151:カロエ・シマイルナムン-2
本日二話目です
「あははははっ! 触手! 毒霧! 矢! 爆弾! 瓦礫! なんでもござれね!!」
『チュ、チュアアアァァァ! 色々落ちてくるでチュよ!?』
『……!!』
カロエ・シマイルナムンにとって私は最も懐に入り込んでいながら、触手では捉え切れない上に、毒と沈黙を盛り続けてくる厄介な相手。
だからだろう、先程から私を始末するべく、カロエ・シマイルナムンの口からは、加工の呪いによって作り出したであろう様々な物が降ってくる。
深緑色の毒霧の球体、冷気を纏った矢、勢い良く落ちて生産区画の底で爆発する爆弾、単純な質量によって破壊をもたらす瓦礫、どれもこれも直撃すればそのまま触手の攻撃によって一気に押し込まれて死亡が確定する危険な攻撃だ。
「でも足りないわ! 私を潰すにはそれじゃあ足りていないわよ! 『毒の邪眼・1』!」
私はそれを避け続け、『毒の邪眼・1』と『沈黙の邪眼・1』を適宜打ち込んで、ダメージと絶叫の防止時間を稼ぐ。
この時に気を付けるのは、絶対に全ての目で邪眼術を使ってしまわない事。
理由は単純だ。
『たるうぃ! またあれでチュ!』
「言われなくても! 『沈黙の邪眼・1』!」
『bぃ……!』
カロエ・シマイルナムンは今、五層ある生産区画の各所に散らばって存在している、束になった薬草を掴んで食べた。
そして、沈黙の状態異常回復アイテムを作り出し、使用した。
この流れが先程から何度か来ているので、常に『沈黙の邪眼・1』用に目を残しておく必要があるのだ。
「ふぅ、危ない危ない」
『絶叫には恐怖が乗っているでチュからねぇ』
カロエ・シマイルナムンの絶叫はダメージに加えて恐怖の状態異常が乗っている。
恐怖の効果は呪術のCTの増大。
最初のは即座に止められたから助かったが、止め損なえば、致命的な状況に陥った可能性もあるだろう。
「てか、私以外のデバッファーは何をしているのかしらね?」
『分からないでチュ。耐性が高めの可能性もあるでチュよ』
「なるほど」
現在のカロエ・シマイルナムンに乗っている状態異常は……毒(781)と沈黙(63)。
毒はだいぶ重なってきたから、ここから更に伸ばすのは厳しそうだ、余裕を見て伸ばすけど。
沈黙は……絶叫対策に必須だからか、今のところ外れる様子は見えない。
で、他の状態異常は何故かまるで入ってない。
時々、表示されているのが見えるが、直ぐに消えている。
「耐性、そんなに高くは感じないんだけどね」
『たるうぃの邪眼は耐性貫通なのを忘れないで欲しいでチュ。後、強化称号も取得済みでチュよね』
「あ、そう言えばそうだったわね」
今更だが、『CNP』の状態異常耐性は色々と傾向があるのかもしれない。
敢えて分類するならばと言う話だが……
・かかる状態異常のスタック値そのものを固定値で減少させる無効
・かかる状態異常のスタック値を割合で減らす耐性
・状態異常にかかる可能性そのものを減らす予防
と言うところか。
そうなると、カロエ・シマイルナムンは予防の能力が高いのかもしれない。
私の邪眼術はどれもぶち抜いてしまうようだが。
「いずれにせよ、この状況なら沈黙の維持が第一、毒の強化が第二と言う感じかしらね」
『そうなるでチュね』
『……!』
「う、うわあああぁぁぁ!?」
と、ここで筒の外で戦っていたプレイヤーの一人が触手に捕まり、中央の筒の中に引き摺り込まれたかと思えば、そのまま口にまで運ばれて頭から食われた。
「助ける暇もなかったわね」
『でチュねぇ』
捕まったプレイヤーは死に戻り。
死体は消え去ったのだが、捕まったプレイヤーが居た区画には異形の人間が一人発生していて、残りのメンバーに襲い掛かっている。
やはりと言うべきか、あの異形の人間は人間を加工して作られる物であるらしい。
そして、食われたプレイヤー自身も、生産区画のすぐ外でリスポーンしたのか、直ぐに帰ってきたが……
「で、呪いが増やされると。一時的か、永続かによって評価が変わるわね……」
『喰らわないのが一番だと思うでチュ』
「それもそうね」
戻ってきたプレイヤーは他の部分はそのままなのに、右腕だけが体に不釣り合いな大きさになっていて、非常に動きづらそうだった。
どうやらカロエ・シマイルナムンに加工されて、肉体にかかっている呪いの数を増やされてしまったようだ。
『……』
「げっ、何か来るわね」
『チュアアアァァァ! アレは拙いでチュよ!!』
と、ここでカロエ・シマイルナムンに大きな動きが生じる。
数本の触手がカロエ・シマイルナムンの傘の上にまで持ち上げられ、大量の呪詛がそちらに流れ込み始めている。
そして、危険を感じた私が壁際に寄った時に見えたのは、カロエ・シマイルナムンの上の空間がまるで夜空のようになっている光景だった。
恐らくは空間か光を加工する事によって、光を収束させているのだ。
「まさか……」
私は直ぐに壁を蹴って、カロエ・シマイルナムンの傘の真下の空間に移動する。
『……』
「「「ーーーーー!?」」」
直後、他のプレイヤーたちが居る部分を薙ぎ払うように、カロエ・シマイルナムンの傘の上からレーザーの雨が降り注ぐ。
その威力は凄まじく、直撃したプレイヤーは容赦なく死に戻りし、掠っただけのプレイヤーも重傷を負っているようだった。
当然、床や壁もレーザーによって穴だらけになるが、こちらは生産区画と言うフィールドに何かしらの仕掛けがあるのか、穴が開いても直ぐに修復されて、元通りになっている。
「止め……られないようね」
私は二つの目を使って、『気絶の邪眼・1』をカロエ・シマイルナムンに発動する。
が、確かに気絶は入ったが、レーザーが止まることは無かった。
どうやら一度発動してしまったら、カロエ・シマイルナムンを気絶させる程度では止められないようだ。
「死屍累々ね」
『ただ死に戻っただけなら、問題は無いと思うでチュ』
「それもそうね」
レーザー発動前は100人以上プレイヤーが居たはずだが、見た限りでは、残ったプレイヤーは30人ちょっと。
どうやら今ので70%近い数のプレイヤーが撃墜されたようだ。
とは言え、先程の食われて死に戻ったプレイヤーが直ぐに戦線復帰できていたことを考えると、死に戻り先は生産区画を出てすぐの所だろうし、そこまで問題にはならないか。
『CNP』のデスペナは特殊な攻撃によって死なない限りは問題ないわけだし。
「とりあえず、次は止めるわよ」
『分かったでチュ』
プレイヤーたちが次々に戦線復帰していく。
先程までと同じように、筒の外に出ている触手に向けて激しい攻撃が行われていく。
私は……とりあえず豆を食べて、満腹度を回復する。
勿論、『毒の邪眼・1』、『沈黙の邪眼・1』による妨害も、敵の攻撃の回避も忘れずやりつつだ。
そして豆を食べているとだ。
「何やってんのよ!? タル!?」
ちょうどザリアたちが生産区画に入ってきたところだった。
うん、実にちょうど良い。
と言う訳で、私は豆を食べつつ、ザリアにメッセージを送った。
『シロホワに壁越しの回復が出来るか聞いて』、と。
地味に邪眼術による消費とカス当たりのダメージが響いてきていて、おまけにポーションケトルの中身も心もとなくなってきていたので、出来るならありがたい話である。
『HP回復の目途が立ったかもしれないでチュね』
「ええ、これでペースを上げられるわ」
さて、カロエ・シマイルナムンのHPをどの程度削ったのかは分からないが、まだまだ討伐まではかかるだろう。
ザリアの返事が早く来ることを願いつつ、私は壁を蹴って、カロエ・シマイルナムンの触手を躱した。