129:タルウィセーレ-1
「さて、今日のは録画しつつやりましょうか」
『また阿鼻叫喚になるでチュよ……』
「助けに出来る相手に届くなら、それで問題は無いわ」
火曜日のログインである。
今日も昨日に引き続いて、アイテムの整理と作成だ。
『ちなみに昨日の『気絶の邪眼・1』を上げなかった理由はなんでチュ?』
「不意打ちで使うのが有効な呪術だと分かってるから。使い方次第では、相手は倒れてもまだ理解できていないわ」
ちなみに昨日習得した『気絶の邪眼・1』を自分に対して使ってみた感想としては、ダメージは小さすぎて集中しないとそうは認識出来ず、気絶も0.1秒と言う短すぎる時間では知らないと理解しがたい感じだった。
本当に使い方次第では、相手は倒れてもまだ何をされていたのかは分からないだろう。
「録画開始で……えーと、これね。静音琥珀大蜂の毒腺。それに針」
『何を作るでチュ?』
「今日は沈黙の状態異常を与える邪眼を作ろうと思うわ」
さて、そろそろ今日の本題である。
私はセーフティーエリアで静音琥珀大蜂の毒腺、針、適当な器などなど、必要であろうものを準備していく。
「静音琥珀大蜂は蜂特有の羽音をせずに飛ぶ巨大な蜂。その針から放たれる毒には、毒の状態異常だけでなく、沈黙の状態異常も含まれているわ。この内、毒は呪いによる強化は受けているけど基本は生来の物、沈黙の方は呪いを利用した物になる」
『つまりは呪詛生成物って事でチュね』
「そう言う事ね。だから、取り込めば呪術を習得できるように変質させれば、邪眼の習得に使える」
私は毒腺を切り裂くと、中身の液体を器の中に注いでいく。
念のために『鑑定のルーペ』で確認したが、私の毒のおかげで風化することは無いようだ。
で、器の中にはそれだけでなく、噴水で回収してきた毒草、毒キノコ、赤い豆等々、目に付いた物をよく磨り潰していつもの毒液と混ぜ合わせたものを投入する。
「うーん、いつも通りの酷い臭いね」
『もう慣れているでチュね』
「そうね。だいぶ慣れているわ。だから今回の摂取方法は少し変えてみたいと思ってるの」
そうして混ぜ合わせた液体には、液体だけではなく固形物も相当量混ざってる。
なので、垂れ肉華シダの蔓を編んで作った笊で固形物を排除し、液体だけにする。
「ふんふふーん」
『あっ……本気でチュか……本気でチュよね……たるうぃでチュものね……』
で、その液体を毒腺の中に戻し、針と接続。
この状態で呪怨台の方へと持って行く。
「では始めましょう」
毒腺と針が呪怨台の上に乗ると共に、いつも通りに赤と黒と紫の霧に包まれる。
「私は虹色の眼に新たなる邪な光を与える事を求めている」
私は毒腺と針を見失わないように、しっかりと見つめ続ける。
「睨み付けた敵から空気震わす力を奪う事を求めている」
予定通りに沈黙の状態異常を与える邪眼を得るために必要な思いを込めていく。
「助けを求める声も、呪いを紡ぐことも、喜び、怒り、哀しみ、楽しみの声を上げる事も許さぬ力を求めている」
霧が幾何学模様を描き始める。
色も変化して、橙色に近い色になっていく。
「望む力を得るために私は血の中へと直接毒を取り込む。我が身を以って与える静けさを知り、耐え、己が力とする」
私の声以外には微かな音もしない。
そして私は今回の習得の際にどんな状態異常を受けるのかも、それがどんな効果をもたらすのかもある程度予測がついていた。
「どうか私に機会を。覚悟を示し、沈黙の邪眼を手にする機会を。我が身に新たなる光を宿す静けさの呪いを」
だからこそ突き進む。
目の前に広がる未知が、私の予測した通りである事を確かめ、既知とするために。
「さて、出来上がったわね」
霧が吸い込まれてなくなり、注射器のように扱いやすい形で一体化した毒腺と針が現れる。
と言う訳で、早速鑑定。
△△△△△
呪術『沈黙の邪眼・1』の注射器
レベル:10
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:10
変質した毒の液体が内包された使い捨ての注射器。
覚悟が出来たならば体に刺して、血管中に取り込むといい。
静寂に耐え切る事が出来たならば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
▽▽▽▽▽
「うん、問題ないわね」
どうやら無事に出来上がったようだ。
「えー、これは『CNP』と言うゲーム内で、必要だからやっている事です。現実でやったら、ほぼ間違いなく薬物濫用で警察のお世話になる事になります。決して現実ではマネしないでください」
『誰に対する説明でチュか』
「勿論、見ている人へよ。どう考えても、これまでの呪術習得アイテムと違って、絵面が酷いことになるのは確かだもの」
『ああ、撮っていたでチュね。ところでざりちゅの声は入っているでチュか?』
「あっ。あー……うんまあ、見ている人には見えないもう一人が居るって事にしておきましょうか。呪術には関係ないわ」
『こういう部分も阿鼻叫喚の原因なんでチュけどねぇ……』
私は注射器を手に取ると、左腕に先端を押し当てる。
「いざ突貫」
そして針を突き刺し、中身を体内へと注ぎ込んだ。
中身は静脈を進んでいって心臓に到達。
心臓は強い拍動と共に、その働き通りに全身へ血液と共に中身を送り届けた。
「っつ!?」
始まった。
全身が燃え上がるような痛みに襲われ、状態異常が発生する。
だが、私が悲鳴を上げることは叶わない。
「……」
表示された状態異常は三つ。
毒(27)、灼熱(92)、そして沈黙(118)。
毒と灼熱は大したことは無い。
放っておけばそのうち治るし、実質おまけのようなものだ。
問題は沈黙の状態異常。
『話せない。では済んでいないでチュね』
以前、イベントでザリアと戦った時に沈黙の状態異常を受けた事はある。
だが、今回の沈黙の状態異常は、その時の物とはまるで別物だと言っていい。
なにせ声を発せないどころではなく……。
『息が止まっているでチュねぇ』
喉が締め上げられるような感覚と共に、呼吸そのものが出来なくなっていたのだから。
『沈黙の重症化と言う事でチュかね』
ザリチュ正解。
明らかに沈黙の状態異常が重症化して、私は窒息状態に陥っている。
『まあ、頑張るでチュよ』
とは言え、これは事前の予測通りでもある。
だから私は余計な身動きはせず、精神を落ち着かせ、腹を適度に動かす事で窒息感を紛らわせ、静かに時が流れるを待つ。
少しずつ、少しずつ状態異常の数字が減っていくと共に、HPも減っていく。
毒だけでなく沈黙による窒息の効果もあるので、その減りは早い。
だがこの分ならばだ。
「ーーー! ……!!」
間に合った。
沈黙のスタック値が99に下がったタイミングで、呼吸が再開した。
そして私は直ぐに回復の水を飲み干し、減ったHPを回復した。
『間に合ったようでチュね』
「……」
さて、沈黙の仕様だが……どうやら10秒につき1ずつスタック値が減っていくようだ。
通常では声を発する事が出来なくなるだけだが、重症化ラインを超えると、窒息症状を引き起こす。
うーん、事前に相手の体へ毒を染み渡らせた上で窒息死させれば、質の面で色々と良い物が得られるかもしれない。
『あ、碌でもない事を考えているでチュね。そういう顔をしているでチュ』
「……」
喋れない分だけ色々と考える事が出来る。
ただ、今回撮影した動画は、この待ち時間については放送事故のようなものになるかもしれない。
とりあえず、カットを検討してもいいだろう。
≪呪術『沈黙の邪眼・1』を習得しました≫
「あ、喋れるようになったわね。とりあえず無事に習得できたので、撮影終了とさせていただきます、と。はい、詠唱キー『沈黙の邪眼・1』セット。動作キーセット。では、鑑定」
沈黙が治ると同時に習得成功の通知が流れた。
と言う訳で鑑定である。
△△△△△
『蛮勇の呪い人』・タル レベル12
HP:1,110/1,110
満腹度:90/100
干渉力:111
異形度:19
不老不死、虫の翅×6、増えた目×11、空中浮遊
称号:『呪限無の落とし子』、『生食初心者』、『ゲテモノ食い・1』、『毒を食らわば皿まで・2』、『鉄の胃袋・2』、『呪物初生産』、『毒使い』、『灼熱使い』、『呪いが足りない』、『暴飲暴食・2』、『呪術初習得』、『かくれんぼ・1』、『ダンジョンの支配者』、『意志ある道具』、『称号を持つ道具』、『蛮勇の呪い人』、『1stナイトメアメダル-3位』、『七つの大呪を知る者』、『呪限無を垣間見た者』
呪術・邪眼術:
『毒の邪眼・1』、『灼熱の邪眼・1』、『気絶の邪眼・1』、『沈黙の邪眼・1』
所持アイテム:
毒鼠のフレイル、呪詛纏いの包帯服、『鼠の奇帽』ザリチュ、緑透輝石の足環、赤魔宝石の腕輪、真鍮の輪×2、鑑定のルーペ、毒噛みネズミのトゥースナイフ、毒噛みネズミの毛皮袋、ポーションケトルetc.
所有ダンジョン
『ダマーヴァンド』:呪詛管理ツール設置
▽▽▽▽▽
△△△△△
『沈黙の邪眼・1』
レベル:10
干渉力:100
CT:10s-5s
トリガー:[詠唱キー][動作キー]
効果:対象周囲の呪詛濃度×1+1の沈黙を与える
貴方の目から放たれる呪いは、敵がどれほど堅い守りに身を包んでいても関係ない。
全ての守りは破れずとも、相手の守りの内に直接静寂を生じさせるのだから。
注意:使用する度に自身周囲の呪詛濃度×1のダメージを受ける(MAX10ダメージ)。
▽▽▽▽▽
「あら優秀」
『ほぼ『毒の邪眼・1』と変わらない性能でチュね』
最初から『毒の邪眼・1』と変わらない性能になるとは……混ぜ物が良かったのか、摂取方法が良かったのか、いずれにせよこれはいい呪術を習得できた。
「じゃ、ちょっと編集して……投稿」
『はい、爆弾が投下されましたでチュ』
「この程度で爆死するようなら、分を弁えて見合った呪術を使うべきだと私は思うわ」
『まあ、それは確かでチュね』
そして掲示板への投稿を終わらせ、私はログアウトした。