234:ヒートサースト-2
「さて、100メートルは下ったけど……何も見えてこないわね」
私は10分で100メートル下るような、ゆっくりとしたスピードで降下していく。
スピードを緩めている理由は言うまでもなく危険だから。
視界が制限されている中で、自由落下に近いスピードで落ちてしまうと、何かあった時に回避や停止が間に合わない可能性があるのだ。
まあ、今の私は小人状態なので、自由落下のスピードも大したものではないのだが。
「『たるうぃ、敵でチュ』」
「そのようね。『熱樹渇泥の呪界』での初戦闘ね」
と、ここで私を発見した空飛ぶ何かが一体、私の方に向かってくる。
なので私は一応トゥースナイフを腰から抜いて構えると、邪眼術のチャージを開始する。
で、敵が近づくにつれて相手の姿がはっきりと見えるようになってきたわけだが……。
「流石にキモイわね」
『でっチュねぇ』
「チュブラガラ、チュンブラガラガ」
敵の姿は、シルエットで言うならトンボに近い。
ただし、頭部はネズミに近く、大きく口を開けて、鋭い前歯と犬歯をむき出しにしている。
尾にはサソリの針のようなものが付いていて、しかも三本も持っている。
推定呪詛濃度20の呪詛の霧を纏っているのも見える。
体長は推定で3メートルと少しで、最初に見たのよりもたぶん大きい。
鑑定は……たぶん大丈夫かな
「鑑定……っつ!?」
「チューブドラガ、チュヂュンブラ」
私が鑑定を行った瞬間、HPバーが1割ほど削れた。
どうやら、鑑定に対する反撃能力を持っているようだ。
だが、情報は読み取れた。
△△△△△
毒頭尾の蜻蛉呪 レベル21
HP:12,122/12,122
有効:なし
耐性:毒、灼熱
▽▽▽▽▽
「また随分と格上……ねっ!」
「チュブラガ!」
毒頭尾の蜻蛉呪が私に噛みつこうと……いや、一口で丸のみにしようとするのを、私は紙一重で回避。
「よっ、せいっ」
続けて刃のように鋭い気配のあった四枚の翅、しっかりこちらを狙っている三本の蠍の尾も紙一重で避けていく。
「『恐怖の邪眼・3』」
「!?」
そして、反撃として『恐怖の邪眼・3』を5つの目で発動。
毒頭尾の蜻蛉呪に恐怖(198)を与え、毒頭尾の蜻蛉呪の体が一度大きく震えた。
「ちっ、やっぱりレベル差があるせいで入りづらいし、重症化もしていないわね」
「チューブラァ……」
だがそれだけだ。
毒頭尾の蜻蛉呪の手足が震えている様子はない。
どうやら重症化はしていないようだ。
未だに重症化のラインがはっきりとは掴めていないのだが、やはり巨大な生物は状態異常が重症化しづらいのだろうか。
『たるうぃ』
「流石に正面からボスクラスのHP持ちとはやってられないわね。しかもこれ、ただの雑魚だし」
毒頭尾の蜻蛉呪はホバリングをして、こちらの様子を窺っている。
対する私は少しずつ横へと移動していき、トゥースナイフをしまって、代わりに道具袋の中にあるそれを何時でも取り出せるようにする。
「チュブラガザァ!」
「またっ……っ!」
毒頭尾の蜻蛉呪が突っ込んでくる。
私はそれを紙一重で避けようとして……咄嗟に『気絶の邪眼・1』を撃ち込んだ。
「チュブッゴッゴギゴ……」
「あっぶないわねぇ……」
『毒のブレスでチュかね……』
直後、気絶によって一瞬全ての動作が止められた毒頭尾の蜻蛉呪のネズミの頭が、紫色の霧を伴って内側から弾けた。
ザリチュの言う通り、恐らくは毒のブレスだろう。
目の前で急停止して、浴びせかけるつもりだったのだろう。
「……」
『チュアッ!?』
「本当にあっぶないわねぇ」
そして、この程度で死ぬほど呪限無の生物……いや、カースは甘くないらしい。
私は頭を失った毒頭尾の蜻蛉呪がその場で体を回転させて、私の事を蠍の尾で打ち据えようとしているのを認識したので、細かく動き回って攻撃を回避。
続けて行われたホバリングからの連続刺突も順調に避けていく。
「へー、そうなるの」
『うわぁ。キモイでチュ』
「ブゴゥッギッチュガッ」
そうやって避けている間に、毒頭尾の蜻蛉呪の弾けたネズミの頭が再生していく。
傷口から肉が盛り上がり、骨が形成され、毛が生え揃っていく。
さて、HPは削れているだろうが、やはりマトモにやりあっていると、時間がかかりそうだ。
なので、アレを利用するとしよう。
「せいっ」
「ブギゴ……チュゴッ!?」
私は『気絶の邪眼・1』を放って相手の動きを止めつつ、道具袋の中から取り出した垂れ肉華シダのボーラを投擲。
今回の探索の為に何本か作っておいたボーラの一本は元のサイズに戻って飛んでいき、毒頭尾の蜻蛉呪の体を打ち据えつつ、絡まっていく。
空を飛ぶのに欠かせないであろう背中の翅へと。
これで後は地面に叩きつけられてお陀仏だ。
が、しかし。
「ブギゴチュ……ギギチュゴガ……」
「ああ、その翅は飾りと言うか、武器と言うか、ブースターぐらいでしかないのね……」
毒頭尾の蜻蛉呪は浮いていた。
だいぶ飛びづらくはなっているようだが、普通に浮いていて、こちらに対して怨みのこもった目を向けている。
いやこれは私の見通しが悪かった。
頭を平然と再生するようなカースが、物理法則に唯々諾々と従うわけがなかったのだ。
「本当に面倒くさいわね」
「ブキゴチュハアアァァ!!」
私は『毒の邪眼・1』を撃ち込んだ上で、『出血の邪眼・1』を撃ち込み続ける事にした。
毒に耐性があっても僅かになら入るので、毒のダメージをトリガーとして、出血のダメージをメインのダメージソースにしたのだ。
そして、毒頭尾の蜻蛉呪が焦れて毒のブレスを放とうとすれば、それを潰して、一気にダメージを稼いだ。
また、『熱樹渇泥の呪界』の呪詛濃度20と言う空間では、私も小人化なしで空を飛べると気付いたので、途中で小人化を解除。
毒頭尾の蜻蛉呪の体の関節にトゥースナイフを突き立てる事でもダメージを稼いだ。
「ふんっ!」
「ブチュゴギガ……」
そうして10分近い戦闘の結果、私は毒頭尾の蜻蛉呪を撃破。
再生が出来なくなったために翅や尾、手足、頭の一部が欠けた毒頭尾の蜻蛉呪の死体が重力に従って落ち始めたのを全力で羽ばたいて抑えると、急いで毛皮袋に収めた。
「はあ、出来るだけ戦闘は控えた方がいいのかしら」
「『とりあえず安全な場所は確保したいでチュよね。このままじゃ休憩も解体も出来ないでチュ』」
「まったくね」
私は回復の水と斑豆で補給をしつつ、再び下降を始めた。
そして、最初の高さから300メートル、毒頭尾の蜻蛉呪と戦った高さから200メートル程降下したところで、私の目に黒い砂が煙状になって、浮かび上がってきている場所が見えてきた。
それはまるで、黒い海が激しく波打っているかのような光景だった。