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『Curse Nightmare Party』-邪眼妖精が征くVRMMO  作者: 栗木下
3章:『サクリベス』

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122:ハニーアンバー-9

本日一話目です

「さて……」

 現在の私と巨大な蜂の間にある距離は推定で100メートルほど。

 私の目に呪詛の霧がはっきり見えているのに、蜂の姿も見える事からして、蜂の纏っている呪詛濃度は20でいいだろう。

 で、蜂そのもののサイズは……琥珀の湖の水面より上の部分だけでも10メートル以上。

 三本の右腕で湖から固体化した琥珀を掴んでは口に運んで噛み砕き、三本の左腕で湖から液体化した琥珀をすくっては口に運んで飲み干している。

 四枚の翅は絶え間なく動き、複眼は何処を見ているのかよく分からない。

 そして、こちら側から見えない背中からは、時折琥珀大蜂と思しき虫が飛び立っては何処かへと消えている。

 あの蜂が『蜂蜜滴る琥珀の森』の主である事に間違いはないが、もしかしたら女王蜂であると同時に巣そのものなのかもしれない。


「湖の上に出れば、相手はこちらを認識するのかしらね?」

『いいや、そんな事をしなくても、羽虫の一匹ぐらいは見えているとも』

『チュア!?』

「っつ? 今の甲高い羽音のようなものは……」

 私の呟きに応えるように、聞き覚えのない女性の声が私の耳に届く。

 どうやらあの蜂はこちらの事をとっくに認識していたらしい。

 相変わらず琥珀を貪りながらだが、湖岸へとゆっくりと近づいてくる。


『来客があったと思えば、まさか落とし児とはな。帰り道でも探しに来たか?』

「いいえ、そちらに興味は無いわ」

 どうやらあの蜂は背中の翅を震わせることによって、声のような物を発しているらしい。

 とは言え、ストラスさんが甲高い羽音としか認識できていない事からして、声として認識するには相応の異形度が必要なようだ。


『珍しいな。落とし児であっても、こちらでは生きづらいだろうに』

『ううっ、デカくて濃いでチュ……』

 蜂が湖岸から5メートルくらいの場所にまでやってくる。

 この位置なら、蜂の脚とは思えない程に太く、人のように明確な指を持っている六本の腕は、私たちの事を薙ぎ払う事も掴むことも出来るだろう。

 だが、敵意は感じない。

 どうやら、戦わずに済むようだ。


『では何故此処に?』

「単純に色々と見て回っていたら、迷い込んだ。と言うところね」

『なるほどな。己が宿す呪いを強くするための修行の旅か』

「そうとも言うわね」

 それはそれとして水面下に見えている蜂の胴体だが……想像以上に長く、異形だ。

 長さは推測で40メートル以上あり、ブドウの房のように蜂の腹部が針付きで連なっている。

 そして琥珀の湖と言う大量の液体……もしかしたら、その気になれば、この蜂は第三階層の全てを琥珀の湖の大波で覆い尽くすような事も可能なのだろうか。

 うん、まるで勝ち目が見えない。

 戦えはしても、勝てる未来は現状では見えない。


『そう言う事ならば、好きに見て回れ。コレクションを幾つも持ち帰ったり、この琥珀の湖に踏み込むならば敵として対処するが、そうでなければどうでもよい。欲に駆られてコレクションになってくれれば喜ばしいことだがな』

「感謝するわ」

『森の浅層との境界に巣を築いていた愚かな娘を仕留めた事への報酬のようなものだ。あの地が巣を築くのに良いのは分かるが、おかげで新しいコレクションが手に入らなくなっていたからな。もう暫く倒されなければ出向いていたが、それは腹が空く。腹が空くのは良くない事だ』

「そう。まあ、空腹は確かによくない事ね」

 コレクションと言うのは、此処に来る道中に見た生物入りの琥珀の事だろう。

 まあ、他人の趣味にどうこう言う気はない。

 私の未知を求める気持ちだって似たような物なのだから。


『ああそう言えば、まだ名乗っていなかったな。『蜂蜜滴る琥珀の森』の主、『琥珀化の蜂蜜呪』ム■ネウ■■ムだ』

「む……」

 名前の一部が聞き取れなかった。

 何かノイズと言うか、甲高い羽音になってしまった。

 そして、私の不満げな表情を見てか、蜂が笑ったように見えた。


『ははは、そうか。聞き取れないか。ならば羽虫の名前は聞かずにおこう。名前すら聞き取れぬものは敵ですらない。せめて名前を聞けるようになってから来い』

「……。まあ、そうでしょうね」

 悔しいが、蜂の言う通りだろう。

 相手の名前が分からなくても戦えるだろうが、きっと戦えるだけだ。

 倒す事はきっと叶わない。


「さて、そろそろお暇させてもらいましょうかね。貴方は琥珀を食べる事に忙しそうだし」

『そうだな。帰るなら好きにするといい』

 今ここでやるべき事は終わった。

 そう判断した私は湖岸から離れようとする。

 蜂もそれを止めなかった。


『ああいや、少し待て』

「む……」

 だが、いざ去ろうとした時になって待てと言ってきた。

 それどころか、私と会話しつつも止める事が無かった六本の腕の内、左腕の一本の動きを止めて、こちらに向かって伸ばす。

 その先は……人のような掌を向けつつ、ストラスさんの眼前に来ていた。


『羽虫以下の力しか持たず。この地の霧を見通すことも出来ない。なのに欲に負けることなく、この湖にまで貴様は辿り着いた。褒めて遣わす』

「わ、私……?」

「いったい何をする気……」

『止めない方がいいでチュよ。勝てないでチュ』

 どうやらストラスさんは、この琥珀の湖に辿り着くことで、何かのフラグを立ててしまったらしい。


「タル様……私は……」

「私からは何も言えないわ」

『ああそうだ。羽虫は黙っていろ。羽虫には向けていない』

 蜂の手の上に琥珀の球体が生じている。

 そして、ストラスさんと蜂は視線を交わす。


「分かりました。受け入れましょう。検証班として、此処は退けませんので」

『良い度胸だ。では授けよう』

 ストラスさんが受諾の言葉を発すると同時に、蜂の掌に生じていた琥珀の球体がはじけ飛び、琥珀色の風になってストラスさんにまとわりつく。


「っつ!?」

「ストラスさん」

「だい……じょうぶ……です」

 ストラスさんがよろめき、倒れかけるが、ギリギリで持ちこたえる。

 状態異常は表示されていないし、HPが削れている様子も見えない。

 だが、何かはあったのだろう。

 顔色はあまり良くない。


『では、さらばだ。再び相まみえる時が来ることを待っている。その時が来れば、コレクションがきっと増えるだろうからな』

 そして蜂は琥珀の湖の中へと去っていった。


「帰りましょうか。何を得たにしても、まずは安全圏への退避が優先よ」

「そうですね。そうしましょうか……」

『助かったでチュ。無事に話が済んで良かったでチュ……』

 私とストラスさんも第二階層まで戻り、そこでログアウトした。

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― 新着の感想 ―
言葉は分かるけど話は通じない系かあ
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