糸繰りの夢
・記録映像-始発-
カタカタと機織りのように歯車が回る。
異なる回転であるが正確に噛み合う金属は、一種の芸術性のように引き込まれる。
その集合体の外で、白衣に身を包む科学者らしい人物が複数人、忙しなく動き、話し合っている。
「……ていると思われ、現在この歯車β-D3-大輪κ-k8における精査を……なるほど、この天体を一つのエネルギーをつくる歯車に……どこからエネルギーを還元……」
難解な言葉の類い、ちびっ子の考える空想の産物がまるで事実のように使用される。
「……moira機構、運命の糸までも編めるようになったのだな。試験運転を……だが適正な試験者で……どうすると……私が行こ……いや待て私はムキム……」
実験は、今まで人類の生存に貢献し、どんな文化にも好意を持ち適応でき、多種多様な人種の文化から善良と思われる高齢者が割り出された。
……結果は芳しくない。だが、あれから6年後、旧ユーラシア大陸においてある一人の天才が現れた。それは、我々が望む記憶保持者だ。
次に行うことは、機構の精度の向上。そして、記憶の読み取りである。
記憶が持ち越せるということがわかったということは、前世の記憶とも言うべき旧記憶を保持する器官があり、旧記憶を再現することが可能である。
だが、ここで、前世の記憶の解放は、まだ見ぬ人類の脅威を出してしまう最先端技術が再現される可能性がある。前世の記憶の固定が必要だ。
・記録映像-乗継-
……我々は多大な時間と、同じ秒の数の命と資源の犠牲の上、同じ世界で魂の輪廻を行うことに成功した。やはり、Dr.ストップの助言は正しく起こるべくして起こったのだと痛感する。
幸か不幸か、進んだ最先端技術に、めざましい発展が行われ、このmoira機構はほぼ計画の完成形。
だがここまで研究を進めて、私たちは来世に何を願おうか。我々の魂はこの世界に固定され、救済されないと言うのに。
それでも計画を進めるのは、なにもないということへの恐れだろうか。
moira機構よ。私たちの子供よ。その魂をどこに運ぶと言うんだ。その魂は何を願って行ったんだ。私のこの骨ばった両手をやさしく包んでくれるのか。
……私も被験者に選ばれた。願うことなら、昔の夏に取りに行った実在不明のカブトムシ、また皆で半信半疑で取りに行きたい。
これがやり直しの場なのだろうか。
ん、君は、誰だ……涙が……
・記録映像-乗換-
カブトムシ。それが私の産声だ。
産まれ、自分の体が変わった。だが、生まれ変わったとは思えない。前世と同じく見慣れた研究所の玄関口に入る。
このように動けるのは、前世の記憶の読み取りが上手く動いているのだろうな。
転生記録、という生まれ変わる瞬間の感想を綴ったデータベースを開く。私も書いたがやはり、いくつかに誰かがいたという記録が残っている。
当初の計画にはないバグ、これはmoira機構に発生した虫だろうか。食べているのは前世の記憶の一部、とかなら新生物の発見と新生物の創造とかで一躍話題になるだろう。
しかしというか、体験した者たちは、被験者を安心させるパッチのようなモノだと思われていたそうだ。
関係者用の魂の認証審査によるパスワードで、計画の深層部分から調べていくうちに、その人物は計画外の存在ということが判明。
それと、前世の記憶保持者による侵略活動において、moira機構の強制プログラムの変更が自律的に発動されていたことも判明した。
我々の強硬策が上手くいったのはこの時期と合致する。我々も運命の糸にのせられていたと言うことか。
だがそれがわかったからといってどうなるだろうか。記憶を保持した世界の輪廻は、人の新しい感動を奪った。永久に眠ることを選択し始める人々も出てきた。
moira機構の停止させる運動も始まった。皆、疲れてしまったんだ。自分勝手なのだろう。ブーメランか。
……輪廻システムの停止が決まった。moira機構に登録された人がいなくなったとき、moira機構もまた眠る。
・記憶映像-終点-
世界は静かに眠り始めた。
人の営みが消えていくにつれ、風は止み、波は起きず、光が消えていく。全部、人がいつからか作ったモノ。過去の思い出の再現。
再現されていないのは、酸素をつくるため植林しまくった森だろう。その森を照らす人工太陽はまだ灯っている。
生体認証システムのカウントが2から1に切り替わる。どうやら最後まで起きていたのは私のようだ。動かない体が、その数字を目に移す。
どうせ最後だ。だれもいないし、はめを外そう。
よれよれに着なれた白衣をそのからだにぶら下げたまま、昼下がりの森に足をゆっくり運ぶ。
道中、想い出の場所で、それぞれの者が笑顔で世界に巣立つ老人たちが目に入る。感情が出ているその眩しい笑顔は、とても久しぶりに見た。
木々の揺れる音しかしない森につく。木々にはハンモックをかけて眠る者、皆でバーベキューをして還る者たち、皆、静かに眠る。
そうそう、この木だ。
この木の種類に確か虫がいた。
その木の根元から足を湿った土の上に伸ばし、眺める。カブトムシの取り方も分からずただ走って探した想い出が蘇る。
そして、空を飛ぶ黒い小さな影を見た気がして、夢中になって追いかけて、ここどこだっけとなって必死に我が家を探したのはいい思い出だ。
最後は、カブトムシをどうしたんだったか。
夕暮れの木漏れ日、空が鮮やかな夕焼けに染まる涼しい中、
黒い影を見た気がした。
何も考えず、駆け出した。
体に木の枝が引っかかってすり傷ができても、坂の道が上に下になっていても走った。
そうして走った先は行き止まりの崖で、
遠くに平行に二本に同じくらい尖った角影が森の中に消えてった。
そうだ。
あれはクワガタだったんだ。
後ろを振り向いて、その夢を見させてくれた人物に向き直る。
……私たちの子供、moira、よく、ここまで頑張ったな。最後はこのまま、抱きしめたままでいいか。それが私の望みなんだ。
世界は夜を迎える。




