114:ハニーアンバー-1
本日一話目です
「ログインっと」
『ゲーム内時間で予定時刻15分前でチュ』
「ちょうどいいくらいね」
日曜日、リアル時間は朝の8時。
私はマントデアたちと決めた時刻にログインすると、必要な物が揃っている事を確かめてから、セーフティーエリアの外に出る。
「うーん……」
セーフティーエリアの外に出てまず感じたのは、嗅いでいるだけで胸やけを起こしそうなほどに濃厚で香り高い蜂蜜の匂い。
見えたのは葉の代わりに蜂蜜を垂れる無数の木々と、大量の蜂蜜が集まる事によって出来た川、蜂蜜によって琥珀色に染め上げられた草花の生える大地。
空には無数の月と星々が並んで、綺麗に輝いている。
「昨日ぶりだけど、圧巻の光景ね」
『でチュねぇ』
此処は『蜂蜜滴る琥珀の森』。
マントデアとカーキファングが私に攻略の手伝いを求めたダンジョンである。
「さて、マントデアやストラスさんは……」
セーフティーエリアの入り口である結界扉は大きな岩に付けられている。
なお、サイズ的にマントデアさんはどう足掻いても出入りなど出来そうにないのだが、ゲーム特有のご都合主義とでも言えばいいのか、あるいはそう言う特殊な呪いなのか、問題なくセーフティーエリアの中に入る事が出来るようになっている。
『まだ居ないようでチュね』
「まあ、全員時間にはきっちりしていそうなタイプだし、ゲーム内で後数分も待てば全員揃うでしょ」
私が今居るのは『蜂蜜滴る琥珀の森』の入り口で、周囲を木々と茨の壁によって囲われた広場のようになっている場所だ。
此処から右に進んで、入口となっている二本の木の間を通り抜けると外に出られる。
左に進めば、今日一日かけて探索する予定であるダンジョン内部だ。
「ああ、熊ですは幸せなのです。いっそのこと、此処に永住したいのです……」
「短時間だけどステータスアップの蜂蜜かぁ……上手く持ち帰って飴にでもできれば、有用なアイテムになるかも」
「蜜の加工か。考えてもいいかもな」
「ザリチュ。私時間は間違えていないわよね」
『間違えていないでチュよ』
で、まだ誰も居ないと思っていたのだが、どうやら結界扉の前からでは角度の都合で見えなかっただけで、広場の中央に移動すると広場から出てすぐのところで何かしている熊です、ストラスさん、カーキファングの姿が見えた。
どうやら熊ですは蜂蜜を貪っていて、ストラスさんは蜂蜜の回収、カーキファングは周囲の警戒を担っているようだ。
「三人とも早いのね」
「あ、タル様。その……ゲーム内時間で五分ほど早く来てしまったので、つい」
「甘い。甘いものがこんなに。ああ、幸せぇ……」
「俺はついさっきだな。ちなみに熊ですはゲーム内で30分ほど早く来ていたそうだ」
「で、俺が最後と言う事か。ま、時間ピッタリだし問題はないよな」
「勿論、問題なしだとも」
私が三人に近づいて話しかけるタイミングで、私の背後にマントデアが現れる。
どうやらちょうどログインしたようだ。
うん、これで五人揃ったか。
「じゃ、一度広場に戻って、改めてミーティングと言うか確認でいいか?」
「はい」
「分かったわ」
「あー、蜂蜜が遠のいていくのです……」
「戦闘以外の時に背中の口と舌で食べていればいいだろう。熊なら俺と同じで四足歩行なんだ」
と言う訳でまずはミーティングと言うか確認である。
私は『鑑定のルーペ』を使って、目の前の空気を鑑定する。
△△△△△
『蜂蜜滴る琥珀の森』
呪いによって琥珀色の蜜があらゆる場所から湧き出るようになった森。
濃厚な甘い香りは幸せをもたらす一方で、死を招く呪いの香りでもある。
呪詛濃度:10
▽▽▽▽▽
「今回の目的はダンジョンの攻略。より正確に言えば、ボスから入手できるとされている、『黄金の蜜珠』と呼ばれるアイテムの回収だ。これがカーキファングの依頼対象となる」
「アイテムの回収、と言う事は、場合によっては戦闘以外の方法を考えても良いと言う事でしょうか?」
「言われてみれば、理屈の上ではそうなるな。頭の片隅に留めておこう」
「熊です。分かっていると思うけど……」
「熊ですは賢い熊なので、そこは分別を付けるから安心するのです」
昨日の内に確認しておいたダンジョンの鑑定結果に変化はなし、と。
とりあえず蜂蜜は熊ですが積極的に食べてくれるので、蜂蜜に何かしらの罠が仕掛けられているなら、真っ先に熊ですに影響が出る事だろう。
「道中には色んなモンスターが出る。大抵のはとっとと倒しちまうが、毛皮を持っている獣系だったら、タル、アンタにお願いしたい」
「分かっているわ。ただ、時間はかかるから、必要ならマントデアが拘束をして」
「おう、それぐらいはさせてもらう」
「後、死体丸ごとを持ち歩くのは不便だから、HPが尽き次第、その場で解体をする予定だけどいいわよね」
私の言葉に全員が頷く。
まあ、死体丸ごとを持ち歩くのは、気分以前に物理的に邪魔なので、当然だろう。
「各自体調、装備、リアル、問題はないな」
マントデアの最後の確認に全員で揃って頷く。
「さて、それじゃあタル。早速やるか」
「そうね。早速やりましょうか」
では探索開始である。
と言う事で、まずはマントデアの降ろした手の上に私が乗る。
で……
「ふんぬっ!」
「ふうううぅぅぅっ!」
『チュウウウウゥゥゥ!!』
まるで砲丸投げのようなフォームでもって、上空に向かって全力投擲をしてもらう。
そして、投げられた先で全力で羽ばたくことによって、僅かにではあるが高度を増す。
「さて……」
そうして私が辿り着いた先は上空30メートル近い高さの場所。
視界に広がるのは一面の星空と、何処までも続く琥珀の森と蜂蜜の大河であり、ダンジョンの外から周囲一帯を見た時に見えた緑色の木々など一切見当たらなかった。
「分かってはいたけれど、このダンジョン、かなり手ごわそうね。空間が大きく変質して、広さも高さも桁違いになってる」
つまり、この高さに到達しても、まだ『蜂蜜滴る琥珀の森』の中。
いや、完全に別の位相に飛んでいて、正規の入り口以外に出入りが出来ない、広大な異世界になっていると表現した方が正しいかもしれない。
こんなダンジョンを視界制限を食らっている低異形度のプレイヤーがマトモに攻略しようとしたら、いったい何十日かかる事やら、と言う感じである。
「呪詛が濃いのは……アッチね」
だが、私、マントデア、カーキファング、それに熊ですも高異形度組。
特に私とマントデアに至っては視界制限を食らわないレベルだ。
「どうだった?」
「カーキファングが探った通りの方角がやっぱり呪詛濃度が高くなっているわ」
「よし、なら予定通りに向かおう」
ならば、それを生かした攻略でサクサク進めてしまうとしよう。
地上に戻った私は見たものを伝えて、移動を始めた。
01/07誤字訂正
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