水面に移る罪悪感
四肢の状態確認、動く。
体の細かな動作、確認。
身体の感覚及び痛覚、良好。
だが以前よりはっきりとしている。というのは、自分の記憶が前世のモノだと知覚したときから起こっている。いや、気のせいだろう。
まず、外に出る。
目の前には、紫色の水面が広がり、上空の葉から滴り落ちる雫が水面を揺らす。その奥では、水面から突き出る大きな黒い幹が遥か頭上遠くにそびえる。
前に連れられたときには、あまりよく見ていなかったのか、前とは見える景色が異なる。異なる場所だから、ではなく前と装いが異なる。
上空に茂る葉から、紫色の霧が立ち込め、大木の途中から霧散している。大木のてっぺんはどうなっているかわからないほど濃く、どろどろに絵の具を溶かした水のように先が見えない。
黒い幹、と見えていた凹凸は近くで見ることでよりくっきりと黒いケーブルで繋ぎ合わされた鈍色の金属ネジが顕著に見える。
幻想的に写っていた景色は近代的で、少し寂寥感が募る。機械の大木を調べようと思い、仕方なく水面に足をつける。
浅い。
足首にもつかないぐらいで足が強い反発を受ける。この紫色の液体の浮力は強い。慣れるには時間がかかりそうだ。
ふと、上からの水滴が体に当たる。雫が砕け、霧となり、0と1でコードされた文字群がかすかに表れ消える。
雫の当たった服は、覚えのある色が見え隠れする。よく見れば液体に浸かる部分も似たように変わっている。
視界の端に太いコード群が表れる。顔を上げ、コードを掻き分けると、少し液体が流入し、暗闇が底に繋がる。
後先を考えず飛び降りる。
パチャリとはじける音が足裏から伝わる。
廻る、廻る、光
宙をなぞる、幾何学模様
黒いレンガのタイルの上を、微弱に反射する、水が流れる
どこまで流れているのか、先は薄暗い靄に包まれている
靄は密度を上げ、文字の象る。
─アナタハ ドウイウモノカ─
「俺は答えを探し求める者」
流れていた水が止まる
レンガ自体が水に浮き上がるような感触
微かに風が吹き始める
鼻につく、潮の香りがする
─アナタハ ナニヲ モトメル─
「この歪に連なる鎖の記憶の本元を」
タイルが深い藍色に色づき始める
灯火を呑み込む宇宙の藍
靄はより濃くなり
鼻腔を湿った空気が通る
─ナニヲモモッテ 断チ向カウ─
「自分の信じるこの心の叫びをもって」
静かな空間にシトシトと降りだす
周りは次第に豪快に
視界と音が遮られ、体に冷たさが通る
─その手に握るちっぽけな一本でできるの?─
「この一本で誰かを笑顔にできると」
音は続けど体にかかる水滴が消える
乾いた暖かい風が体を包む
その熱の差で辺りに白い空気が充満し始める
煙の奥から人影が見える
─腕輪は……なんでもない─
体温が通り過ぎ、腕にある腕輪の装飾された石が、異なる色をみせる
─行って あなたの探すモノはこの先よ─
道を示すように視界が安定する先が見える
先には、下に続く暗闇があり、
また、鼓膜を揺らす声に従い飛び降りる。
─ごめんなさい、でも
「貴女を彼に会わせることはできないの、彼女の目覚めために」
彼の飛び降りる姿を見送る後、
私は槍を取り出し、水を纏わせる。
槍先を相対する者にむける。
大気に満ちる水分をかき混ぜる。
「だから彼の夢を壊さないで、4番生まれのEmma」
両手が合わされ、その後ろから光の柱が出ては消えるを繰り返す。その祈りの構えは、教会の信仰深さを伝えるというより、日頃の感謝を伝えるかの雰囲気。
「……言っておくけど、私はEmmaじゃなくてエマ、私と瓜二つの顔は吹き飛ばしたけど、そうじゃなくて、彼を私たちの世界から拐ったんだ。覚悟してよね、『臨戦光衣』」




