241:アドン・エンハンス-1
本日一話目です
「見つけた」
『熱樹渇泥の呪界』を飛ぶこと暫く。
私は毒頭尾の蜻蛉呪がこっちに向かって来ているのを目視した。
周囲に熱拍の樹呪はなし。
底の渇泥までは500メートル以上で、上も500メートルくらいまでなら上がっても大丈夫だろう。
うん、戦うのに支障はなさそうだ。
「『戦闘開始でチュ』」
「『恐怖の邪眼・3』」
「チュブラガ……ゲゴッ!?」
今回の毒頭尾の蜻蛉呪のサイズは約3メートル。
とりあえず12の目での『恐怖の邪眼・3』を発動して、恐怖(525)を与える。
やはり、だいぶ威力が削られている気がする。
「チュ、チュブラア……」
だが流石にスタック値が500を超える恐怖が入れば、毒頭尾の蜻蛉呪も恐怖の重症化が入るらしい。
手足が尻尾が小刻みに震えて、飛行が安定していない。
「チュブラガァ!」
「でも逃げない、と」
しかしそれでも臆することなく私に向かって突っ込んできて、噛みつこうとしてきた。
なので私は一瞬だけ羽ばたきをやめる事で落ち、毒頭尾の蜻蛉呪の攻撃を回避。
そして直ぐに翅を動かすことで毒頭尾の蜻蛉呪の背後を取る。
「『毒の邪眼・1』」
使っていなかった目で『毒の邪眼・1』を撃ち込んで、毒(6)を与える。
相手のHPは万を超えるので、毒殺を狙うならスタック値は200程度欲しい。
しかし、私の邪眼でこれとなると、やはり毒頭尾の蜻蛉呪の毒耐性はほぼ完全無効化のレベル。
うん、やっぱり毒殺は止めておいた方がよさそうだ。
「チュンブラガァ!」
「『出血の邪眼・1』」
と言うわけで、前回と同様に『出血の邪眼・1』でダメージ加速を狙う。
出血耐性のない毒頭尾の蜻蛉呪には、12の目での『出血の邪眼・1』一回につき、250前後の出血が入る。
これを一回する度に斑豆を一個齧る必要はあるが、斑豆の手持ちは出発前の時点で100個以上になるようにしてあるので、何も問題はない。
「チュブラ……ゴギョ!?」
「おっと」
と、ここで毒頭尾の蜻蛉呪がブレスを放とうとしたので、『気絶の邪眼・1』で止め、口内で暴発させて、頭を吹き飛ばす。
これだけでも与えたダメージは1,000~2,000ぐらいはあるだろうか。
なお、毒頭尾の蜻蛉呪の毒を受ける気はない。
ドロップ品からして、食らったら一発につき耐性込みでも30前後の毒を受けるだろうから、かなり削られる……いや、毒殺されるのが分かっているからだ。
「折角だし追撃を……」
なんにせよ毒頭尾の蜻蛉呪は頭が吹き飛んだ。
これで死なないのは前回で分かっているが、一時的にとは言え、外界を探るための感覚器がほぼ全滅しているのも確か。
私は道具袋からフレイルを取り出すと、毒頭尾の蜻蛉呪の胴体目掛けて振るう。
「ーーー!」
『たるうぃ!』
「っ!?」
が、フレイルが振り切られるよりも早く、毒頭尾の蜻蛉呪はその場で素早く横回転し、まるでフレイルのように尾を私に叩きつけようとしてきた。
なので私は自分のフレイルの持ち手で、毒頭尾の蜻蛉呪の攻撃を受け止めようとしたが、フレイルは見事に破壊され、私の手元からも弾かれ、底の渇泥に向かって落ちて行った。
完全にロストである。
「チュゴ……ギガッ……ゴチュ……」
「なるほど……再生に優先順位を付ける事も可能なのね……」
気が付けば毒頭尾の蜻蛉呪は目だけを再生、胴体の肉の断面から視神経と目玉だけが伸びる不気味な姿を見せていた。
前回との再生順の違いは個体差か、私の行動に影響を受けたのか……とにかく次からは気を付けるとしよう。
だが、再生順を変えるのは、リスクを伴う行為でもあるらしい。
「チュゴアッ? ギゴッ、ガチュギゴ?」
『キ、キモイでちゅ』
再生が完了した毒頭尾の蜻蛉呪はどうにも違和感を感じるものになっている。
筋肉の張り方や神経の繋ぎ方に支障が出ているようだ。
「ギチュゴガァ!」
とは言え、戦闘能力は殆ど落ちていない。
毒頭尾の蜻蛉呪は再び私に向かって突っ込んでくる。
しかも、私が回避行動を行っても噛みつけるような動き方だ。
「ちぃ!」
私は反射的に周囲の呪詛を固めて呪詛の剣を作り出し、生じた赤と紫と黒が入り混じった禍々しい見た目の剣を毒頭尾の蜻蛉呪の頭目掛けて射出。
毒頭尾の蜻蛉呪はこれを……
「チュブゴゥ!?」
明らかに目で見てから、身を捩って避けた。
そして、体勢を崩しつつも、私に向かって突っ込んでくる。
「あ?」
対する私は相手の体勢が崩れたのを生かすように動く事で、紙一重で毒頭尾の蜻蛉呪の噛みつきも、鋭い羽根による斬撃も、尾による攻撃も、避け切る事に成功する。
だがそれ以上に私は困惑した。
今目の前で起きた現象に対して。
「……」
『たるうぃ?』
そう、明らかな異常現象が起きていた。
私が作った呪詛の剣は呪詛濃度で言うなら19程度。
これは手応えからして間違いない。
だが、『熱樹渇泥の呪界』は呪詛濃度20で、毒頭尾の蜻蛉呪が纏っている呪詛に至っては21はある。
なのに何故、霧が固まったような形で見えている?
呪詛濃度が低くなって、剣型の空白が生じるなら分かるが、私の目にも毒頭尾の蜻蛉呪の目にも剣はあの色と形で見えていたように思える。
明らかにおかしい。
未知の現象が働いている。
これは……確かめなければいけない。
「チュブガアァ!」
『たるうぃ! 敵が来てるでチュよ!?』
「……」
私は再び呪詛の剣を作り出す。
「チュブゴッ?」
「やはり実体はない」
そしてすれ違いざまに毒頭尾の蜻蛉呪を呪詛の剣で切りつけるが、効果はない。
ただすり抜けるだけだ。
やはり実体はないらしく、呪詛の剣はそこにあるように見えているだけのようだ。
となれば、私が意志を以って呪詛を固めているから、濃度が薄くても呪詛の剣は見えている。
と言う事だろうか。
「もう少し試しましょうか」
じゃあ、本気で相手を切り裂くように……いや、相手の守りを打ち破って、より深く強烈に状態異常を与えるためのマーカーと言うイメージを以って呪詛の剣を生成し、剣で相手を切るタイミングで邪眼術を発動してみたらどうだろうか。
イベントでブラクロ相手にやったことの発展版のようなものだ。
「ふふっ、ふふふふふ……」
「チュブラガ? チュブゴゲッゴゲッチュ」
私の笑い声に応じるように、毒頭尾の蜻蛉呪も笑い出す。
うん、いい反応だ。
実験台は活きがいいに限る。
「チュブラガアァァ!」
「『出血の邪眼・1』!」
そして私は呪詛の剣を振るい、相手の体と呪詛の剣が重なった瞬間に、重なったポイントを凝視して『出血の邪眼・1』を発動、蘇芳色の光が私の目だけでなく、重なったポイントからも生じる。
結果は……出血(387)。
約1.5倍だ。
「チュブゴラアアァァ!」
「これは使い物になりそうね。『出血の邪眼・1』」
更にもう一撃。
やはり蘇芳色の光が攻撃した場所からも発せられる。
二度の攻撃の結果は、出血(798)。
「チュンブ……ゴゲバッ!?」
そして、毒が発動、そのダメージをトリガーとして出血も発動。
普段の出血と違って、呪詛の剣で切りつけた場所を起点とする形で大量の血が噴き出し、毒頭尾の蜻蛉呪は爆散。
そのまま絶命した。
≪呪術『呪法・○○』を習得しました。名称を付けて有効化してください≫
≪称号『呪法初習得』を獲得しました≫
「って、これじゃあアイテムが回収できないじゃない!?」
『しまらないでチュねぇ……』
で、爆散したので当然だが、毒頭尾の蜻蛉呪の体はバラバラになった上で、底の渇泥に向かって真っすぐに落ちて行ってしまったので、一欠けらも回収することは叶わなかった。