24:ダングルファーン-1
「ログインっと」
『チュチュウ!』
はい、『CNP』サービス開始三日目です。
今日も午前午後と分けて遊んでいくとしましょう。
「さて、まずは毒吐きネズミの毒の回収からね」
私は昨日作った毒鼠の三角帽子を被り直し、毒噛みネズミの毒受け袋を片手に持つとセーフティーエリアの外に出た。
そして、戦闘を避けつつ第二階層に向かったわけだが……
「毒噛みネズミしかいない」
第二階層の様子を窺ったところ、毒噛みネズミが4匹うろついているだけだった。
毒噛みネズミに対して、毒吐きネズミの復活は遅いと言う事だろうか。
いや、それなら毒噛みネズミは全部復活してそうなものだが……まあ、とにかく復活していない以上は仕方が無い。
「『毒の魔眼・1』」
「ヂュッ!?」
私は毒噛みネズミの一匹に密かに重症化するレベルの毒を与える。
そうして2分後には毒を与えた毒噛みネズミは死亡。
呪詛による毒で死んだので、その場に死体が残る。
すると残りの三匹の毒噛みネズミは直ぐに死んだ毒噛みネズミに群がり始める。
周囲に対する警戒の意志など欠片も存在しない。
「さ、今の内、今の内」
私は第一階層と第二階層の境界から飛び出すと、二つある第三階層への階段の片方へと急いで飛んでいく。
そして、素早く階段を上り、下の階からは見る事が出来ない位置まで移動する。
「んー?」
さて、第三階層だが……階段を上った私の視界に奇妙な物が見えた。
一つ目はまるで何かを堰き止めるように設置された、私の膝下くらいの高さまである塀。
下の階から移動してきた時や、急いでいる時には引っ掛かりそうな感じがあり、注意を払う必要がありそうだった。
だが何故こんな物が?
第二階層にあれだけネズミの食害が広がっているのに、こちらは碌に傷が無い辺りからして怪しい。
しかし、鑑定結果はただの塀だった。
「苔? 蔓? シダ?」
二つ目は第三階層の床から4メートル程の高さにある天井から生えている緑色の植物。
苔のような物から蔓が伸び、その蔓からシダ植物のような葉が生えて、所々にぶら下がっている。
こちらにも食害の様子は見られない。
と言うか『CNP』を始めてから、初めて生きた植物を見たかもしれない。
何にせよ、怪しいのは確かなので、『鑑定のルーペ』を向けてみる。
△△△△△
垂れ肉華シダ レベル1
HP:41/41
▽▽▽▽▽
「モンスター!?」
現れたのは貧相なレベルとHP……だが、明らかにアイテムの鑑定結果ではなかった。
その事に私は驚く。
だが、直ぐに気が付いた。
そう、よくよく考えてみたら、この鑑定結果には鑑定した相手の名前、レベル、HPしか表示されておらず、NPC、モンスター、プレイヤー、そう言った種別に対する表記は一切存在しないのだ。
そして植物とは生物の一種である。
生物の一種であれば、他の生物……毒噛みネズミたちと同じような表記になるのではないかと。
『チュウ、チュチュウ~』
「よく鳴いているわね」
私の被る毒鼠の三角帽子がどうしてか鳴き声を上げている。
意図は分からない。
しかし、一定のリズムを取るように鳴く様子は、何処となく嬉しそうにしているようにも思える。
んー、垂れ肉華シダとやらにこちらを攻撃する様子や意図は見られないし、怪しげな気配も感じられない。
何時までも悩んでいても仕方が無いから、とりあえずは無視でいいか。
「さて、階段の外は……」
今更だが、第三階層の階段の周りはきちんとコンクリートの壁に囲われていて、出入り口は一つしかない。
その出入り口から見えるのは、通路が左右に伸びている光景。
とはいえ、その片方はビルの構造上、直ぐに行き止まりだが。
なので私は出入り口脇の壁に身を潜めて、手だけを階段の外に出す。
「は?」
そして三つ目の奇妙な物が視界に入った。
私が今居る階段は第二階層の端にあった。
で、昨日、第二階層のビルの外壁が無い場所に腰かけたから分かっているが、『ネズミの塔』は外から見た限りでは、地面から垂直に壁が伸びる普通のビルであり、間違っても上に行くほど横に広がっていくような構造ではない。
にもかかわらず左右に伸びる通路は……明らかに第二階層の幅よりも長い。
それも左右どちらかだけで。
「ダンジョンを甘く見ていたわね……完全に空間がおかしくなっているわ……」
私は軽くこめかみを抑える。
なんで、ここまで明らかに異常な状態になっているのか。
考えるまでもない。
呪いによって空間がおかしくなっているのだ。
「ちょっと空間そのものも見てみた方がいいかしら」
私は目の前の空間に向けて『鑑定のルーペ』を使う。
△△△△△
ネズミの塔
呪いによって異形と化した大型のネズミたちが徘徊する塔型のダンジョン。
彼らは目に付くもの全てに食らいつき、呪い、蝕み、胃に納めるまで止まらない。
呪詛濃度:11
▽▽▽▽▽
「呪詛濃度が上がってる」
フレーバーテキストに変化はない。
しかし呪詛濃度が上がっていた。
これは私の『毒の魔眼・1』の効果が強化されると共に、発動時のコストが重くなる事でもある。
少しだけ注意が必要だろう。
「それにしても……」
さて、フレーバーテキストを改めて見た事で私は気が付いた。
フレーバーテキストの内容と実際のネズミたちの挙動に明らかな差がある事に。
「ネズミたちは確かに食べていい物なら何だって食らいつくけど、食べてはいけないものには食らいつかないし、仲間が死んでもこちらを追いかけない程度には統率が取れて……いえ、支配が行われているのよね」
昨日、ゲームからログアウトした後に調べた限りでは『CNP』はAI管理による所謂異世界系と呼ばれるゲームであり、モンスターであってもそれぞれが固有の思考ルーチンに従って動いているし、因果関係が成立しない不自然はほぼ無いと断言していい。
しかし、『ネズミの塔』の第二階層に居たネズミたちは、明らかに本能ではなく誰かの意思に従って動いていた。
ならば……ダンジョンらしくボスが居るのは確実と見ていいだろう。
「ねえ、貴方が生きていた頃の主は何処に居るのかしら?」
『チュウ?』
「主、ボス、リーダー、群れの一番偉い奴、強い奴、そう言うのよ」
『チュウ?』
「むう、こう言うのは元々無理なのかまだ無理なのか……後者と考えておきましょうか」
『チューウ?』
毒鼠の三角帽子からの情報収集は出来ないか。
まあ、どうして鳴くのかも分からないし、元々ただのネズミ。
何時鳴くなのやり取りが出来るだけでも十分賢いくらいか。
「とりあえず探索を始めましょうか」
『チュウチュウ~』
私は第三階層の探索を始めるべく、階段の部屋から外に出た。
dangle=ぶら下がる
fern=シダ
作者も書いておかないと意味を忘れるのです。