9.田中要は遠恋をする事にした。
一話完結 恋する着せ替えスケルトン 短編シリーズ
田中要は恋に落ちた。これを恋と呼ばずに何と呼ぶのだろうか。恋に変わる言葉を見付ける事が出来なかった。
VRMMORPG GGL (ジェネシスガーディアンズライフ)の仮想空間。その世界の河にかかった橋の欄干。豪華な装飾で飾られた手すりの上にその人はいた。否、そのスケルトンはいた。
夜の暗闇の中で、街灯と月明りを受け佇んでいる。
真っ赤なドレス、そして、真っ赤な帽子は繊細で優雅なシルエットを見せている。ツバの広い帽子は顔を隠している。だけれども、ピンと伸びた背筋が、背中の曲線を際立たせ、その人の美を揺るぎ無いものとしていた。
息を呑む美しさに震えた。
田中要は女である。要が操るキャラクター「カナメン」は男のスケルトンであるが、中身の要は女子である。女の自分でも心を持って行かれてしまう光景に、身動きが取れなかった。
神秘的な白い骨。月夜に青白く瞬く輝きは、まるで存在していないのではと思わせるほど透き通っていた。
きっと好奇心であったのだろう。カナメンの服を黒のタキシードとシルクハットに着替えたのは。
「私と踊ってくださいませんか?」
左手を胸に当て、右手を骨乙女へと差し出す。
骨乙女はこちらを見ると、カナメンの手に手を伸ばす。ふわりと飛ぶと、静かでしなやかな動作で手を添えた。
「カナメンと申します」
「骨子と申します。お誘いいただきありがとうございます」
「でも私、実は……踊った事が無いのです」
「ふふっ。大丈夫です! 私に合わせてくださいな」
ぎこちなく踊るタキシードの男スケルトンと優美なドレスの女スケルトン。
「私、明日までしか遊べないんだ」
骨子は言った。
「お仕事があってログインできなくなるの。明日も会ってくれる?」
骨子の言葉にカナメンは即答した。
「もちろん」
「明日の夜、この街で待ってるね」
そう言って、骨子はログアウトして消えていった。
次の日の夜、彼女の姿を探すと広場で人に囲まれていた。柱の影からそっと見つめる。通りかかる人に声をかけられては、楽しそうに談笑している。彼女は街の人々の心を既に掴んでいた。
今日のドレスも良く似合っている。
紫色のふわふわに広がったドレス。頭のヘッドドレスは小ぶりで、同色のリボンと網目で透き通ったチュール生地がふんだんに使われている。
彼女はスケルトンなのに、周りの人が話しかけて来る。
自分と同じで、そして、自分とは違う。
昨日、初めてカナメンの服に悩んだ。田中要の服はいつも迷うが、カナメンの服には迷った事が無いのに。
自分が着たい服なのか、彼女が喜んでくれる服なのか、どっちが良いのか迷ってしまったのだ。
これは成就することの無いスケルトンの恋だ。きっと泡のように消えてしまう恋なのだ。それでも溺れるように手を伸ばしてしまう恋なのだ。
カナメンは急いで紫のタキシードに着替えた。合コンで手に入れた限定セットだ。合コンに行ってひどい目に合ったが、紫色で後ろが長い燕尾服と同色の深さの浅い帽子は、まるでこの日のためにあったんじゃないかと思うほど似合う。
背筋を伸ばし、ゆっくりと紳士然として歩く。
女性のスマートな誘い方なんて知らない。どうされたら嬉しいのかなんて知らない。だけど、貴方を迎えにいきたいんだ。
カナメンの姿を見付けた骨子は、嬉しそうに立ち上がり、カナメンに駆け寄る。目の前まで来ると、膝を少し下げて挨拶をして、くるりと回転した。
身を翻した彼女を追うように、街中に無数の光が灯る。スケルトンフラッシュだ。見た事が無い、赤や青の光たちがキラキラと輝く。街は夜に浮かぶ幻想的な世界へと変わった。
「君も作ろう!」
そう言って骨子はカナメンの指先をなぞった。
カナメンがスキルを唱えると白い玉は、黄青赤と色鮮やかに変化した。
『こんな事が……私にも出来るのか』
真紅を選んだ。初めて会った時の、彼女の色。
言葉を発する。
「シャル・ウィー・ダンス?」
昨日あれから必死でダンスを覚えた。今日は私がエスコートするんだ。
街の広場で踊る。そんな事は、普段なら絶対にやらない事だ。彼女と一緒なら何でも出来そうな気がしたんだ。
嫌なことも、辛いことも、困ったことも、みんな彼女が覆してしまう。
踊る彼女のドレスの裾が咲くように開く。
踊り終わって2人でお辞儀をすると、街中から歓声があがった。
骨子はカナメンの手を取り走り出した。光が尾を引いて彗星になる。
「やったねカナメン」
初めて会った橋まで移動すると、そう言って彼女は抱き付いてきた。そっと手を腰に回して、抱きしめてみる。少し照れくさい。
「また会いたいな」
言葉が自然に出た。
「また会いたいね」
彼女が言ってくれた。だけど、今日でお別れだ。
彼女は一歩下がると、カナメンの左手の甲にキスをした。
「困った時は私を思い出してね」
にっこりと笑うと霧のように夜へと消えて、ログアウトしていった。
骨子さんに会った人は心を奪われ虜にされる。そして、去っていく彼女は、風や彗星みたいな人だ。そういえば、桜子さんもこういう感じの人だったのかな?
「ん?! もしかして……桜子さんだった?」
大好きな服装のカナメンが書けて大満足です! お楽しみいただけましたら幸いです。
恋するスケルトンは1話完結でサクサク読める短編です。お話が思い付きましたら、不定期で追加いたします。感想レビュー評価いただけましたら嬉しいです。いただけた時は急いで次話更新いたします。