12:ハングリーカース
「再ログインっと。ふふん、明日と明後日は土日で休み。ログイン制限がかからない限りは遊び続けるわよ」
今日のログイン時間の残りはゲーム内時間で12時間ほど、リアル時間にして4時間ほど。
うん、まだまだ十分遊ぶ時間は残ってる。
なお、セーフティーエリアに放置しておいた毒噛みネズミの骨の余りはそのまま残っていた。
放置による自然消滅は考えなくてもよさそうだ。
「鉄筋付きコンクリ塊は……持って行かなくていいか」
私は与える毒の効果量が大きい方の毒噛みネズミのトゥースナイフを手に持ち、毒噛みネズミの毛皮袋を腰に提げると、重い金属製の扉を3分ほどかけて開けてセーフティーエリアの外に出る。
「さて……」
セーフティーエリアの外に出た私の前に広がるのは三本の通路。
正面は瓦礫で埋まっているので通れない。
左は先程まで探索していたオフィスで、机の陰に見える何かが動く様子からして、毒噛みネズミがリポップしているようだ。
右は途中で通路が崩れているが、その先には左と同じようなオフィスが見えている。
「右を一度確認しておいてもいいかしらね」
左のオフィスから右のオフィスに繋がるような通路は確認済み。
左右のオフィスの間に細かい部屋が幾つもあるのも分かっている。
それならば、まずは広い場所からと言う事で、虫の翅を生かして崩れた通路を超えて右のオフィスに移動してみてもいいかもしれない。
それと、崩れた通路の下がどうなっているかの確認をしてみてもいいだろう。
なので私は右手の通路へ向かって移動を始める。
「ん? 坂道?」
崩れた通路の端に来た私が見たのは、下の階から瓦礫が積み上がって、まるで坂道のようになっている状態だった。
また、壁の一部も崩れていて、そこから私が今居るビルの外が見えている。
「荒野のビル街、と言うところかしら」
崩れた壁から見えるのは、複数のコンクリート製のビルと焦げ茶色を主体とした大地。
ただ、大半のビルは例の風化を促進する呪いによって崩れ落ちたし、残ったビルも呪いの影響は受けているのだろう。
不自然な空き地が生じている場所もあれば、崩れかけているビルも多い。
また、地下道か何かがあったのか、陥没を起こしている荒地部分もある。
実に滅びかけの世界に相応しい光景と言えるだろう。
「んー……結構、霧の濃淡があるわね」
それと、目を凝らして窓の外をよく見てみると、赤と黒と紫が入り混じった霧が濃いエリアと薄いエリアがあるのが見えた。
どこも視界を遮られるような濃さではないが、差があるのは確かだった。
「一回、下の階を見てみるのもいいかしら」
私は瓦礫の坂道を改めて見る。
下の階までの高さはおおよそ2メートルと少し。
ビルの下の大地までは……たぶん50メートルくらいはある、おおよそだが20階ぐらいに私は居ると言う事だろうか。
仮に何かしらの要因でもってビルの外に落ちても、残り2階ぐらいから全力で羽ばたけば、落下死は免れる事が出来るだろう。
「……」
坂道を飛び越えてオフィスに入っても、たぶん居るのは毒噛みネズミ。
うん、拾えるものは色々とあるかもしれないが、横と下なら下の方が未知は多そうだ。
「じゃ、行ってみましょうか」
私は一足飛びに坂道の下へと移動。
大きく跳んだが、虫の翅を巧みに使って安定した着地をする。
「さて、こっちは……ん?」
着地した私は13の目を使って瞬時に状況を確認。
敵影と即座に危険に繋がるような物体が無い事を確かめた。
「何この感じは……」
そう、危険はないはずだ。
なのに私は全身の毛が逆立つような危険あるいは居心地の悪さを感じていた。
「んぐ!?」
そして、その感覚は正しかった。
私の喉が詰まったように感じた。
呼吸をしているのに呼吸が出来ていない。
どれほど深く息を吸っても、身体に取り込むべきものが取り込めていない。
表示された状態異常は……呪詛濃度不足(4)。
「呪詛……濃度……不足?」
HPバーが目に見える速さで減っていく。
このまま行けば30秒と保たない。
恐らくは1秒ごとに最大HPの4%を削っていっている。
「『ネズミの塔』……無理……」
既に重症化した毒など比べ物にならない程の目眩と不快感、脱力感を覚えている。
この状態では瓦礫の坂道を登るどころか、一歩分動く事も不可能であり、『ネズミの塔』へ生きて戻るのは不可能である。
つまり死に戻りする事は確定した。
「鑑定!」
ならば、死ぬまでに少しでも情報を得るのが正解。
私は震える手で『鑑定のルーペ』を使用し、目の前の空間を鑑定する。
△△△△△
S1 荒れ果てたビル街
かつての文明の隆盛具合を窺わせる無数の摩天楼。
しかし、今となってはひたすらに呪いを集めて増幅する忌々しいオベリスクでしかない。
呪詛濃度:5
▽▽▽▽▽
≪S1 荒れ果てたビル街を認識しました≫
「呪詛濃度……5……」
鑑定結果を認識したところで私のHPバーは尽きて、死に戻りした。
≪称号『呪いが足りない』を獲得しました≫
「で、色々と分かり易くなったわね」
で、リスポーンした姿勢……つまりは大の字で宙に浮いたまま、私は得た情報を整理する。
なお、新たに得た称号はこんな感じである。
△△△△△
『呪いが足りない』
効果:呪詛濃度の低さを感じ取り易くなる(並)
条件:呪詛濃度不足によって死亡する
この世界は私が生きるには呪いが薄すぎる……。
▽▽▽▽▽
まあ、悪くはないが、放置で。
「まず、呪詛濃度不足は致命的な状態異常。たぶんだけど、放置25秒で死ぬ」
呪詛濃度不足は、括弧内の数字と同じ最大HP%分だけ、1秒ごとにダメージを受ける。
その上、マトモに身動きできないようなレベルの眩暈、不快感、脱力感、窒息感を生じる。
よって、大量の回復アイテムでごり押しなんて真似すら許されないわけだ。
「発生原因は字面通り呪詛濃度が足りないから。括弧内に4と表示されていたし、最低限から4足りないと見るべきでしょうね」
思い出すのは私の称号『呪限無の落とし子』。
アレは初期異形度16以上で獲得だった。
もしも、この初期異形度16と言うのが、ダンジョンの外で生きられない異形度であるとするならば……エリアの呪詛濃度が自身の異形度より11以上低いと、呪詛濃度不足が発生するのかもしれない。
そして私の異形度は19、『ネズミの塔』の呪詛濃度は10なので差が9で済むが、外の呪詛濃度は5で差が14となって……見事に引っかかる。
括弧内の数字も4で釣り合うし、うん、そんなに間違っていないだろう。
「対抗策は……私の異形度を下げるのは無しとして、私の周囲の呪詛濃度だけでいいから高める方法を見つけるのが早いかしらね」
私は今のアバターが気に入っているので、作り直しはなし。
ならば取るべき手段は決まっている。
そう言う能力を持ったアイテムを作ればいい。
「よし、当面は『ネズミの塔』の探索。そして、ダンジョンの外に出ても生きられるようになる事を目標にしましょうか」
私は自分の状態を確かめると、セーフティーエリアを後にした。
03/08誤字訂正




