160:ミニマムツリー-1
「ふうむ……この感じなら、むしろ乾燥させ切った方がいいかもしれないわね」
『干物でチュか』
「干物でチュね」
火曜日。
ログインした私は、とりあえず陰干し状態にあったカロエ・シマイルナムンの触手、声帯、皮の状態を確かめた。
この三つの素材はカロエ・シマイルナムンが海月モチーフであり、海月らしく成分の殆どが水分であったためか、ゲーム内時間三日干された結果として、だいぶ乾燥が進み、小さくなっている。
だがそれは悪いことではなかった。
『使い道はどうするでチュ?』
「触手と声帯は呪術の習得に。皮については防具の強化に使う予定よ。とは言え、現状だと合わせられる素材が無いから、まずはそれを見つけ出す必要があるわね。それとレベルも足りないから、レベル上げも必要ね」
水分が抜ければ、その分だけ残った成分が濃くなる。
それは呪いも同様……と言えるかは分からないが、現状を見る限りでは悪くなさそうである。
これならば合わせる素材さえ見つかれば、触手は干渉力やダメージ増減関係の呪術、声帯は恐怖の邪眼習得に使えるだろうし、皮は上手くいけば、自動修復装備ぐらいは作れるかもしれない。
「よし、『呪い樹の洞塔』に行きましょうか。レベル上げ、素材集め、積み重なっている未知の消化で一石三鳥よ」
『分かったでチュ』
私は『ダマーヴァンド』の確認を終えると、転移機能によって『呪い樹の洞塔』に転移する。
「うーん、変わらずね」
さて、沼地のセーフティーエリアから森のセーフティーエリアに向かう途中で見つけて、転移先の一つとしてブクマしたのが、ここ『呪い樹の洞塔』である。
この『呪い樹の洞塔』だが……どうやら私以外には未だに発見者が居ないダンジョンであるらしく、掲示板には書き込みの類が一切ないし、結界扉から出て一通り見渡した限りでも、誰かが訪れた様子はなかった。
『どうして誰も来ないんでチュかね?』
「うーん、立地、見つけづらさ、それにカロエ・シマイルナムン対策がある『蜂蜜滴る琥珀の森』に目が向いているって言うのもあるかしら」
まあ、誰も訪れていないのは好都合である。
だってそれは、私も含めて、まだ誰も知らない未知のエリア、素材、モンスターがいるかもしれないと言う事なのだから。
口角だって自然と釣り上がると言うものだ。
「とりあえず上りましょうか」
『分かったでチュ』
さて、入り口ではモンスターに遭遇することは無い。
そして、向かえる先は階段をひたすらに登っていった先のみである。
なので私は空中浮遊を利用して何段か飛ばしつつ、このアバターにしては普通に階段を上っていく。
「む……」
『チュ?』
違和感は直ぐに生じた。
なんと言うか、一段一段のサイズが徐々に大きくなっているように感じたのだ。
「……」
私は階段の床に何度か足を着ける。
するとその度に、今居る段と次の段の間にある高さがほんの僅かにではあるが、増していく。
「小人。初めて見た状態異常ね」
『珍しい状態異常でチュねぇ』
そうして私が異常を認識したためか、HPバーと満腹度の下、自分にかかっている状態異常を示す欄に、小人(23)と表示された。
どうやら体が小さくなる状態異常のようだ。
「10秒でスタック値は1減少。スタック値1につき、身長……いえ、全身が等しい比率で1%ずつ縮んでいく。と言うところかしら」
『ざりちゅに効いていると言う事は、非生物にも有効みたいでチュねぇ』
どうやら『呪い樹の洞塔』の階段の床板に触れていると、触れている時間だけ小人の状態異常のスタック値が積み重なっていくらしい。
スタック値の減少スピードを確かめた私が、翅を使って無理やり床に触れていると、一気に数字が増えていく。
そうしてスタック値が90を超えたところで縮小は停止。
どうやら、元のサイズの10分の1にまで縮んだら、以降は効果時間が伸びるだけのようだ。
「お、私の周囲は呪詛濃度15ってところなんだけど、普通に飛びたいだけ飛べるわね。代わりに腹の減り方がヒドいけど」
『面白いでチュねぇ。小人』
身長が10分の1になったと言う事は、表面積は100分の1、体積と質量は1,000分の1になったと言う事だ。
すると虫の翅が生み出す揚力は差し引きで元の10倍と言ったところになる。
呪いも関わっているので、こういう計算が何処まで有効なのかは分からないが、とりあえず小人(90)以上ならば、私は自由自在に空を飛べるようになるようだ。
これならば、体を操る感覚はだいぶ変わっているが、普段よりもむしろ動きやすいぐらいだ。
代わりに小動物は代謝の都合で忙しなく食べなければいけないと言う、自然界のルールに従うように、満腹度の減りは激しくなっている。
「おおっ、食い甲斐がある感じになったわね」
『ジュルリでチュ……』
小人状態の中で特に面白いのはアイテムに対する挙動。
まず、小人そのものはアイテムにも有効で、『呪い樹の洞塔』の階段に置いたアイテムは普通に小さくなっていく。
小人状態の私が身に着けている物や、道具袋から取り出したアイテムも、取り出した時の私と同じくらい縮んでいる。
しかし、一瞬でもいいから完全に体から離れると、元の大きさに戻る。
そのおかげで、『ダマーヴァンド』で取れる白豆が、小人になった私の頭と大して変わりのない大きさになって、私の前にある。
うん、豆一個で腹がいっぱいになる事は良いことだ。
『ダマーヴァンド』の白豆だと、燻ぶるネバネバの核ほど美味しくないので、今後の品種改良は考えなければいけないが。
なお、今更だが、『ダマーヴァンド』の白豆と赤豆の鑑定結果はこんな感じである。
△△△△△
『ダマーヴァンド』の白豆
レベル:1
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:3
『ダマーヴァンド』で自然繁殖している白い豆。
食べると満腹度が大きく回復するが、味は微妙の一言に尽きる。
▽▽▽▽▽
△△△△△
『ダマーヴァンド』の赤豆
レベル:3
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:5
『ダマーヴァンド』で自然繁殖している赤い豆。
食べると灼熱の状態異常を受ける。
味は非常に辛く、一度に大量に食べると、ダメージになるほどであるが、適切な量で抑えれば、食欲増進効果が期待できる。
▽▽▽▽▽
「うーん、赤豆と白豆が適度に混ざった豆が欲しくなるわね」
『そうでチュかぁ』
私は微妙な味の白豆を食べつつ、洞の中心部の空中を飛んでいく。
自由に空を飛べて、お仕置きモンスターの類も居ないなら、階段を地道に登っていく必要性などないからだ。
まあ、小人の状態異常が切れそうになったら、階段で足踏みでもして補給させてもらうが。
「ようやくね」
『でチュねー』
で、飛ぶ事十数分、普通のプレイヤーが階段を無理やり上ったなら丸一日はかかるのではないかと言うところまで来たところで、景色に変化があった。
階段が途切れて、木の外に出るためであろう大きな通路が現れたのである。
私は周囲に注意を払いつつ、通路に入っていった。