100:グリムスジュゲム
「ログインっと」
『たるうぃ、よく来たでチュ』
木曜日のログインである。
時刻は昨日スクナと出会った時間より少しだけ早い。
「じゃあまずはビル街のセーフティエリアに移動してっと」
理由は単純で、昨日の転移の際に感じた違和感を調べるためだ。
勿論、何かしらのトラブルが起きてもいいように、『ダマーヴァンド』のセーフティーエリアは利用せず、別の場所にある二つのセーフティーエリア間の転移で調べる。
なお、『ダマーヴァンド』からビル街のセーフティーエリアに移動する時も、やはり違和感のようなものはあった。
やはり何かあるらしい。
「さて、気合いを入れていきましょうか」
『そもそもやらない方がいいと思うんでチュけどねぇ』
「それはあり得ないって言っているでしょう。ザリチュ」
『まあ、たるうぃの好きなようにすればいいでチュよ』
セーフティーエリア間の転移による移動は結界扉の前で行うが、扉が完全にしまっていないと行えない。
移動にかかる時間は体感で5秒もなく、違和感を感じる時間はさらに短い。
で、私は空中浮遊の呪いによって、結界扉を開けるのに多少時間がかかる。
とは言えだ。
「すぅ……はぁ……」
一瞬。
そう、一瞬、扉の外を見るだけならば、私の体でもなんとかなるはずだ。
だから私は手を扉にかけた上で、転移の操作を行う。
そして、転移に伴う違和感を感じた瞬間。
「ふんっ!」
私は結界扉を少しだけ開いて、開いたその先の空間を見た。
「あ……」
そこに広がっていたのは極彩色の地面に、イベントで見た『カース』と称された海月たちのような姿の生物たちが徘徊する姿。
そして、赤と黒と紫の濃い霧によって、ある程度以上遠くにあるものが一切見えなくなった光景だった。
≪称号『呪限無を垣間見た者』を獲得しました≫
「……」
結界扉が閉じられる。
転移は無事に完了し、私の体は『藁と豆が燻ぶる穴』のセーフティーエリアに移動した。
「今のが……」
同時に理解させられた。
あそこが呪限無。
呪い限り無き場所、この世を満たす呪いたちの本体が存在する場所。
私が今居る領域とは異なる位相に存在している、尋常ならざる知ってはならぬ領域であり、今の私の生まれ故郷と言うべき場所だった。
「ふふっ、ふふふふふ、あははははっ!」
私の口から漏れ出たのは笑みだった。
何故かって?
そんなの決まっている。
あそこには未知が、それも桁違いの量の未知が眠っているからだ!
私の異形度でも見通せない世界が広がり、カースと呼ばれる存在たちが闊歩し、現世には存在しない……否、存在してはいけない物が星の数ほどに存在している領域!
あんなものを見せられて、興奮しない人間が居るだろうか、いや、居ない! 居るはずが無い!!
今の私では足を踏み入れる事すら叶わないのは明らかであるが、それでも存在している以上は行く方法が存在していると言う事。
ああ、あそこには一体何が待っているのだろうか、敵? 味方? 新素材? イベント? 何でもいい! とにかく何かが待っている事だけは間違いない!!
安易に踏み入れれば、現世にも相応の危険を及ぼし、取り返しのつかない事態を招きかねないだろうから、次に足を踏み入れる時は相応の準備を整えてからになってしまうだろうが、興奮が隠し切れない! 滾りが抑えきれない!!
ああ素晴らしきかな! C N P!
仮に現世の全てが探り終えても、まだまだ潜るべき場所はあり続けるのだ!!
『チュアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!』
「!?」
『はぁはぁ、落ち着くでチュよ。たるうぃ』
「え、うん? あれ?」
『落ち着くでチュよ。たるうぃ』
「あ、ああ。なるほど。興奮しすぎて警告が……助かったわ。ザリチュ」
どうやら呪限無を垣間見る事が出来てしまったために、興奮しすぎてしまい、危うくゲームから弾かれるところだったようだ。
ああうん、もう少し抑えないと。
でないと、ちゃんと呪限無に行けるようになった時に、探索できなくなってしまう。
「あ、称号を見ておかないと」
『そーでチュねー』
私は『鑑定のルーペ』を使用して、自分のステータスと称号を見る。
△△△△△
『蛮勇の呪い人』・タル レベル11
HP:342/1,100
満腹度:27/100
干渉力:110
異形度:19
不老不死、虫の翅×6、増えた目×11、空中浮遊
称号:『呪限無の落とし子』、『生食初心者』、『ゲテモノ食い・1』、『毒を食らわば皿まで・2』、『鉄の胃袋・2』、『呪物初生産』、『毒使い』、『呪いが足りない』、『暴飲暴食・2』、『呪術初習得』、『かくれんぼ・1』、『ダンジョンの支配者』、『意志ある道具』、『称号を持つ道具』、『蛮勇の呪い人』、『1stナイトメアメダル-3位』、『七つの大呪を知る者』、『呪限無を垣間見た者』
呪術・邪眼術:
『毒の邪眼・1』、『灼熱の邪眼・1』
所持アイテム:
毒鼠のフレイル、呪詛纏いの包帯服、『鼠の奇帽』ザリチュ、緑透輝石の足環、真鍮の輪×3、鑑定のルーペ、毒噛みネズミのトゥースナイフ、毒噛みネズミの毛皮袋、ポーションケトルetc.
所有ダンジョン
『ダマーヴァンド』:呪詛管理ツール設置
▽▽▽▽▽
△△△△△
『呪限無を垣間見た者』
効果:転移機能の制限を部分解除
条件:呪限無を認識したが、足を踏み入れる事が出来なかった
貴方は世界の裏側の一つ、呪いが蠢く領域、人の負の念の集合体である場所を見た。
彼の地は人の生きれる世界ではない。
それでもなお行くのであれば……覚悟を決めて行くといい。
▽▽▽▽▽
「転移機能の制限を部分解除?」
私は称号の効果に記された言葉に頭を捻りつつも、結界扉に手をかざす。
『CNP』の称号効果は、称号が力を持つのではなく、力を持ったことを忘れないようにするために称号が付けられると言った方が正しい物なので、私は転移に関わる何かが出来るようになったと言う事だろう。
「んー?」
で、転移機能の新たに解放された機能を見て、私は更に首を捻る事になった。
なにせ、新たに解放された機能と言うのは……
「座標にしては項目数がちょっと多すぎないかしら?」
9桁の入力欄が6項目もあって、その全てを埋める必要があると言うものだったからである。
「『ダマーヴァンド』、ビル街のセーフティーエリア、『藁と豆が燻ぶる穴』の座標はあるけど……」
なお、『CNP』には正確な地図と言うものは存在しない。
あるのはサクリベスからの大まかな方角と距離を示した物が精々である。
これは呪詛の霧によって、遠くを見渡す事が出来ず、モンスターも居るため、これ以上の地図が作れないからである。
「うーん、ちょっと、情報が足りないわねぇ……せめて、もう2……いえ、可能なら5か所は欲しいわね……」
うん、流石に情報不足だ。
これが私の思う通りの物だったら、かなり面白い事が出来るのだが、その面白いことをするためにはあらゆる方面の準備が足りない。
「とりあえず今日は『藁と豆が燻ぶる穴』の攻略をしてしまいましょうか」
私は思考を切り上げると、セーフティーエリアの外に出た。
そこには丁度来たらしいスクナの姿もあった。
05/11誤字訂正