146:アンダーサクリベス-2
本日二話目です。
「ふうん、倉庫区画、居住区画、生産区画……地下だと言うのに、随分と繁栄しているのね」
『しかも地上とは大違いって感じでチュねぇ』
「その地上を私はイベントの悪夢でしか見た事がないんだけどね」
男たちは何も警戒する事無く倉庫で必要な物を回収すると、私を別の区画との境界まで案内してくれた。
まあ、足音がしない私の尾行をこの暗闇の中で察しろと言う方が無理があるか。
「ま、それはそれとして、さて何処を目指すべきかしらね」
『地上でいいと思うでチュけど?』
「それは最後ね。構造からして、地上に出るための通路だけはガッチガチに固められてるみたいだし。強行突破しようにも、死力を尽くすことになると思うわ」
さて、別の区画との境界には二つの地図があった。
一つはこの倉庫区画について記された地図であり、何処に何が収められているのかが書かれている。
もう一つは聖浄区画全体の地図で、複数の絵によって大まかな区分が書かれている。
「現在位置は地下第二層、第三倉庫区画。ね」
全体地図を見る限り、聖浄区画は全部で五つの層に分かれていて、上から順に第一層、第二層……と言う感じだ。
そして地下深くにある層ほど重要な区画であるらしい。
「……。色々と嫌な臭いを感じずにはいられないわね」
『チュ?』
第一層は地上にあるサクリベスの神殿の地下でもあり、地上と地下を繋ぐ連絡口でもある。
呪い祓いとやらをするための区画や、何かしらの儀式をするための区画、警備の詰所などがあるようだ。
きっと、此処までなら条件を満たせば、正面から入れるプレイヤーも居るのではないだろうか。
「物語の定番ではあるけれど、現実にもファンタジーにも出来れば居ないで欲しい連中の臭いを感じるって事よ」
『ああなるほどでチュ』
第二層は現在、私が居る層で、倉庫区画、生産区画、居住区画と言った物がある。
しかし、どの区画もどことなく質が悪い感じで、先程の男性たちの会話からも察したが、聖浄区画の住民の中でも下位に属する者たちが使う場所な気がする。
「うーん、聖女様についても気になるけど、生産区画についても気になるわね」
『そうでチュか』
以降の階層については基本的には第二層と変わりがないようだ。
しかし、倉庫の範囲が目に見えて減り、居住が広がっているようにも思えるので、やはり下位の者から絞り上げる様な体制になっているのだろうか。
「どうしてか生産区画は縦一列なのよねぇ。まるで生産区画の位置は動かせなかったみたい」
そんな中で生産区画の位置は、まるで一本の柱のように第二層から第五層まで続いている。
この地下で何をどうやって生産しているのかは分からないが、ここに聖浄区画の秘密もあるし、重要な拠点なのは間違いないだろう。
私が踏み込むことによって、聖浄区画に致命的なトラブルを招く可能性も否定できないが……まあ、拙そうだったら、ちゃんと直前に手を引くとしよう。
「さあ行くわよ。ザリチュ」
『分かったでチュ』
と言う訳で私は移動を開始。
倉庫区画を出て、明かりが疎らに灯っている居住区画には目もくれず、生産区画とやらにこっそりと入る。
現時刻はリアル時間17時、ゲーム内時刻は朝の3時か。
聖女様による結界張りまで、後リアル時間で3時間、ゲーム内時間で9時間になる。
「あー……これはヤバいわね」
『カースでチュ……カースでチュよ。これは』
生産区画に入った私が目にしたのは、人の腕が連なって出来た何か……いや、『カース』が、台の上に置かれた、生きた人間を含む様々な物を食らい、それと引き換えとするように缶詰や衣服を置く姿だった。
「これで聖浄だなんて正気ではないわね」
私は姿を隠したまま、生産区画をきちんと見る。
生産区画はどうやら二重の筒が第二層から第五層まで貫いた形になっているらしい。
一番外側は住民が安全だと思っている場所。
一つ内側は住民が中に居る『カース』への捧げものを置くと同時に、『カース』が生成した物体を置く場所で、幾つもの小部屋があるようだ。
そして中心は『カース』の本体、此処からは見えないが、恐らくはイベントで現れた海月が居る場所だ。
『この区画の大気中に呪詛が無いのは、全部アイツが食っているからでチュね』
「ええ。恐らくはそう言う事ね」
私が今居る場所は、働く住民たちの全体の動きが見れる監視台のような場所。
そこから住民を見る限りでは、下位の住民たちは昼夜区別なく命がけの仕事を強いられているように見える。
当然ながら、その顔には苦悶や怨みの表情も見え、この世の全てを呪っているような雰囲気もある。
「この仕組みを作り上げた奴はムカつくけど頭が良いわね」
『チュ?』
海月の『カース』はこの地下空間で生きるのに必要な物を全て作っている。
それこそ、食料、衣服、医薬品などと言うレベルではなく、空気、電気、空間と言うレベルでだ。
もしかしたら、サクリベスにモンスターが入り込まないようになっているのも、あの『カース』の力によるのかもしれない。
「効率的なのよ。私は好まないタイプの効率さだけど」
『たるうぃが真剣な顔をしているでチュねぇ……』
引き換えにこちらが与えているのは、地上で得られる物資、世話をする住民の命、そして聖浄区画の中で発生したあらゆる種類の負の念……呪詛だ。
ああ本当に効率的ではある。
階級社会に付きものな上の者の横暴を下の者が受けて、下の者が発した負の念は『カース』が喰らい、そうして出来上がったものによる利益は上の者だけが受け取る。
すると必然的に下の者が発する邪念はさらに増してと言う、とても綺麗で……腹立たしい負のサイクルだ。
「ええそうですね。とても効率的ではあります。もうじき破綻しますが」
と、ここで監視所に人が入ってくる。
ただし、私の姿を見ても慌てる事は無く、とても落ち着いた雰囲気でだ。
「あら聖女様。えーと」
「私はアムルです。姉……ハルワはまだ寝ています。姉が貴方の姿を見たら、それが私の目越しであっても、大騒ぎしてしまいますから」
「では、ごきげんよう。朝早いけど、お加減は如何かしら。聖女アムル」
「お気遣いありがとうございます。何も問題はありませんよ。落とし児タル」
水色の髪に群青色の目を持ち、優しげだが僅かに影を持った雰囲気の、質素な衣服の少女。
名はアムル。
聖女様の片割れだった。