147:アンダーサクリベス-3
本日一話目です
「この施設を作り上げた人間は間違いなく天才と言っていいでしょう。世界を覆い尽くし滅ぼそうとした呪いから身を守るだけでなく、逆に生きる糧として変換するための術を生み出したのですから」
「そうね。生活圏の確保に加えて、エネルギーと物資の確保も行った。いいえ、それだけじゃないわね。仮にこの施設が順当に稼働を続ければ、何時か地上に蔓延している呪詛が消滅していた可能性だってあるでしょう」
聖女アムルは入り口から、私が監視部屋の外に出て行く際に邪魔にならない位置へと移動しつつ、口を開く。
どうやらいざという時に、私がこの場から移動するのを邪魔する気はないようだ。
「落とし児タル。貴方の言う通りです。この施設が健全に運営され続ければ、いずれは世界も救われていたでしょう。ですが、そうはなりませんでした」
「でしょうね。想定外は……あの海月かしら」
「ええ、一つ目の想定外についてはそうでしょう」
私と聖女アムルの視線が生産区画の中心に居るであろう海月型の『カース』に向けられる。
「あの『カース』が何時から生産区画に居たのかは分かりません。もしかしたら最初からかもしれません。ただ一つ確かなのは、何時の頃からか聖浄区画に住んでいる人間の過半数以上が、あの『カース』を神と呼ぶようになり、望みを叶える為ならば如何なる行動も躊躇わなくなったと言う事です」
「ふうん。製作物に何か仕込まれているのかしらね」
「その可能性は否定できないと思います。聖浄区画の下層に住む人間ほど、その……おかしくなっている感じがありますから」
「なるほどね」
あの海月型の『カース』はイベントで見た。
恐らくは此処で聖女様たちが見た事があるから、イベントでも出てきたのだろう。
そして私は呪限無を垣間見た時にも、同型の『カース』を見た。
少し気になるのは……イベントや呪限無で見た海月の方が強いと言うか、害意に満ちていた気がする点か。
「つまり、最初は使う側だったけれど、いつの間にか使われる側になっていた。そして、何もしなければ、いずれはあそこから外に出て来て、聖浄区画の人間も上の人間も皆殺しにされる。と言う感じかしら」
「そうなります。これまでと違って私たちが捧げたものだけでは満足せず、力も強くなっています。呪人の方々に出した依頼の一部も、アレの望みを叶え、飢えを満たす事で時間稼ぎをするためでしたから」
ああなるほど、やっぱり弱体化が入ってるのね。
で、たぶんだけど大量の汎用素材が海月に食わせる分、特定の素材が海月を封じ込めるための結界の分と言う事か。
うーん、カーキファングの情報にはこういう話はなかったし、どうやら情報の秘匿がかなりされているようだ。
いや、場合によっては聖女様たちの独断と言う可能性もあるか。
「でも使われた側になった事も気づかずに、暴飲暴食を繰り返しているとなると、教育、制度、世代交代の失敗もある気がするわねぇ」
「正確には暴飲暴食ではなく、暴飲暴食、姦淫惰眠、暴力暴言、あらゆる堕落行為ですよ。下の層に住んでいる人間ほど、酷くなっていきます。で、自分が食っている物の正体も知らずに、時折上に出て来ては、下の地位の方や呪いを持った方々を蔑み、身勝手な命令を出すのです」
「よく反乱の類を起こされなかったわね」
「気が付いた時点で大勢は決していた上に、それをしたら『カース』が動き出すのは目に見えていたので、したくても出来なかったようです。サクリベスの街を築いて、真っ当な人たちを隔離するのが限界だったようですね」
なんにせよ、もしも汎用素材だけ集まってしまったら、サクリベス崩壊と言うバッドエンド一直線だったのかもしれない。
いや、その場合はサクリベスは崩壊するが、四方のセーフティエリアや『ダマーヴァンド』を拠点とした奪還作戦の開始か?
いずれにせよ、此処から上手くやれば、そんな未来は来ないか。
「聖女アムル。貴方の望みはあの『カース』を封じる事? 倒す事?」
掲示板に情報を流し、上で待機しているプレイヤーたちを聖浄区画に入れ、『カース』と『カース』に与する者を討伐する。
『カース』が弱っている可能性が高い今ならば、上手くいく可能性はそれなりにあるだろう。
普通のMMORPGなら、確実にレイド規模を上回るレギオン規模のクエストになるだろうけど。
「落とし児タル。今朝、貴方の気配を感じるまでは『カース』を封じて、問題が先延ばしに出来ればと思っていました。ですが、今は倒す事も考え始めてます。夢で呪人の皆様の実力も見させていただきましたし、不可能ではないでしょう」
「へぇ、そうなの」
「ですが、そのためには貴方にこなしてもらう仕事があります」
仕事ね。
まあ、必要な物ならやるしかないか。
「この聖浄区画には『カース』を神と崇め、与する者が居ます。その中には、地上への連絡通路を取り仕切る者も居ます。連絡通路の隔壁は外から操作する方法がありませんし、呪人の皆さんが聖浄区画に立ち入ろうとしても、その者が居ては中に入る事は出来ないでしょう」
「つまり、そいつを始末して欲しいと」
「ええ、そう言う事です」
内容は要人の暗殺、進路の確保と言うところかしら。
さて、普通の人間なら『毒の邪眼・1』『沈黙の邪眼・1』のコンボでうめき声すらあげさせずに始末できるけど……。
あ、駄目だ。
聖浄区画は呪詛濃度0だから、『沈黙の邪眼・1』はまだしも『毒の邪眼・1』はほぼ無力だ。
「いいわ。やってあげる。ただ、『カース』の討伐に貴方たちが協力するのも条件よ。封印の結界を弱体化の結界に変えるぐらいは出来るでしょう?」
「それは……何とかやって見せます。あ、『カース』に与する者は額に入れ墨がありますので、それで見極めて下さい。貴方の姿を見たら襲い掛かるか発狂するかは、ほぼ全員がそうだと思いますので、参考にはなりません」
「分かったわ」
まあ、細かい倒し方については相手の姿を確認してから考えましょうか。
効かないなら、効かないで、別のやり方を取るだけだし。
「ところで落とし児タル」
「何かしら?」
これで会話は終わり。
そう思った私が部屋の外に向けて飛んでいこうとした時だった。
これまでと違って聖女アムルがとても言いづらそうな表情をしつつも、意を決した様子を見せてから声をかけてくる。
「その乾いた干物のような古臭いデザインの帽子はどうかと思いますよ。他の衣服や装飾品はとてもよく似合っているのに、本当にダサくて駄目駄目なデザインです。もしもこの戦いを無事に切り抜ける事が出来ましたら、もっと貴方にお似合いの帽子を提供いたしますので、その時には……いえ、出来れば今すぐにでも、そのドブネズミのような糞帽子は脱ぎ棄て、火を点け、灰に変えて適当な植物の肥料に変えてしまう事をオススメしますよ」
「……」
なんか凄い罵倒の嵐が来た。
『チュアアアアァァァァアアアア! よおおぉぉやく本性を出しやがったでチュね。この豊穣とは名ばかりの淫乱放蕩聖女が! そうでチュか! ざりちゅの事が気に入らないでチュか! ペッ、ペッ、ペエッ! カビ生え! 腐敗! 糞そのもの臭いを撒き散らしている分際で、グズグズに腐らせてよく分からないものから別な物を作り出す力がそんなに誇らしいでチュか! 塩を撒くでチュよたるうぃ! いや、塩を刷り込むでチュ! 全身に塩を刷り込んで、穢れを浄化してカチカチに乾燥させるでチュよ!! さもないと全身カビだらけのハエだらけ待ったなしでチュよ! かぁっーぺっ!!』
「……」
ザリチュからも凄い罵倒の嵐が来た。
「あらあらあらあら、何か私、ものすごい勢いで何処かの誰かから陰口を叩かれた気がしますね。まるで乾燥した汚物が風に吹かれて砕け散るように匂いが漂ってきましたわね」
『チュアッ、チュアッ、チュアッ。流石は汚物でチュねぇ! 汚物は汚物の事がよく分かっている事が今証明されたでチュよ。語るに落ちるとはこのことでチュねぇ!!』
ああうんそうか。
ザリチュとアムルタートは不倶戴天の敵同士だものな。
そりゃあ、お互いにお互いの事が気に入らないのは当然か。
となると私とハルワタートの相性もお察しになりそうだが……今は気にしなくてもいいか。
そして、現実逃避をしている場合でもない。
「私はとっとと行くわ。そうね。これから三時間以内に目標を調べて、三時間後に始末するつもりで動くわね。そうすれば、上手く回るでしょ」
「あ、はい。分かりました。では、よろしくお願いします」
『気に食わない相手からの依頼でチュが、必要な事なら仕方が無いでチュね』
私は聖女アムルに背を向けると、そのまま部屋の外に出て行った。
なお、聖女アムルの言葉を素直に信じる気はない。
誰を始末するかは、私が自分で見てしっかりと確かめる事だからだ。