116:ハニーアンバー-3
本日一話目です
「さて、此処からだな」
敵を処理しながら森の中を進む事おおよそ2時間と少し。
蜂蜜の小川を抜け、邪魔な木を何本かなぎ倒し、アイテムを回収しながら進む私たちの視界に、まるで柱のようにそびえる二つの大岩が入ってくる。
「ふうん、此処が境界と言う事かしら」
「ああそうだ。此処までなら、俺とカーキファングの二人でも余裕だった」
「おおっ、この岩、隙間から蜂蜜が流れ出しているのです!」
私たちはマントデアですら隠れられる大岩の陰に隠れるように集まると、この先についての話をする。
あ、蜂蜜に夢中な熊ですについては放置で。
此処までの道中で分かったが、熊ですの中身は幼い感じがあるし、作戦会議の類は好きではないようだから、蜂蜜を黙って堪能してくれていた方が色々と都合が良い。
「改めて説明しておこう」
それよりも問題はこの先だ。
マントデアによればだ。
・この二つの大岩までが『蜂蜜滴る琥珀の森』の第一階層で、この先からが第二階層に該当
・第一階層は直径数キロメートルの円と思しきシンプルな形だったが、第二階層はアリの巣のように通れる場所が張り巡らされていて、通れない場所に入るとこの大岩の辺りにまで戻される
・通れる場所と通れない場所の見極めは、地面の蜂蜜の流れを見れば分かるようになっている。
・第二階層には狙撃手が居て、そいつが通れない場所を飛び越える形で遠距離攻撃を仕掛けてくる。
「とまあ、こんな感じだな。実質的な迷路マップと迷路無視の狙撃手が組み合わさっては、俺とカーキファングじゃどうしようもなかった」
かなり厄介な事になっているようだ。
なお、この二つの大岩の間以外からは第一階層から第二階層には移動できず、他の場所から第一階層の外に出ようとすると、第一階層の別の場所……入り口近くに飛ばされるようになっているそうだ。
「それは攻撃に耐え切れなかったと言う事ですか?」
「それもあるが……狙撃手の攻撃の内容が問題でな。狙撃手への対処なしに迷路を抜けるのは俺は不可能だと判断した」
「ちなみに隠密は不可能だぞ。どうやっているのかは分からないが、マントデアと言う大きな目標なしで、俺単体で突破を試みても、こちらの位置を正確に掴んで撃たれたからな」
「なるほどね……」
隠密は不可能。
ダンジョン内に犬型のモンスターが居ないからバレた可能性も高いが、カーキファングのような明らかに人間ではないものにも攻撃を仕掛けてくるあたり、条件を満たせば無差別と考えた方が適切か。
「じゃ、それじゃあなんで狙撃手への対処が必要なのか、一度実物を見せるか。タル。アンタは……」
「折角だからマントデアの頭の陰にでも隠れさせて。出来るだけ正確に狙撃地点を見ておきたいから」
「分かった」
私は地面から跳び上がると、マントデアの後頭部に張り付く。
そして、私が張り付いたことを確認すると、まずはマントデアと私だけで大岩の向こう側に移動。
カーキファングとストラスさんが岩の陰から私たちを見守る。
「さて……」
「……」
『緊張するでチュねぇ』
大岩から移動する事5メートルほど。
周囲には蜂蜜が滴っている木々があり、マントデアの頭の高さはちょうど木々の梢と同じくらいか、少し低いぐらいの所にある。
今居る場所から左右どちらかに20メートルほど移動すると、移動できない場所なのか、地面に細い溝が掘られていて、そこを蜂蜜が流れているようだった。
マントデアは……狙撃による即死を防ぐためか、三本の腕の内、二本の腕を顔の前へ盾のように持ってきて、一本を心臓と肝臓の両方を守れるように配置、背中の電撃触手も電光を発しながら勢いよくうねっている。
「行く……」
そしてマントデアが前方に向かって駆け出そうとした時だった。
遠方……300メートル近く離れた場所にある大きな岩が木々の上まで出てきている場所から何かの球体が真っ直ぐ飛んでくる。
「ぬおっ!?」
「つうっ!?」
『チュアアァッ!?』
それ……蜂蜜の塊はマントデアに直撃、爆発。
衝撃によってマントデアが大きくよろめき、私は吹き飛ばされ、周囲に甘い臭いが立ち込める。
「退け! マントデア!」
「言われなくても!」
直後、マントデアは私を素早く拾い上げつつ、カーキファングたちが居る場所まで退く。
同時に、僅かだが毒の状態異常エフェクトが見える場所から放たれた第二射が、先程までマントデアが居た場所に直撃。
爆発によって木々をなぎ倒し、大量の蜂蜜をぶちまけ、進める場所の境界を示す溝と同じくらいの幅の溝を何本も作り出す。
「なるほど。これは狙撃手をどうにかしないと無理ね」
「だろう?」
第一階層に戻った事で、それ以上の追撃はなかった。
が、私は直ぐに周囲の森からモンスターが多数近寄ってきている事に気付く。
どうやら、先程の蜂蜜の砲撃にはモンスターを招き寄せる効果もあるらしい。
「砲撃そのものも痛ければ、その後も殺意に溢れたもの。難易度高すぎませんか?」
「恐らくだが、用のない奴は第二階層に近づくなと言う事なんだろうな。俺はそう判断してる」
「経験値が美味しいクマー!」
「んなこと言っていられるのはレベル10くらいまでだと思うぞ。こいつらレベル低いし」
「『毒の邪眼・1』! まあ、そうでしょうね」
「「「ーーーーーーー!?」」」
まあ、モンスターについてはこのメンバーで苦戦するとかないので、美味しく頂いてお終いだが。
「終わったわね。マントデア、ダメージの方は?」
「心配ないぞ。見た目通りの硬さとHPだからな。減ったのは精々30程度だ。状態異常もなし。ま、急所に直撃さえしなければ、問題はない」
蜂蜜の砲撃に寄せられたモンスターとの戦闘終了後。
とりあえずマントデアの状態を確認したが、私が爆発の余波だけで100前後喰らっているのに対して、マントデアは微々たるダメージしか受けなかったようだ。
基本の防御力の差を感じずにはいられない。
「それにしても厄介ですね。威力もあれば、連射スピードも速い。爆発によるノックバックもあり。撃った後にはモンスターが寄ってくるし、地面に残された蜂蜜と迷路後半の複雑化を合わせて考えると道が分からなくなる効果もありそうです。タル様とマントデアさんには関係ありませんが、視界制限まで考えると、本当にどうしようもないですね」
ストラスさんの検証班らしい言葉に私たちは揃って頷く。
これに加えて、何かしらの方法でこっちの位置を正確に把握して、普通程度の隠密は無効化しているのだから、厄介極まりない。
「だから対処方法の一つとして遠距離攻撃持ちが欲しかったんだ。すまないがタル。アンタが頼みだ」
「分かってるわ。相手の位置は把握したし、たぶん何とかできると思うわ。盾役が居れば」
「そこは任せておけ」
だがまあ、緑透輝石の足環の効果による毒カウンターは入ったのだ。
ならば、倒せる可能性は見ていいはずである。
「じゃあ、行きましょうか」
「背後は頼むぞ。カーキファング、ストラス、熊です」
「任せろ」
「ご安心を」
「熊ですは強い熊なので、安心するといいのです」
私は再び跳び上がると、マントデアの頭の横にまで移動。
そしてマントデアは大岩の向こう側に足を踏み入れた。