185:タルウィフェタ-3
「いい感じに煮えてきたわね」
『でチュねー』
5時間と少々経った。
適度に揺らし、加温し続けてきた鍋は、吊っている垂れ肉花シダの蔓を介して伝わってくる感覚からして、かなりいい感じに煮えてきている。
これで後は呪怨台で呪えば、目的のアイテムができるだろう。
「こっちは全然ね」
『まあ、仕方がないでチュ』
呪詛の塊を作り出して操る方は、目立った進展はない。
まあ、地道に習熟していくしかないだろう。
「タルさん!」
「あら、クカタチ」
鍋を引き上げて足場に置いた私の前にクカタチが現れる。
腹の中には魚の姿はないが、嬉しそうな表情をしている。
どうやら上手くいったようだ。
「タルさんのおかげで無事に呪術を習得出来ました。見てくださ……」
「ストップ」
「え?」
が、私に見せようとするのは感心しない。
私はクカタチに掌を向けて、静止した。
「クカタチ。誰がどんな呪術を習得しているのかと言うのは、『CNP』においては極めて重要な個人情報よ。誰彼構わず明かすのは感心しないわ」
「え、でも、タルさんは呪術スレに……」
「アレは私にも益があるからやっていること。そして、私は全ての情報を公開しているわけではないわ。そういう訳だから、明かすのなら、最低でも一緒に戦ってもよい、背中を見せても大丈夫だと思える相手だけにしておきなさい」
「は、はい……。分かり……ました」
『たるうぃってこう言う時の倫理観は本当にしっかりしているでチュよね……』
クカタチは微妙に納得していない様子だったが、これは重要な事である。
特に今はPvPイベントの直前で、誰彼構わず手札を晒すのは愚行と断言してもいい。
後、何もないところでただただ見せられるよりも、実戦でいきなり見せつけられた方がインパクトがあるので、理解できる範疇の呪術であれば、私はそちらを望みたい。
『あ、前言撤回でチュ。碌でもないこと考えているでチュアアアアァァァァ!?』
「まあ、明かしたいなら自己責任の範疇でやるといいわ」
私はザリチュを抓ると、鍋を両手で持ってセーフティーエリアへの移動を始める。
「じゃ、クカタチ。ダンジョンの攻略頑張ってね」
「はい、頑張らせていただきます!」
そしてセーフティーエリアに入った私は転移によって『ダマーヴァンド』へ移動した。
「さて、早速呪いましょうか」
私は鍋の中身を一度確認。
深緑色のスープに原型がなくなりかけている豆、キノコ、白い物体が浮かんでいる。
臭いは……現時点で既にマトモな物になっているか。
うーん、加熱によって毒液の臭いや味がマトモになるのだろうか?
よく分からない。
ま、今はやるべき事をやるとしよう。
「私は虹色の眼に新たなる邪な光を与える事を求めている」
鍋が深緑色の呪怨台に置かれて、いつものように赤と黒と紫の呪詛の霧が集まり始める。
それに合わせて私は大気中の呪詛に干渉、呪詛の集束と維持が効率的に行われるようにする。
「睨み付けたものから脚に関わる力を奪う事を求めている」
勿論、目的とする呪いに必要な意思を込める事も忘れない。
『灼熱の邪眼・1』によって鍋を温めるのも忘れない。
「逃げる事も、蹴る事も、踏みしめる事も、脚が関わるあらゆる事柄を許さない力を求めている」
霧が幾何学模様を描き始める。
色は黒。
夜の闇に脚が飲み込まれるような黒。
「望む力を得るために私は呪いを食べる。我が身を以って与える呪いを知り、耐え、己が力とする」
黒い、繋ぎ目も歪みもない奇麗な黒い球体が出来上がって、静かにその場で動くことなく自転する。
「どうか私に機会を。覚悟を示し、脚縛りの邪眼を手にする機会を。我が身に新たなる光を宿す脚潰しの呪いを」
球体が脈打つ。
霧が飲み込まれていく。
そして後には中身が黒一色に染まった鍋だけが残された。
「鑑定っと」
私はとりあえずいつものように鑑定する。
△△△△△
呪術『脚縛の邪眼・1』の鍋
レベル:15
耐久度:100/100
干渉力:110
浸食率:100/100
異形度:12
変質した毒の液体が入った鍋。
覚悟が出来たならば飲み干すといい。
生きている事が出来たならば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
▽▽▽▽▽
『いつものヤバい奴でチュねー』
「でっチュねー。あ、普通に美味しい」
まあ、だいたいいつもの事なので、私は鍋を持ち上げると普通に食べ始める。
スープそのものも美味しいが、豆、キノコ、柔らかくなった骨も中々に美味である。
「っつ!?」
そして食べ終わると同時に、脚部干渉力低下(115)と表示されて、太ももから足先までが鉛のように重くなり、太い鎖によって縛り付けられたような感覚が生じた。
いや、それだけではない。
脚が……脚が大気圧に負けて潰れ始めている。
HPバーも減っていっている。
『たるうぃ!』
「分かってるわ!」
私は急いでセーフティーエリア内にある回復の水が湧いている場所に飛んでいくと、両足を回復の水に漬ける。
だが……灼熱がなくなっても、一向に回復する様子は見えない。
いや、低下は止まっているか。
ならば、HPの心配はしなくてよくなったか。
「不味いわね……何が不味いって痛みが生じないのが、何より不味いわ」
干渉力低下という状態異常を少し甘く見ていたかもしれない……。
私は今、両脚が非常に重く、怠く、鈍くなっている。
これ自体は予想出来ていたことだし、虫の翅を持つ私ならば、脚が使えなくても移動は問題ない。
問題は……それ以外に何も感じないと言うことだ。
ほぼ間違いなく、脚の神経が情報を伝える機能も阻害されている。
『解放された時がやばそうでチュねぇ』
「ええ、その瞬間が確実に不味いわ。痛みのレベルが私の許容値を超えて、ゲームから落とされる可能性がある。そうなれば、呪術の習得は失敗でしょうね」
で、阻害された情報は……試練というものを考えるならば、蓄積されているのだろう。
だからは私は肝を据える事にした。
何があっても耐えきる為に。
途方もない痛みという未知を味わえるだけ味わうために。
「っつ!?」
そして、その時が来た。
「ーーーーーーーーーーーーーーー!!」
足先からただただ莫大な量の痛みが昇ってくる。
頭がスパークして、真っ白になっていく。
だが……だが……だが……!
「つまらないわ!!」
ただそれだけだった。
単一な痛み、波のない痛み、こんなもの最初の一瞬さえ耐えられてしまえば、それでお終いの未知などない痛みだ。
「ふっざけんじゃないわよ! カロエ・シマイルナムン!! あんたね! 加工の海月呪を名乗るんだったらね!! もっと多種多様な痛みを私に寄越しなさい! 未知なる痛みを私に与えなさいよ! 素材になった程度で何諦めてんじゃ、このクラゲエエェェ!! そんなんじゃカース(笑)扱い待ったなしでしょうがあああぁぁ!!」
私は怒り狂った。
かつてないほどに怒り狂った。
未だに脚は動かないが、もしも脚が動くならば地団駄を踏み続けずにはいられない怒りだった。
ああ腹立たしい。
本当に腹立たしい。
期待させるだけさせておきながら、この程度だなんて万死に値する。
これで呪術そのものまでもが使い物にならなかったら、カロエ・シマイルナムンはイベント後にでももう一度ぶち殺してやる。
『た、たるうぃが怖いでチュ……』
「あったりまえでしょうがああぁぁ……」
ああいっそのこと、周囲の呪詛を操って剣状にして、私の脚に突き刺してやろうか。
あまりにもこの時間が無意味過ぎる。
≪呪術『脚縛の邪眼・1』を習得しました≫
「あ゛?」
『チュア!?』
気が付けばと言うか、明らかに通常よりも短い時間で脚部干渉力低下は解除されていた。
この原理には未知が含まれていて興味はあるが……今は放置するか。
とりあえず詠唱キーと動作キーを設定しておこう。
△△△△△
『蛮勇の呪い人』・タル レベル16
HP:826/1,150
満腹度:75/110
干渉力:115
異形度:19
不老不死、虫の翅×6、増えた目×11、空中浮遊
称号:『呪限無の落とし子』、『生食初心者』、『ゲテモノ食い・2』、『毒を食らわば皿まで・2』、『鉄の胃袋・2』、『呪物初生産』、『毒の名手』、『灼熱使い』、『沈黙使い』、『出血使い』、『呪いが足りない』、『暴飲暴食・2』、『呪術初習得』、『かくれんぼ・1』、『ダンジョンの支配者』、『意志ある道具』、『称号を持つ道具』、『蛮勇の呪い人』、『1stナイトメアメダル-3位』、『七つの大呪を知る者』、『呪限無を垣間見た者』、『邪眼術士』、『呪い狩りの呪人』、『大飯食らい・1』、『呪いを指揮する者』
呪術・邪眼術:
『毒の邪眼・1』、『灼熱の邪眼・1』、『気絶の邪眼・1』、『沈黙の邪眼・1』、『出血の邪眼・1』、『小人の邪眼・1』、『脚縛の邪眼・1』
所持アイテム:
毒鼠のフレイル、呪詛纏いの包帯服、『鼠の奇帽』ザリチュ、緑透輝石の足環、赤魔宝石の腕輪、目玉琥珀の腕輪、呪い樹の炭珠の足環、鑑定のルーペ、毒噛みネズミのトゥースナイフ、毒噛みネズミの毛皮袋、ポーションケトルetc.
所有ダンジョン
『ダマーヴァンド』:呪詛管理ツール、呪詛出納ツール設置
呪怨台
呪怨台弐式・呪術の枝
▽▽▽▽▽
△△△△△
『脚縛の邪眼・1』
レベル:15
干渉力:100
CT:10s-20s
トリガー:[詠唱キー][動作キー]
効果:対象周囲の呪詛濃度×1-5の脚部干渉力低下を与える
貴方の目から放たれる呪いは、敵がどれほど堅い守りに身を包んでいても関係ない。
全ての守りは破れずとも、相手の守りの内へ直接足枷を填めるのだから。
注意:使用する度に自身周囲の呪詛濃度×1のダメージを受ける。
▽▽▽▽▽
「とりあえず物にはなるわね。ったく、もう少し頑張りなさいよね。カロエ・シマイルナムン」
『これは八つ当たりなんでチュかね? うーん、悩ましいでチュ……』
強力な状態異常なだけに相手の周囲に相応の呪詛濃度が求められる。
しかし、使い勝手は悪くないだろう。
これに免じて、カロエ・シマイルナムンをもう一度殺しに行くのは止めにするとしよう。
「うーん、恐怖には期待したいけれど、この分だとどうなるかしらねぇ……」
午後にやる予定の恐怖の邪眼の習得が楽しいものになればだが。
そうして私は一度ログアウトした。
07/19誤字訂正




