2:メイクアバター
「ログイン!」
翌日、金曜日正午。
私は『Curse Nightmare Party』にログインした。
「さて……」
真っ黒な空間に白い足場だけが浮いているという状況でまず行われたのは本名の入力と脳波測定。
これは本人確認とパスワードとして、今のフルダイヴ式VRゲームでは割と一般的な物である。
と言う訳で、私は名前の欄に本名である樽笊羽衣と入力、脳波を測定させる。
「ようこそ、樽笊様」
名前を入力すると、何処からともなく整った容姿の執事服の男性が現れる。
何となくだが、悪魔的な……安易に信用してはいけない気配を感じる。
「私、樽笊様のアバター作成をサポートさせていただくAI、C7-096と申します。この場のみでの付き合いとなるでしょうが、どうぞよろしくお願いします」
「えーと、よろしくお願いします」
AIの活用は最近のデータ量が膨大なMMOではよくあることだ。
と言うか、人間の手作業で管理できるほど、世界は狭くない。
「丁寧な対応ありがとうございます。では、まずは樽笊様がアチラで名乗られる名をお示し下さいませ」
「あ、はい」
C7-096は私の言葉に笑顔で応えるが、どうしてか私の警戒度は上がる。
相手がイケメン過ぎるからだろうか。
とりあえず、PCネームを入力してしまおう。
「『タル』でございますね。間違いはありませんか?」
「はい、間違いありません」
「禁止事項にも抵触していません。無事に了承されました。では、今後はタル様とお呼びさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「問題ありません」
PCネームの由来は私の本名の名字からだ。
捻りも何もないが、捻った名前を一々考えるのも億劫なので、これでいい。
「ありがとうございます。では続けて、タル様のアバター作成に移りたいと思います。本ゲームではシステムの仕様上、基礎の体は出来るだけ現実に近づける事をオススメ……早いですね」
「本番はこれからなので」
「なるほど」
鏡が出現し、現実の私を多少デフォルメした姿が現れる。
此処については身長や体の各部の大きさを弄っても碌な事にならないし、大して弄れもしないので、C7-096の言葉を待たずに進めてしまう。
「では、タル様の言うところの本番、呪いをかけていきましょう」
「はい」
さて、ここからが『CNP』のアバター作成の本番である。
「呪いのかけ方にはオート、セミオート、マニュアルの三種類があります」
「内容としては?」
「オートは完全ランダムです。セミオートは私から幾つかの質問をし、その答えに合わせてこちらでアバターを作成します。マニュアルはタル様の自由に出来ます。なお、複数の手法を組み合わせることも可能です。それと、手法によって使える呪いに差があると言う事もありません」
「なるほど。では、セミオートで作成後にマニュアルで調整をします」
「かしこまりました」
アバターにかけられる呪いは100種類を超えるらしく、組み合わせまで考えるならば何万あるいは何億通りにもなるだろう。
それならば、私の答えと言う根拠に基づいて製作されるアバターに手を加えた方が、早いし、私らしいものに仕上がる事だろう。
「ではタル様。質問に正直にお答えください」
「答えられるものであるならば」
C7-096の笑みが深まる。
はい、知ってました。
既に質問は始まっていると言う奴ですね!
「お好きな物をお答えください」
「未知なるもの、あるいは物語でしょうか」
さて、此処からは真面目に答えよう。
「好きな食べ物は?」
「卵かな? あ、鶏卵で」
「好きな動物は?」
「特にないです」
「魔法はあると思いますか?」
「有ったら面白いなとは思います」
「武器を振るえますか?」
「んー、無理。現実で扱ったことないし、他のフルダイヴVRはやったことないし」
「私をどう思いますか?」
「なんか胡散臭い」
「おやおや、それは残念です。こんなに誠意たっぷり仕えていますのに」
「わざとそう見えるように振舞ってはいるんだろうけど、胡散臭いものは胡散臭いから。このゲームらしいとは思うけど」
「命を懸けて何かを為そうとする方をどう思いますか?」
「私を巻き込まないなら、素晴らしいと思う。巻き込むなら一言欲しい。協力するかとかはそれから」
「この世界は楽しめると思いますか?」
「さあ?」
「口調、崩れていますよね」
「あーうん、はい。まあ、相手とか状況で調整するものなんで」
「空を飛びたいですか?」
「是非」
「なるほど……以上で質問を終わりにさせていただきます」
「分かりました」
質問終了を告げるC7-096の声と共に、鏡の中の私の姿が変化していく。
背中から一対の透明な翅が生え、鎖骨の間に第三の瞳が生じ、僅かではあるが宙に浮かぶ。
一言で言ってしまえば、少々邪悪な妖精と言うところだろうか。
十分に異形ではあるが……
「んー?」
私としては首を傾げずにはいられなかった。
こう何と言うか、足りないという印象を受け取らずにはいられなかったのだ。
「不服ですか?」
「不服と言うよりは足りない、かな」
「なるほど。やはりタル様は良い目をお持ちですね」
私の言葉に応じるように、一枚の誓約書が目の前に現れる。
「実を申し上げますと、ゲームシステムと難易度調整の都合で、アバター作成時にかけられる呪いの数には制限がかかっているのです」
「へぇ、それで、この誓約書にサインをすれば、制限を解除できると」
「それでも無制限とまではいきませんが、少なくともよりタル様らしいアバターにはなる事でしょう」
悪魔の誘惑だ。
C7-096の言葉と顔を見た私ははっきりそれを感じた。
さらに言えば、誓約書の内容を要約してしまえば、『ゲーム進行が著しく難しくなる、場合によって不可能になる可能性もあるが、それでも構わないか?』と言う物だ。
つまり、不利になる可能性は極めて高いが、有利になる可能性は低いと言う事だ。
「いいね。素晴らしい」
「では?」
「受け入れましょう。ここで楽な道に走るのは、未知を求めた私の言葉に対する嘘になるもの」
「素晴らしい心意気です。タル様」
私のサインが誓約書に記され、誓約書のコピーが私のマシンに送られると共にオリジナルはC7-096の懐に収まる。
そして、鏡の中の私の姿が変じていく。
一対二枚だった透明な翅は三対六枚に。
新たな瞳は鎖骨の間だけではなく、三対六枚の翅の先と両手両足の甲にも生じて、元からのと合わせて13個の瞳になった上で虹色に輝きだし。
髪は黒からオレンジ色に変わった上で、腰の高さから肩まで切り上げられ。
肌は若干白さを増した。
ああ、異形だ。
実に素晴らしく、見るからに邪悪な風貌。
呪いに満ちた世界で私が得るに相応しい姿と感じられるアバターがそこにはあった。
「ご満足いただけましたか? タル様」
「ええ、大満足。これなら手直しも必要なさそうね」
私は念のために鏡の中のアバターを様々な方向から見てみて、おかしな点が無いかを確認するが、気に入らない点などあるはずもなかった。
なので私はアバター作成完了のボタンを押す。
「ではタル様。これより貴方の呪われた生が始まります。どうか心行くまで楽しむと共に……」
ボタンを押すと同時に鏡の外に居る私の身体も、鏡の中の私に合わせるように変化を始めていく。
同時に、鏡も地面も周囲の暗闇も砕け散っていく。
C7-096が私に向けて一礼する。
「悍ましき世界にお怯え下さいませ」
そして、目の数が数倍に増えたC7-096の顔を私が一瞬だけ見ると同時に私の意識は一度途切れ、『CNP』の世界に生まれ落ちた。
≪称号『呪限無の落とし児』を獲得しました≫
「ええ、存分に楽しませてもらうわ」
さあ、異形の者の物語を始めよう。