150:カロエ・シマイルナムン-1
本日一話目です
「始まったわね」
掲示板に聖女様による儀式が始まったと言う実況書き込みがあった。
時刻もゲーム内12時、リアル20時で、予定通りだ。
「じゃ、こっちも始めましょうか」
『でチュね』
と言う訳で、私は制圧した隔壁の制御室で、近代的な装いをしている隔壁操作のコンソールに手を置く。
そしてチャージ開始。
「『毒の邪眼・1』『灼熱の邪眼・1』『出血の邪眼・1』『気絶の邪眼・1』」
邪眼術発動。
『毒の邪眼・1』によって機器の内部に毒液を生じさせて、ショートさせる。
『灼熱の邪眼・1』によってコンソール表面を加熱して、パーツを歪ませる。
『出血の邪眼・1』によってコンソール各部に傷を潜ませる。
最後に『気絶の邪眼・1』によって電気を生み出し、不可逆的な破壊をコンソール全体に与え……ボンッと言う音と共にコンソールから一瞬だけ黒煙が上がり、完全に使い物にならなくなる。
「よし成功」
『これで、コンソールがおかしくなったせいで隔壁が下りたりしたら、笑うしかなかったでチュけどね』
「それならそれで、たぶん何とかなったんじゃない? ほら、一般に知られてないだけで、他にも出入り口はあるでしょうし」
私は制御室を後にすると、生産区画へと急ぐ。
掲示板には、衛視の中にモンスターが混ざっていて、聖女様に襲い掛かったが、カーキファングとスクナがそれを仕留めた的な書き込みがあった。
ならば、他のプレイヤーたちが此処まで来るのは、もうそんなに遠い事ではない。
『たるうぃ、本気で一人で戦い始める気でチュか?』
「勿論! まだ誰も挑んだことが無い相手に最速で挑める機会を見逃すだなんて、そんな勿体ない真似は私には出来ないわ!!」
そして、生産区画に繋がる扉の前に立った。
表示されたのは、聖浄区画に転移する時も出た同意書。
勿論、私は躊躇いなくサインをして、生産区画に入る。
≪超大型ボス『加工の海月呪』カロエ・シマイルナムンとの共同戦闘を開始します。現在の参加人数は1人です≫
「「「ーーーーーーー!!」」」
『ryじぇy、ryじぇy、ryじぇy』
生産区画内部には惨劇と言う他のない光景が広がっていた。
呪詛の霧が立ち込める中央の筒の中に居る海月型の『カース』は、筒に開いている穴から触手を伸ばすと、世話係の人間たちや自分に与する人間たちを次々に捕獲、食らう。
そして、食った人間と同じ数だけ、人型の異形を生み出して、生産区画の外に送り出していく。
「へぇ、なるほどね」
『『カース』……『カース』でちゅよ……気を付けるでチュよ、たるうぃ。たるうぃも食われたらどうなるか分からないでチュ』
聖女様の裏切りは既に知っているのは別にいいとして、なるほど、アレが『加工の海月呪』カロエ・シマイルナムンの能力の一端。
食った物を別のものへと加工する力。
この力によって今までは聖浄区画の維持などに必要な物資を生み出し、そして今は自分を害するものを殺害するための力を生み出しているわけか。
なるほど、この力の使い方次第では、ザリチュの言うとおり、プレイヤーのアバターにも致命的な変化を与えられるかもしれない。
「でも、それだけで終わりじゃあ、ないわよねぇ。カロエ・シマイルナムン」
私は一応『鑑定のルーペ』を向ける。
しかし、鑑定をした意味は殆どなさそうだった。
と言うのもだ。
△△△△△
『加工の海月呪』カロエ・シマイルナムン レベル25
HP:???/???
▽▽▽▽▽
名前は分かっていたし、レベルは大して意味が無いし、肝心のHPは見えなかったからだ。
まあいい、加工の力の使い方もおおよそ想像は付くし、他のプレイヤーが来るまでは地道に削るだけである。
「さあ開戦よ!」
『チュアアアァァァァ!』
『rwじゅsl! じえいあw!!』
「「「ーーーーー!!」」」
鑑定と言う敵対行動によって私の存在に気が付いたカロエ・シマイルナムンが、私に向かって人の腕が連なったもの……触手の一本を伸ばしてくると共に、異形と化した人間たちの一部が私の方へと突っ込んで来る。
「『毒の邪眼・1』!」
『いjy!?』
雑魚に構っている余裕はない。
そう判断した私は地面を蹴って跳び上がって触手を避けると、跳び上がった先で壁を蹴って、一気にカロエ・シマイルナムンに接近。
同時に12の目で毒を与える。
スタック値は……242、随分と入ったようだ。
「失礼!」
『byfty!?』
そして、筒の穴から伸びる触手をフレイルで叩いて怯ませると、私は中央の筒の中へと体を潜り込ませる。
これで雑魚は気にしなくてよくなった。
それとフレイルについては毛皮袋の中に収納してしまう。
「あはっ!」
中央の筒の中に入って最初に感じたのは高揚感。
次に感じたのは、全身に力が漲る充足感で、私を縛り付けていた様々な物が無くなっていく開放感もあった。
まちがいない、中央の筒の中の呪詛濃度は20だ。
呪詛纏いの包帯服の効果で私の周囲は19になっているが、とにかく私にとって適切な濃度の呪詛がこの筒の中にはある。
これならばだ。
『じえいあy!』
「あははははっ!」
私は殆ど自由自在に空を飛べる。
時折、筒の壁を蹴って勢いを稼ぐ必要があるが、空中浮遊と虫の翅を組み合わせれば、四方八方からカロエ・シマイルナムンの触手が突き出されても難なく躱せるほどに私は空を飛べる。
『気を付けるでチュよ! たるうぃ!』
「分かっているわ! 『毒の邪眼・1』!!」
『じびrzy……』
毒を追加。
毒(418)まで伸びた。
相手のHPが膨大であるためか、やはり重症化は発生しない。
他のプレイヤーたちもまだ来ない。
私は今、無数の触手を避けつつ、カロエ・シマイルナムンの傘の真下に居る。
「気持ち悪いわね」
『カースでチュからね』
カロエ・シマイルナムンの傘の内側には無数の口と目があった。
口はどれも人の口で、怒りによって激しく歯ぎしりをしている。
目は様々な色合いをした目であり、欲に染まり輝く目は見方によっては虹色にも見えなくはない。
『ーーーーーーーーーー!!』
「っつ!?」
『チュアッ!?』
カロエ・シマイルナムンの口が動き、叫び声が発された。
その勢いに私は思わずザリチュを深く被って、耳を保護するように動いてしまう。
だが、カロエ・シマイルナムンの叫び声は物理的な破壊力だけでなく、状態異常を伴っていた。
表示された状態異常は恐怖、スタック値は目に見える勢いで伸び続けている。
どんな効果は分からないが、このまま受け続けるのは危険だと私は判断した。
「せいっ!」
『zry!?』
私は動作キーによって『気絶の邪眼・1』を発動。
一瞬の気絶によって、カロエ・シマイルナムンの絶叫は強制中断される。
しかし、直ぐに再び息を吸い込み始め、叫び声を上げようとする。
だが、少しだけ私の方が早かった。
「『沈黙の邪眼・1』!」
『……!?』
カロエ・シマイルナムンに沈黙(252)が与えられ、叫び声を上げられなくなる。
これで状態異常回復が来ない限りは、2520秒間……42分ほどは沈黙が続く。
「行くぞおおおぉぉぉ!!」
「「「おおおおおぉぉぉぉ!!」」」
『!?』
「さて、此処からが本番ね」
他のプレイヤーたちが生産区画に入り始めた。
それと同時に生産区画全体に聖女様の儀式によるものと思しきひかりが満ち始め、カロエ・シマイルナムンの動きが僅かにだが遅くなる。
「さあ! もっと貴方の力を見せて頂戴! カロエ・シマイルナムン!! 貴方の力はそんな物ではないのでしょう!!」
『ーーーーー!』
そして私は満面の笑みで壁を蹴って、再びカロエ・シマイルナムンの触手が無数に垂れ下がる筒の中心部に向かって跳び込んだ。




