失意の夢
「すみません、この梨、ひとついくらでしょうか。」
話かけるのは白髪の端正な顔つきの、甲冑を身に包む男性
「あら、こんなお店に騎士様がいらっしゃるなんて珍しいですね。お代はいいですよ。私達を守っていらっしゃるのですしね?」
返答するのはたくましい腕をもつ見た目に反して、存外きれいな言葉を話す女性
「おばちゃん、なんかそのコトバ、へん!」「へんだ!」「へん」「うるさいねぇ、あんたたちは少しでもこの騎士様を見習いうんだね!」「やべぇ、オーガになった」「はやくいこうよ」「おう」 「待ちな!」
近所の子供達が力いっぱい石畳の上り坂を駆けていく。
「……全く、……騎士様すみませんね。悪がきどもが失礼して」
「いえいえ、子供はあれくらいがちょうどいいですよ。お代は置いておきますね」
顔を緩め、見回りを継続する。後ろにから感謝の声が聞こえる。私は笑顔でいっぱいのこの街が大好きだ。護りたい。心から思える。
口に含んだ、みずみずしい果汁がのどを潤す。鋭いという意味をもつ梨のように、この剣に懸けて、護りたい。
その時、耳が破れてしまいそうなほどの、生命ナラザル者達があげるようなかなきり声が、響く。
皆、その声の主を確かめるように、恐る恐る顔を向ける。
向けた先からは、人の悲鳴が、助けを求める声が、家族の名の叫びが。走る。一人でも多くの民を助けるために、自分の護るという誓いに嫌悪感を抱きながら、その発生原へと向かう。
その爪は、そびえ妨げるものを裂く。その尾は、近づく者を払う。その翼は、何人も縛り付けることはできない。
彼の者はヒトならざる者、しかし、知恵を持ち、時にヒトを助け、畏れられ、物語となり、語り綴られる存在である。
ー龍ー
白銀の鎧で体を固め、視認できる魔素を纏う。しかしてその瞳には狂喜が宿る。纏う魔素が荒れ狂う。
ソレは塊となり、暴力の塊となり、目の前で、小さな命が、刈り取られる。駆けつけ、炭化した、その体を抱きしめ、叫びがでる。
その叫びに反応したのか、喰らうようにそのアギトを広げる。
そっと自分の後ろへ体を下ろし、振り向きながら体を低くし、上へと殴りつける。その拳は巨人の如く、その頭部を浮かせる。
剣が陽光を反射し、彼の鱗を貫き、白黒の炎を揚げる。
「王国所属炎騎士筆頭ビルネが誇りに懸けて、お前を討つ。」
龍は咆哮する。
その眼は溶岩のように、眼だけではない。頭から尾まで、鉄に火を内に籠めるようにように、朱く、朱く染め上がる。
息を吸い込み、炎を吹く。纏う魔素を渦巻き状にし、炎の道標を造る。瞬間、直線上に爆発する。破壊が起こる。煙が視界を遮る。
煙が空気に、線をなぞるように、流れる。白銀が剥がれる。纏う魔素が乱れる。龍は怖れる。ナゼ。龍は恐れる。ナニに。
言葉が紡がれ、風に乗り、消える。
「Eclipse」
炎は魔を燃やす。白の炎は穢れた魂を浄化し、黒の炎は罪深き魂を喰らう。蝕み、呑み込み、白骨が残る。
騎士は祈る。
小さな命に。
その場を離れた。
街の復興が進む。良いことだ。それなのに街での居心地が悪い。私の見る目が、恐れる目、怒りを押し付ける目、のようなよくないものが多くなってきた。
馬車が止まる。国王直属の印のついた旗がついている。使者が降りてくる。
「ビルネ様ですね。国王様がお呼びです。ご同行願います。」
周りの住民が見ている。自分の勘が行ってはいけないと言うが、素直に従うしかない。なぜか拘束具に繋がれ、連れていかれる。
「其方の国家転覆計画はこれまでである。其方がこれまで我が国のために貢献してきた功績に免じ、国外追放とする。異論は認めん。」
「国王の判断により、国外追放となります」
「明日の日が昇るときまでに国に残っている場合国賊とみなします。」
突然のことに思考が追い付かない。強制的に連行されながらも、国王を見る。家臣を見る。その目には、あの龍と同じ狂いが見え隠れし、口元をにぃっと歪めたのを最後に、国から離れた森に転がされた。
龍の後ろ巨大なナニカに気付く。街を護らねば。そう思うが手には武器がない。だが進まねば、とも思う。馬車が去った道を見据える。
胸から剣先が飛び出る。
剣は魔力でつくられ、傷口を広げる。
どうにか後ろを振り返ると、形容し難い白骨の頭から、
窪んだ眼孔から、
喜悦が浮かぶ紅の目が此方を覗いていた。
「イヒッ、オ ツ カ レ サ マ デ シ タ」
白黒の炎をぶつけようとするが届かない。
自分の罪の意識のせいなのか、体が炎に焼かれる。
遠くに上がる黒煙が、ぼやけた視界にうつる。
……護れなかった。