳躍。
更に最高点に着いた所で全力で背中の翅を動かして、ほんの僅かではあるが高度を増して、適当な垂れ肉華シダの蔓の根元を掴む。
「では、採取……ん?」
私は掴んだ蔓をトゥースナイフで切断しようとした。
が、切れない。
トゥースナイフを何度も前後に動かして、ノコギリのように扱う事で何とか切り進める事が出来ているが、かなり堅い。
まるで植物の蔓ではなく、金属製のワイヤーか何かを切ろうとしているかのようだ。
「よし切れた」
それでも私はどうにか切断に成功。
すると直ぐに垂れ肉華シダは周囲の呪詛を吸収し始め……葉っぱを一塊分残して、後は風化してしまった。
「ま、こうなるわよね」
やはり生物の素材を全て回収するには、呪い殺すのが適切であるらしい。
普通にHPをゼロにした結果がこれなら、ダンジョンの仕様上、垂れ肉華シダでは葉っぱしか残らないだろうし。
と言う訳で、私は『毒の魔眼・1』を別の垂れ肉華シダに目5つ分発動して、毒状態にする。
そして、垂れ肉華シダが毒のダメージによって力尽きるまでの間に、先程落ちた葉っぱを鑑定してみる。
△△△△△
垂れ肉華シダの葉
レベル:1
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:1
垂れ肉華シダのシダ植物の葉によく似た葉っぱ。
周囲の呪詛を吸収して、自分の栄養にする性質を有する。
▽▽▽▽▽
「光合成ならぬ呪詛合成と言うところかしら」
面白い性質ではある。
磨り潰してペースト状にし、衣服の表面にまぶした上で呪怨台によって呪えば、自動回復装備なんかを作れるかもしれない。
また、呪詛を吸収する性質を能動的に集める力に出来れば……『ネズミの塔』の外に出るための装備だって作れるかもしれない。
うん、面白そうだ。
「落ちたわね」
と、毒状態にした垂れ肉華シダが根元から千切れて、床に落ちる。
与えたであろう毒の数字にしては時間がかかった気がするが……ちゃんと見ておくべきだったか。
まあ、動物の血液中に投入する前提の毒を植物に与えたら、効果が落ちるのは自然な事でもあるか。
「さて、鑑定っと」
なんにせよ手に入れたアイテムの鑑定である。
△△△△△
垂れ肉華シダの蔓
レベル:1
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:5
垂れ肉華シダの苔から生える蔓。
周囲の呪詛濃度に応じて強度が向上する性質を有している。
▽▽▽▽▽
「おおっ!」
私は思わず喜びの声を上げてしまう。
理由は言うまでもない。
この蔓が素晴らしい素材だからだ。
「ふふふっ、これは集めておかないと……」
垂れ肉華シダの蔓は蔓らしくよく曲がる。
これだけでも、上手く編めば服から袋まで作れる素晴らしい性質だ。
その上に呪詛濃度に応じて強度が向上すると言う特殊な性質によって、トゥースナイフでも容易には歯が立たない丈夫さまで持っているのだから、活用方法は幾らでもあるだろう。
と言う訳で、試しに天井から垂れ下がっている蔓に掴まって、体重をかけてみたが、ビクともしなかった。
うん、これならロープとしても使えそうだ。
やはり集めておくべきだ。
どう転んでも私の周囲だけは呪詛濃度が低くなることは無いわけだし。
「葉っぱも蔓も分かり易い活用方法がありそうってのは良い事ねぇ」
私はある程度の長さがある垂れ肉華シダに『毒の魔眼・1』を使って収穫していく。
なお、回収の際には蔓から葉っぱを切り取って、別々に回収していく。
で、同時に先程はしっかりと確認しなかった毒の効きについて調べてみたが、やはり植物には『毒の魔眼・1』は効きが悪いようだ。
おおよそだが、3割くらいは効きが悪くなっている。
この辺もいずれは改良できるのだろうか……。
「ん?」
そうして垂れ肉華シダを回収しつつ第三階層を探索する事暫く。
襲ってきた単体の毒噛みネズミを始末しつつ、進んでいた私の前に少々奇妙な物が見えた。
「垂れ肉華シダよね」
それは垂れ肉華シダではあった。
長さはおおよそ4メートル、床にはギリギリ着いていないが、これまでに見たどの垂れ肉華シダよりも長い。
そして、長さと同じくらいに目を引いたのは、その床に着きそうなギリギリの部分にピンク色の球塊が生じている事だった。
もしかしたら、この球塊が垂れ肉華シダに肉華と言う名前が付いている由来なのだろうか。
「本当に肉みたいね」
私は慎重に近づき、人の頭ほどの大きさを持つ球塊を持ち上げてみる。
球塊は複数枚の組織が重なり合って固まったものであるようで、縁は薄く白付いており、まるで薄い肉を重ね合わせた後に固めて作った肉の塊のようだった。
鼻を近づけてみると、いい感じの肉の匂いもしてくる。
あー、これは分かり易く表現するなら肉の蕾と言うべきかしら。
「ちょっと一口」
臭いに耐え切れなくなった私は肉の蕾に齧りついてみる。
が、しかしだ。
「……。堅い……」
とてもではないが、歯は立たなかった。
触った感じは柔らかいのに、いざ歯を立てようとしたり、蕾状態の花弁を千切ろうとすると、ビクともしない。
いったいどうなっているんだ、これは。
蔓の強化能力が蕾にまで行き届いているとでも言うのだろうか。
「まあ、食べるのは諦めましょう。回収はするけど」
私は蕾から手を離すと、垂れ肉華シダに『毒の魔眼・1』を使おうとした。
その時だった。
まるで手を離したのが切っ掛けになったと言わんばかりに、蕾が花開き、霜降り肉で作られたかのような肉の花が咲いた。
「ん?」
『チュウチュウチュウ~!』
そして周囲に撒き散らされたのは濃厚な、嗅ぐだけで食欲がわき立つようないい焼き肉の匂い。
私は余りにも良い匂いに、思わず『毒の魔眼・1』を使う意思も忘れて、ただ茫然と揺れる肉の花を見てしまった。
後から考えれば、この時点で私の命運は決したといってよかった。
「「「チュウチュウチュウ!」」」
「へ?」
ネズミの鳴き声が聞こえた。
それも一つや二つではなく、数十……いや、百を超えていそうだった。
「「「チュウチュウチュウ!!」」」
「なんで……」
直ぐに私の視界に大量のネズミが入ってくる。
一匹一匹は普通のネズミサイズで小さい物だ。
だが、とにかく数が多い。
まるで床に零れた水が広がっていくように、深緑色の斑が混ざった灰色があらゆる方向から押し寄せてくる。
「「「チュウチュウチュウ!!」」」
「まさか……」
何故これほどまでにネズミが集まってきたのか。
理由は分かり切っている、垂れ肉華シダの花が咲いて、その匂いが撒き散らされたからだ。
恐らくだが、『ネズミの塔』のネズミたちにとって、垂れ肉華シダの花は貴重な栄養源であり、これが食べられるかどうかが生死に関わっている程なのだ。
「逃げる!」
何にせよ、この数相手に私が出来ることは無い。
『毒の魔眼・1』もトゥースナイフもこんな数を相手に出来る様な力は持っていない。
だから私は床を蹴って大きく跳び上がり、ネズミたちの波を飛び越えて逃走を図ろうとした。
「ヂュアッ!」
「ぶげっ!?」
そんな時に、まるで見計らったように、あるいは小さなネズミたちを引率していたかのように毒吐きネズミが現れ、私に向かって毒を吐き出してきた。
小さなネズミたちに気を取られていた私は反応が遅れ、ただただ撃ち落とされた。
そして、落ちた先には床を埋め尽くすネズミの群れ。
「「「チュウチュウチュウ!!」」」
「まっ……ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
肉の塊である人間をネズミたちが見逃すはずもない。
百を超えるネズミが集い、全身に齧りつき、痛みを感じる暇もなく、叫び声を上げる以外に何も出来ないまま私は死に戻った。