8.田中要は落下をする事にした。
一話完結 恋する着せ替えスケルトン 短編シリーズ
田中要は歩く。偽物の上を歩く。
この世界は偽物だ。仮想空間VRMMORPG GGL (ジェネシスガーディアンズライフ)はゲームだ。作られた世界だ。
田中要は歩く。偽物が歩く。
この体は偽物だ。「カナメン」という名前のスケルトンの体は、ゲームの中に作られたキャラクターだ。
田中要は安心する。そして、偽物は安心する。
この偽物の全てが、自分を自分らしく居て良いのだと受け入れてくれるからだ。
本物の肉体は自分の心を偽物にして、本物の心は自分の体を偽物にする。
田中要は歩く。ほんの少し、冒険がしたくなったからだ。知っている世界の、知らない景色が見たくなったからだ。
田中要は穴を見付ける。真っ暗なポリゴンの世界の隙間だ。プログラムの欠落した暗闇だ。そして、その穴に落ちる事にした。
美少女キャラクター「七味」と出会ったのは、穴に七味が嵌って動けなくなっていたからだ。七味こと、皆川七見と出会えたのは、彼が穴に嵌っていたからだ。
だから、この穴に嵌ったら、あの時、彼が見ていた景色が見れるかもしれないと思ったんだ。
『ヒューン』と、スケルトンはポリゴンの穴に落ちてしまいました。
穴に嵌るどころか、そのまま下へ。
落下するスケルトンは、空を飛んで落ちていきます。
ポリゴンの洪水がスケルトンの体を通り抜け、服も帽子も波に融けて骨だけになってしまいました。
全部が偽物です。でも、怖いと感じる心は本物です。スケルトンの見た目が怖いのも本物です。
目を閉じて、再び開いた時、落下していたスケルトンは、暗闇に浮いていた。
手を伸ばすと、目の前の暗闇に指先が触れる。すると、指先から正面にスケルトンが形作られていく。向かい合ったスケルトンは、鏡を見ているかのように同じ動きをした。
「あなたは誰?」 カナメンの声が響く。
『私は田中要』 機械的な女性の声が響く。
「私が田中要」 男性キャラクターである、カナメンの声が響く。
『あなたはカナメン』 女性の声は響いた。
「私はカナメン」 男性の声が響いた。
『私は田中要』 女性の声が響く。
「カナメンは七味が好き」 悪戯心が騒いだ。
『田中要は皆川七見が好き』 女性の声が応える。
「カナメンは赤色53号が好き」 ちょっとした好奇心。
『田中要は橘瑞稀が好き』 女性の声は応える。
「カナメンはヒヨコが好き」 みんなと同じぐらい好きなんだ。
『田中要は小田珠子が好き』 名前がタマコというのは知っていた。だけど……苗字までは知らない……。
「カナメンは夜桜桜子が好き」 会ってみたいと思ったんだ。私の知らない、みんなが焦がれる相手。
『田中要は……ジッジジジジ』 名前の部分が良く聞こえなかった。
「カナメンは」
もう一度言いかけた時、「カナメンさん!」 聞きなれた声が聞こえた。
目の前には七味がいた。そして、穴に嵌ってしまっているカナメンを見下ろしている。暗闇もスケルトンも消え、自分の体はポリゴンの穴に嵌っていた。
「助けてください。何でもします」
初めて会った時に、七味が言った言葉を言ってみた。
「僕と一緒にいてください」
美少女はとびっきりの笑顔で言って、手を差し伸べた。
お待たせいたしました! 次話でタキシードとシルクハットのカナメンが登場いたします! かっこ良く仕上げましたので、是非とも雄姿をお読みいただければ嬉しいです。
次話「第9話 田中要は遠恋をする事にした」お楽しみに!