77.田中要は死闘をする事にした。
「マリリンさん、行きましょう」
カナメンは英雄マリリンを従えて歩く。
今度は魔王であるエリーと一緒に居ない状態で零土モンスターである赤目を倒さなければならない。1人で赤目に対抗出来る可能性はこれしかない。しかし、召喚獣を操った事は無い。召喚士という職業が遊んでいた表のGGLには無いからだ。
でも私はスケルトンだ。誰よりもスケルトンを知っている。胸を張れ!
森の中。目の前には赤い目をしたモンスターがいた。
「お前もこの世界の奴じゃないだろ? 俺達の世界を作ろうぜ、兄弟」
赤い目のそいつはいやらしい笑みで話しかけてくる。
「嫌だ」
「すっかり手懐けられちまって腑抜けか? お前も俺も元の世界から放り出されたよそ者。異世界から来た者が、この世界のよそ者たちを救う救世主になるんだ。後から来たからって、この世界の奴らに虐げられる必要は無い。俺達は自由。一緒に世界を手に入れようぜ」
赤目のモンスターはカナメンに手を差し伸べた。
「私とお前は違う」
モンスターは笑った。
「お前は世界に拒否されたんだよ。要らないってな。選ばれたんじゃない、捨てられたんだ。この世界はゴミ捨て場なんだよ。俺は馬鹿の世界を壊してやるよ」
カナメンはモンスターの手を振り払う。
「じゃぁ、死ね」
拒否を受け取った赤目がカナメンに斬りかかった瞬間。後方からスケルトンが放たれる。そして、振り下ろされた赤目の手を掴んで抑えると身を捻り横に回転した。次の攻撃に構えた赤目の目の前で、マリリンはカナメンを両手で担ぐと走り出し安全な位置まで距離をとる。
マリリンはカナメンの腰に下げたミラージュコレクトソードを引き抜いた。一本であったミラージュコレクトソードを二つに分け、二刀剣としたマリリンは剣を振るって構えた。二本の刀身が魔法で光る。
真っ黒な剣を構える真っ白なスケルトン。そして、血管を思わせる剣の背に刻まれた赤。その姿は凛として、骨のように綺麗さと恐怖を醸し出す。死が目の前に降臨し導くのだ、暗黒へ。
その者スケルトンバーサーカー。生と死と狂気の戦士。
英雄マリリンの本当の姿は魔法剣士だ。伝説では魔術師と言われているが、魔術の方が異常なまでに得意なだけで剣術も出来る。彼女は前線に出る魔術師。つまり英雄パーティーには後衛が1人だけだったのだ。
美貌と魔術、そして剣術と料理までも上手いという完璧人間であった英雄マリリン。そんな彼女にも弱点がある。
それはメンタルの弱さ。後ろに誰かがいないと強くなれないのだ。魔術師マリリンは仲間思いだからこそ強かった。後ろに守るべき者がいるからこそ戦える。強さと弱さを兼ね備えた人物なのだ。
それ故に、スケルトンとなったマリリンを操る図鑑の魔術師の仕事は決して倒れない事。剣や魔法の飛び火をいくらくらっても立ち続けなければならない。
痛いそぶりを見せると心配して戦闘に集中出来ず、戦う力が弱まるからだ。しかしながら、困った事にマリリンは強いけれども配慮がちょっと足りないのだ。鬼のように弾いた魔法が飛んでくる。
泥水がカナメンの顔面を直撃した。それでも平然とし、微動だにしてはいけない。図鑑の魔術師はそれに耐える精神的な強さが必要だったりする。誰にでもなれるものでは無い。簡単そうに見えるけれど。後方を預かるエリーさんは大変だっただろうな……。
カナメンはそっと顔の泥を拭った。
赤目が暗黒妖精の魔法を使ってくるが、マリリンは同じ暗黒魔法で相殺する。
魔術師マリリンは英雄だ。自分の体にマジック容量とマジック回復の呪文を刻み、多量の魔法を発現させられる。その力は暗黒妖精の出力と同等の力を持つ。
そして、彼女は魔王になったエリザベスを塔から救い出そうとあらゆる禁術に手を出した。それが理由で彼女は死しても安らぎを与えられず生ける屍として永遠の時間を孤独と共にする。彼女が死してモンスターとなった今。魔王の魔力と繋がり、土地から力を受ける。今の彼女は弾数の制限を持たない大砲のようなものだ。
赤目はマリリンの両手首を掴み動きを封じた。
「お前も取り込んでやるよ」
倒せないと察した赤目がマリリンを吸収しようと力を内向きにした瞬間、赤目の腕が真っ黒に染まる。
「何しやがった!」
マリリンは封印魔法を唱えたのだ。この戦いは浄化じゃない。暗黒魔法と暗黒魔法のぶつかり合いにおいて有効なのは侵蝕だ。通常よりも早い速度で封印魔法は形成される。
動きを封じられた赤目にゆっくりとカナメンは近づいた。そして図鑑を振り上げる。
「デスクラッシュ!」
振り下ろした図鑑の角は赤目の頭を打ち付ける。図鑑で殴るデスクラッシュは急所攻撃だ。低確率で相手の命を奪う。
「デススパーク!」
図鑑の表紙で殴った。デススパークは攻撃と防御が一体になった技だ。防御しながら攻撃を跳ね返しそのまま殴る。こちらも低確率で相手の命を奪う技だ。
デスクラッシュもデススパークも即死の確率は著しく低いため、何度も振り下ろさなければならないのが難点の技だ。
図鑑の魔術師の戦闘スタイルは、最初はマリリンだけで戦い戦力を温存。モンスターが反撃出来ないぐらい疲弊した時に即死技を繰り出す。効率的かつ安全な戦闘スタイルである。
「おりゃー!」
図鑑の角が赤目を光に変えた。
「マリリンさん、行こう」
カナメンは休む事無く街に向かって走り出した。
街の近くまで来ると、煙が上がっているのが見えた。街の中は崩れた建物の破片が散乱している。人々は逃げまどい、街は姿を変えていた。
カナメンは足を止めず、武器屋に駆け込む。店の建物は全てのガラスが割れ、壁が壊されている。
「店長! エリーさん!」
店の中に二人の姿は無かった。二階への階段を駆け上がった。
眠ったままのエリーがそこにいた。
「二人とも無事か!」
カナメンの後ろから傷だらけの店長が現れた。
「神殿にモンスターが現れた。今まで見た事が無い奴だった。人の言葉を話すモンスターだ」
目を覚ましたエリーに事情を説明すると、彼女は指を噛み悔しさに堪えるようにして静かに聞いていた。
「リーベルタースの土地との関りが無いからその子は神殿で復活したんだね」
「とにかく全員無事で良かった」
店長は床に座り込んだまま、安堵の息を吐いた。
『すみません……私が倒したせいです』
そう出掛かった言葉をカナメンは飲み込む。
本当は分かっていた。赤目は街で復活する事。物語を知っていたから、分かっていたんだ。それでも選んだ。
モンスターは神殿と街を破壊。暴れるモンスターを街にいた冒険者で倒そうとするが、倒し切れず街の外へと誘導するのが精一杯だったそうだ。
「倒せば大きな被害が出てしまうとなると、手が出せないのか」
しばらく考えていたエリーが声を上げた。
「零土が冒険の理の上にあるのであれば、手が無い訳では無い。魔王と契約を結び、新しい土地との縁をつなげば神殿での復活は防げるはず」
異世界から来たモンスターは土地との関りが0という意味で「零土モンスター」とここで名付けられる事になる。そして以後、魔王と契約を結んだ者はゲームのボスとして活躍する。
赤目と呼ばれる深紅の目をした零土モンスターの行き先は分かっている。復活した赤目が向かった場所はミノタウロスの塔100階。
「よう。兄弟。下僕の姿がさまになってるじゃねーか。ふんぞり返って塔に引きこもっているだけの腰抜けが」
赤目はミノタウロスの目の前にいた。
「新参者は礼儀を知らないようですね」
ミノタウロスは動じた様子もなくそれに答える。
「魔王とかってのに負けて、塔に縛られてる奴が自由な俺に勝てるとでも?」
赤目の言葉にミノタウロスはため息をついた。
「魔王様に負けた訳ではありませんよ。私は自分の意思でここにいるんですから」
その言葉を聞いた赤目は笑い出した。
「単なるバカだったか。だったら、どきな。ここは俺の根城にする」
「掃除するのが大変なんで、あなたの血で汚すの嫌なんですけどねぇ」
ミノタウロスは斧を構える。
「随分な自信じゃねーか。少しは楽しませてくれよ」
赤目も剣を構えた。
ミノタウロスは思っていた。私がこいつを退けなければならないと。
エリー様を呼んでしまっては危険が及ぶかもしれない。ミノタウロスの塔は、塔全体に魔王の力を抑える効果がある。ここでエリー様が戦う事は不利だ。倒される危険がある。
だから私は負ける訳にはいかない。
赤目の剣が空気を刃に変える。
力強くしなやかな動き。それだけでも戦闘慣れしている事がわかる。体の大きさは五分五分。でも自分が不利である事は明白だ。
私の身体は土から出来た紛い物だからだ。偽物が本物に勝てるほど世界は甘くない。私は最初から負けると決まっている存在なのだ。
本物を引き立てる紛い物の努力は意味が無い。それが分かっているのに私は受け入れる事が出来ない馬鹿者だ。
散るために足掻く。その姿は無様としか言いようがないだろう。私の代わりは沢山いて、ここに立つのは誰でも良い。分かり切っている話だ。
ならばと思う。私はここに居続ける。誰でも良いんだろう? ならば私でも構わない筈だ。
ミノタウロスの斧が赤目を襲う。大きな剣は大きな斧を迎え、鈍くその音を鳴らした。
紛い物同士の醜い争いは物語にさえならない。誰にも語られず、誰にも見向きもされない。それなのに諦める事が出来ずにいる。望まれなくても、私が望んでいるから。
悪は望まれない。それは悪を決めているのが他人だからだ。自分に都合が良いモノが正しく、自分に都合の悪いモノが悪だ。等しく分け合う事が出来ない者が悪を作る。自分の都合で。そう、奪われる者が悪を作るんじゃない、奪う者が悪を決めて作るのだ。
だから私は悪で良い。奪う者から悪と名付けられた、奪われる者になり世界を均等に保つ。
この塔は奪うための塔では無く、守るための塔。魔王と呼ばれたアッシュが私のために作った悪者の塔。
激しい攻防は続き、やがて攻撃の威力に耐えられなくなったミノタウロスの体がボロボロと崩れ始めた。土で作った体はその繋がりを失い、腕が千切れ吹き飛ぶ。
「勝負はついた。諦めて支配に下れ」
赤目はミノタウロスの頭を掴み、床に叩きつけ押さえつける。
「部屋をお前に荒らされる訳にはいかないんだよ。絶対に」
ミノタウロスは手を伸ばした。しかし、その手は脆く押し返す赤目の筋肉により形を失う。手は何も掴む事が叶わなかった。両手を失った者には大事な物を包み守る事さえ叶わない。
「炎と共に我はあり」
ミノタウロスは呟いた。
「火の深淵に身を浸し」
呟きは言葉の力を具現化する。失われた手の部分に火が灯る。
「業火と共に燃え続ける」
魔法は無いモノを作り出す言霊だ。全てを手に入れる事、全てを手放さない事は達し難い。得たいのならば命を削れ。得たいのならば代わりのモノを差し出せ。お前の大切なモノを燃やして壊せ。他者のモノではなく、お前のモノだ。失わずに得られるものなど無い。壊して炎の糧とせよ。燃えるものを持たぬのならば、炎は燃え盛ること無し。
「その存在を示せ」
灯は燃えて、失われた手は炎により形作られた。ミノタウロスの両手は炎の手を得てその存在を見せつける。
「我が身は炎」
伸ばした炎の手は赤目の顔を掴んだ。苦渋の声があがる。片目を潰されもがく赤目は塔の壁を壊しその身を投げ出す。そして、水を求めて塔の外へと逃げだした。
ミノタウロスは座り込むと壁に寄りかかる。体のあちらこちらがボロボロと崩れ始めた。
「新しい体に移らねば……」
その時、足の傷が目に入った。
ああ、そうか。アッシュと過ごしたこの体……灰になってしまうのか。
ミノタウロスは悲しそうに天井を眺めた。そして、最初の魔王アッシュとの出会いを思い出していた。
――「僕の友達になってください」
目の前のバカはこう言った。
「私は召喚獣なのですが?」
そう返す私の言葉を気に留める様子もなく話を続ける人間の少年。
「こっちが傀儡1号で、こっちが傀儡2号。どっちが好み?」
そう言った少年の後ろには、2本の角を持った屈強なモンスターの体と、人間の男の体が並んでいた。
「傀儡1号はリーベルタースに伝わる伝説の獣、ミノタウロスを真似て作ったんだよ。かっこいいでしょ!」
「好みってどういう意味だ」
怪しむ私にバカは元気に答えた。
「君の新しい体だよ! これは魔力の高い土で作った傀儡の体。他の子は土地との縁で復活が簡単だけど、君はリーベルタースの土地との縁が無いから、復活の機会が減るように丈夫に作っておいたよ!」
「そういう話では無くてな」
制した私の言葉に、首をひねって悩むバカは、閃いたという顔をして言った。
「女の子の体が良かった?」
私はうなだれた。召喚獣というのは、一時的に魔法で呼び出し戦闘を行った後、帰るのが普通。こいつは本気で友達が欲しくて、召喚魔法を使ったというのか?
部屋を見回すと、大量に積み上げられた本と床一面に散らばった、文字がびっしりと書き込まれた紙。長い時間と努力の末に召喚を成功させた、このバカの本気が垣間見える。
「本気なのは分かったが……友達って何するんだ?」
「女の子だと恋愛になっちゃうからさ……召喚獣に性別は無いと思ったんだけど……ごめんね」
恥ずかしそうに照れた。
「見た目なんぞはどうでもいい。何に必要としているのか言ってみろ」
少年の目は熱を持った。
「僕を助けて欲しい」
その昔、リーベルタースという世界に生まれつき魔力の強い少年がいました。しかし、その時代は魔力を利用する理由が無く、魔法は役立たずとされていた。利用価値の無い能力しか取り柄がなかったため、皆に相手にされず孤独だった少年は、妖精と仲良くなります。魔力により人間では無い者の話が理解できた少年は、彼らが人間と関わりたいと思っている事を知り、人間と人間では無い者達が一緒に遊べる冒険という仕組みを作ることにしました。
冒険とは、人間がモンスターを倒す事で報酬を得て、熟練する事で強くなり、成功と成長を手に入れる夢を見られる仕組みでした。
モンスター達は土地の魔力を利用して、倒されても復活する事が可能だったため、死ぬことが無かったのですが、人々の技が高くなるにつれ、人間が死亡しない程度に手加減して遊ぶことが難しくなりました。そこで、人間も復活出来るように魔法を与えることで、死なずに遊べるように仕組みを変えました。ところが、人間を殺す人間が現れるようになってしまいました。
「人間同士が殺し合いを始めると思わなかったんだ」
少年の目には悲しみがこもっていた。
「僕は人間の友達がいない。冒険者の1人として他の人と一緒にパーティーを組んで遊んでもいた。だけど、それももう出来ない」
少年は腹に刻まれた魔法の刻印を見せた。
「僕の魔力で仕組みを維持しているんだ。襲われた時、死ぬわけにいかず相手を攻撃した。相手は死ぬことは無かったが、高出力魔法により体に痣が残り、僕を魔王だと恐れた。魔王を倒そうとする人間が増えたから、僕はシステムの維持のため、自分を殺した相手が魔力を引き継いて魔王になるようにしたんだ」
少年は膝を抱えて座り込んだ。
「俺に魔王を引き継げと?」
召喚獣は聞いた。それに対して少年は首を振る。
「君の知恵を貸して欲しいんだ。僕には世界を救う方法がわからないから」
――それから数年後。
ミノタウロスは走りながら、魔王と出会った時の事を思い出していた。妖精の聖地に魔王の姿を見つけて足を止める。
「魔王様。まだ成仏してなかったのですか」
ミノタウロスは呆れ顔で目の前の人物に言葉をかけた。
「ミノ君。傀儡2号を使ってくれたんだね」
魔王と呼ばれた人物はにこやかに答える。
「好きで使った訳では……ミノタウロス姿で塔の外を歩けないだけですよ」
心外という風にミノタウロスは言葉を返す。
「君がこの世界に来た時の事を思い出すな。覚えているかい?」
「忘れられますか。召喚獣の私に転移して来いだなんて。おかしいにも、ほどがありますから」
2人は出会った日の事を思い出し笑った。
「言葉も文字も読めるようにしたし、1人部屋も用意したし、不便は無かったはずだぞ。僕が三日三晩考えて作った異世界生活快適プラン!」
「私にとっての得が、友達が1人出来る事なんてので、よく口説けると思いましたよね」
「成功したから間違ってはいなかっただろ?『バカの友達はいりません』って言われたのは悲しかったなぁ」
魔王の言葉に、ミノタウロスは微笑むと、少し悲し気に言葉を発した。
「これからはここに住むつもりですか?」
魔王は首を振った。
「僕は妖精達から多くの力を貸してもらっていたから、ここで復活したみたいだね。でも、妖精の力は土に還ったから、僕ももう少しで消える事になると思う」
「ほんと、しぶといんですから」
そう言うと、少しの沈黙の後、目を合わせずミノタウロスは呟いた。
「呆れましたよ。倒されるだなんて」
「彼らは強かったからね、僕なんかの力よりもずっと。あの連携を見たかい? すごかったよね。流石リーベルタースの勇者ジェネシスガーディアン!」
嬉しそうに笑った。
「あなたがやろうとしていた事が何なのかを知ったら、彼らは協力してくれたはずです」
ミノタウロスが言うと、魔王は目を伏せた。
「僕は……素晴らしいものだろうと思ってしまったんだよ。彼らが作るであろう世界を」
「ほんと、バカですよ魔王様は」
「僕はもう魔王じゃないぞ?」
元魔王は笑った。
「ありがとな。ミノタウロス」
「とっとと成仏してくださいね。アッシュ」
返事を返すことは叶わず、少年の姿は光になって消えていった。
次回「78.田中要は転生をする事にした。」チュートリアル最後のお話になります。
残り2話で6章終了した後は中止していた5章の追加話を書こうと思っています。
~つぶやき~
「日記とかエッセイみたいな文体だよね」友谷に言われて初めて気が付きました。
熊谷はエッセイを読むのが好きで、持っている本の9割がエッセイ本だったりします。読んでいる本の文体に似て来るのですかね? ならば、なりたい文体の物語を沢山見付けたいな!




