174:ストレンジャビジター-4
「とりあえず結界扉ですね」
「そうね。そうしましょうか」
「そうだな」
結界扉は直ぐに見つかった。
正面は熱湯のプール、私たちが今居る場所はコンクリート製の足場だが、少し足場を進むと熱湯のプールに湯が流れ込む穴があった。
で、その穴の壁に沿うように金属製の網による足場が張られていて、その通路を少し進むと結界扉があった。
「さて、登録はしたけど、このダンジョンを攻略するかどうか……」
「タルさんは金属素材目当てで探索でしたよね。となると、このダンジョンに金属素材があるかどうかですね」
「金属……この足場は金属だが、取るべきではないか。先に進めなくなってしまう」
金属素材……まあ、ドージさんの言うとおり、足場を取るのはなしだ。
私のように対処できるプレイヤーならともかく、普通のプレイヤーにとっては致命的だし。
「ところでドージさん。足、大丈夫ですか?」
「そうね。私は空を飛んでいるし、マトチはたぶん熱耐性持ちだけど、ドージはたぶん不老不死の呪いだけ、所謂バニラって奴よね。対策なしにこの温度は危険だと思うけど」
「ああ、その事か」
いや、足場があっても厳しいか。
なにせ、熱湯は網の下を結構勢いよく流れていて、時折跳ねてもいる。
私とマトチはともかく、ドージは何時足の裏を火傷してもおかしくないだろう。
なお、マトチの熱耐性については、跳ねた湯を気にする様子が無いのと、両腕がカンテラになっているので、それぐらいはないとやっていられないだろうと判断したからである。
ここまでの挙動を見るに、熱源を感知する目もありそうだが。
「心頭滅却すれば火もまた涼しではないが、この程度なら問題はない。きちんと安全靴の類も履いている。心配してくれてありがとう。二人共」
「大丈夫なら何よりです」
「そう、なら良かったわ」
『人間ってすごいでチュねぇ』
「へぇ、凄いんですね」
なるほど。
問題はないらしい。
「……。今、女の子の声が」
「……。何処からかしたな」
「したわね。下のお湯の中にプレイヤーが居るわ。しばらく前から『鑑定のルーペ』が見えていたし」
「うえっ!? 見えているんですか!?」
「「!?」」
私の言葉にお湯の中に居るプレイヤーが驚いた声を上げる。
声からして女性、歳は比較的近そうか。
なお、彼女は見えているのかと驚いているが、見えているのはお湯の中で流れに沿わず浮いている『鑑定のルーペ』だけだ。
彼女本人は見えない。
たぶんだが、水に限りなく近い肉体を持っているのだろう。
これだと邪眼で狙いを付けるのも難しそうだ。
「出て来てもらっていいですか? 何処に居るのか分からないまま話しかけられるのは、あまり気分が良い物ではありませんので」
「そうだな。お願いしたい、ああ、危害を加えられなければ、私たちは君を攻撃しない。約束しよう」
「えと、分かりました。では、失礼しますね」
お湯が盛り上がっていく。
そして、網の足場をすり抜けて、『鑑定のルーペ』を首から提げた人型がゆっくりと生じていく。
で、完全に人型になったところで、初期装備を身に着けた半透明の女性の姿になった。
「なるほど。スライム人間ってところかしら」
「正確には熱湯スライム人間ですねー。あ、申し遅れました。私はクカタチと言います」
女性改めてクカタチは自分の名前を告げると、ゆっくりお辞儀する。
身に着けているのが初期装備である事から当然ではあるが、どうやらクカタチはまだ体に慣れ切っていないようだ。
たぶんだが、『CNP』を始めて、まだゲーム内で数時間と言うところだろう。
となるとだ。
「んー、異形度16。このダンジョンが初期位置のプレイヤーでいいのかしら?」
「っ!? そ、その通りですねー。よく分かりましたね」
「そして、ゲームを始めたばかりで、呪詛濃度不足を一度味わったと」
「はい?」
「あ、そこはまだなのね」
「えーと、私はまだようやくセーフティエリアから出て、そちらの沢山お湯が貯まっている場所の底を調べ終わったぐらいですね」
「なるほどね」
「ガチ初心者かー」
「チュートリアルも終わっていないレベルと言う事か……」
『いやぁ、これからが楽しみでチュねぇ』
うん、クカタチの状況はだいたい分かった。
さてこうなると、中々に悩ましい所だ。
「うーん、マトチ、ドージ、とりあえず私たちがこのダンジョンを攻略するのは無しでいいわよね」
「僕は別に構いませんよ」
「同じくだな」
「はい? えーと?」
まず『熱水の溜まる神殿』を攻略するのはクカタチ。
これは彼女の今後を考えると必須だ。
クカタチにやる気はありそうだし、人間性にもとりあえず問題は見られないし。
「とりあえず私たちの自己紹介と、クカタチが『CNP』を思い通りに遊ぶにあたって必要な事柄を教えるわ。折角この場で会えたんだしね」
「あ、はい」
私たちはクカタチに自己紹介をした。
と言っても名前とレベル程度だが。
で、自己紹介が終わったところでだ。
「クカタチ。この通路を抜ければ、ダンジョンの外に出れるわ。ただ、途中で呪詛濃度不足によって死に戻りする事になると思う。呪詛濃度不足については……まあ、経験してみた方が早いわね。『CNP』にはデスペナは基本的には無いから、一度死んでみた方が分かりやすいと思うわ」
「は、はい。あ……う……」
「外道ですね」
「スパルタと言っておけ」
とりあえずクカタチには一度呪詛濃度不足で死んでもらい、セーフティーエリアの前で再合流した。
「酷い感覚でした」
「でしょうね……私もアレにはしてやられたわ……。でも、これで分かったと思うけど、貴方がダンジョンの外に出るためには、何かしらの対策をする必要があるわ」
「はい」
「で、その方法の一つとしてあるのが……」
その後私はクカタチに、このダンジョンの攻略がクカタチにとってのチュートリアルになる事、呪詛纏いの包帯服とダンジョンのボスの事、『鑑定のルーペ』で空気を鑑定する事でダンジョンの名前を知れる事などを伝える。
「ありがとうございます。でも、どうしてタルさんはこんなに親切にしてくれるんですか?」
「まあ、『呪限無の落とし児』同士の誼ってところね。私の時は全部手探りだったから、かなり大変だったし」
『嘘でチュ。たるうぃの事だから、クカタチが今後生み出す未知に期待しているに決まって……チュアアアアァァァ!?』
私はクカタチの言葉に応えつつ、ザリチュを強めに抓っておく。
まあ、ザリチュの言葉は間違いではないが。
「これだけ親切にするなら、もう少し戦闘とかで手伝ってあげてもいいんじゃないかと僕は思いますけど?」
「それは駄目。私たちはクカタチのリアフレで何時でも一緒に動けるわけじゃないもの。クカタチのこれからを考えたら、探索、生産、戦い方と言った物はある程度自分でこなせた方が良いわ。でないと、何処かで詰む事になる。よって、チュートリアルを終わらせてダンジョンの外に出る前の高異形度プレイヤーにアドバイス以上は出来ないし、するべきではない」
「道理だな。スライムの体でどう戦えばいいのかなど、私は相談されても答えられない」
「なるほど。私自身が色々と見つけ出さなければいけないんですね」
なお、アドバイス以上をする気はまったくない。
それをやったら、クカタチが詰む事になる。
それは色んな意味で惜しいし、私のスタンスにもそぐわない。
「でもそうね。フレンド登録はしておきましょうか。何時でも対応できるとは限らないけど、メッセージを飛ばしてもらえれば、相談に乗るぐらいは出来るでしょうから」
「あ、ありがとうございます! タルさん!」
とりあえずクカタチとのフレンド登録はしておいた。
これで困ったときにアドバイスくらいは出来るだろう。
「それじゃあクカタチ。楽しみながら頑張ると良いわ」
「はい。存分に楽しませていただきます!」
そうして私たちは『熱水の溜まる神殿』を後にした。
さて、彼女の攻略が上手くいくことを祈るばかりである。