70.田中要は行列をする事にした。
うっそうと草が茂った森。
「あったよー店長!」
土を掘り返してにんまり笑っているエリー。エリーを殴るモンスター。そのモンスターに後ろから斬りかかるカナメン。かなり強いモンスターにもかかわらず、エリーはバランスを崩すこともなく殴られ続けている。
「どうかな?」
エリーは涼しい顔で見つけたアイテムを店長に差し出した。
「早く倒せよ救世主さん」
アイテムを鑑定しながら、店長が嫌味っぽく呟く。相変わらずの態度の悪さである。冒険のチュートリアルで新規ユーザーが逃げ出しそうなんだけど……本当にこれで良いのだろうか。
エリー達は作ったアイテムを魔力の高い土地に埋めて、特別な効果が付いたアイテムを作っている。時々冒険に出かけて、出来上がったアイテムを回収し、新しい物を埋めて漬け込む。強い魔物がいる地域は効率良くアイテムが呪われたり力を得るらしく、必然的に危険な地域に足を踏み入れることになる。
「この辺で切り上げて、街へ向かうか」
そう言うと店長は周囲を片付け始めた。街に向かって歩き始めようとした時、エリーの様子が変わった。右へ左へふらふらと足取りがおぼつかない。
「店長……ごめん。眠くなっちゃった」
エリーは目をこすったり頬を引っ張りながら、必死に眠気と戦っている。
「大丈夫だ。今場所を探すからもう少し耐えてくれ」
店長は彼女の体を支えながら、少し開けた場所までたとりつくと、今にも意識が落ちてしまいそうなエリーを横に寝かせた。
「ごめんね。もう少し先だと思ってたんだけど……」
そう言うエリーの頭を店長は優しく撫でた。
「おやすみ」
エリーが眠ったのを確認すると、店長の表情が変わる。
「エリーさん眠っちゃいましたね」
カナメンが店長の顔を見ると、そこにはいつもの余裕は無く緊張と焦りが見えた。
「お前。魔獣召喚ってやつ、今やってくれ」
立ち上がった店長はエリーに背を向け急ぎ足で離れる。
「えっ? 今ですか?」
足元の土がボコボコと蠢く。森の中からはモンスターの目が輝くのが見える。
「10分持たせてくれ」
店長はそう言って短剣を構えた。
『クエスト発生:モンスターから逃げよう』
咆哮と共に大量のモンスターが飛び掛かって来た。
「ぎゃあああああ! 炎の獣イフリート来てくれー!! イフリート! イフリート―!!!」
必死に走りながら叫ぶも、炎の獣はやってこない。
「無理! 無理! 助けて―!!!」
走り回るカナメンの後を追いかけてモンスターが列をなす。店長には全く見向きもしない。
「くそっ。刻印のせいか」
店長は俊敏な身のこなしでモンスターの群れをかいくぐり、逃げ回るカナメンを避けながらエリーの元まで走る。そして、横たわり眠っているエリーの体にまたがった。
構えた短剣を迷わず胸元に振り下ろす。
「ガリッ」
鈍い音をさせ短剣に亀裂が入る。裂けた服の間から大きな紫色の宝石が見えた。何度も突き立てられた短剣により、ネックレスとして首から下げられた宝石はエリーの胸の間で粉々に砕けた。
エリーの目が『カッ』と見開く。七色に変わるその瞳は、モンスターの動きを一瞬で止めた。体の自由を奪われたモンスターは次々と光に変わる。
『クエスト達成:封印宝石の欠片を手に入れました』
「悪い。壊しちまった」
店長が安堵の声で言う。
「また作れば大丈夫だよ」
エリーはにっこりと笑い返した。
あんなに大量に居たモンスターは1匹残らず一瞬で消滅し、静かな森が戻ってきた。
エリーが眠るとその土地のモンスターが魔王を守るべく活性化するのだという。街は魔法で保護されているため、モンスターが大量に湧く事は無い。しかし、フィールドで眠りについてしまうとモンスターパレードと呼ばれる状態になる。
エリーが起きるまでの10分を2人で戦う事でやり過ごせるはずだったのだが、今回は例外が起こってしまった。近くに魔王の刻印があったからだ。刻印が入っているカナメンは、魔王と敵対した人間。つまりは分かりやすい形での魔王の敵という事になる。それでモンスター達は店長には見向きもせず、カナメンを優先的に狙ったという訳だ。
「魔獣召喚が出来ない救世主は、ただのお荷物だな」
店長が嫌味を言った。
「炎の力、全く無くなっちゃったみたいですね。成功した時はねー、こんな感じだったよ」
エリーは召喚を成功させた時のポーズを真似て見せた。
「恥ずかしいから止めてー!」
カナメンをからかった拍子にエリーの服の胸元がめくれる。エリーの着ていた服はすっかり裂けてボロボロになってしまっている。
「このままという訳にもいかないな。ここから一番近い鍛冶場に寄るか」
店長の言葉にエリーの目が輝く。
「鍛冶場! やったーっ!!!」
森の奥にある鍛冶場に着くと、エリーは鍛冶作業の準備を始めた。
炉に火が入り、鋼は赤みを帯びる。靴や手袋。そして、体を締め付ける装備を脱いで細い肩紐のワンピース1枚の軽装になったエリーは、炉に手を差し入れた。エリーの指先から滴る融けた鋼が宙を舞い形作る。その周りを魔法が覆い、層を描いて刀身を形作っていく。それは素材と魔法を組み合わせる事で複雑な構造や曲線を可能にしていた。エリーの鍛冶はまるで踊っているかのようだった。リボンのように魔法や鋼が体の周りを舞いながら束ねられていく。
すっかり魅入られ、釘付けになっていたカナメンに店長が話しかけてきた。
「綺麗だろ」
「はい」
2人は炉の明かりに照らされたエリーを静かに見守る。
「集中力がいる作業にもかかわらず、あいつはいつも楽しそうにやってるよ。本来の鍛冶とは全然違うが、魔王の魔法と冒険者の時の経験。今のあいつだからこそ可能な武器が生まれる。思うのは使ってくれる相手の事。どうしたら握りやすいか、どうしたら軽く出来るか。強度を保ちつつ扱いやすい物が作りたいんだと」
静かに語る店長の声は尊敬と親しみを含んでいた。
「エリーさんらしいですね」
「ああ。あいつの作るものは、どれもあいつらしさが出ているよ」
店長の顔が少し緩んだように見えた。
「あの、聞いてもいいでしょうか? エリーさんの手足……」
エリーの手足は禍々しい紋様で埋め尽くされていた。黒く波のように渦巻く紋様。華奢な手足に似合わないそれは、エリーが魔王であるのだという事を思い出させる。
「あれは魔王の力を制御するための刻印。友達が入れてくれたんだとよ。首から下、全身に刻まれている。入れる場所が無くなって、顔にも入れようとしたらしいが……出来ないって泣かれたそうだ」
そう言うと店長は少し目を伏せた。
「あいつはミノタウロスの塔の力で魔力をコントロールしていたんだが、魔法具の発達で塔の外にも出られるようになって、ああやって好きな事もできるようになった。塔から出られるようになるまで1000年かかったが、今が楽しそうなら、それも必要な時間だったんだろうな」
店長は出会いを思い出しているようにエリーを眺めた。
「私に何か役に立てるような事、何かありませんか? 恩ばかりもらって……返せる自信が無いです」
カナメンが言うと店長は悪戯っぽく笑った。
「恩をもらったと思うなら、いつか返せばいい。それは直ぐで無くて良い。救世主のお前にしかできないこと、あるからな」
救世主にしか出来ない事って何だろうか。救世主の仕事は魔王を倒すこと。だけど、違うことであって欲しいな……。
「エリー。首出せ」
鍛冶仕事を終えたエリーに店長が声をかける。エリーが両手で髪の毛を持ち上げると、首の後ろにも紋様が見えた。店長は金具だらけの首輪を取り出し、手慣れた様子でエリーの首に回す。
「少しきついが、我慢しろよ」
エリーはだまってうなずく。首輪の布の内側に、肌に入っているような紋様が描かれているのが見えた。よく見るとエリーが着ていた服の裏側や靴の内側にも紋様が入っている。
首輪をぎゅっとしめると、苦しさにエリーから息がもれた。金具を閉め終えると店長はエリーの頭を優しく撫でる。
「よし、良いぞ」
二人はこうやって工夫してやってきたんだろう。
「明日は街に買物に行こうか」
「新しいお洋服買ってもいい?」
「買っても良いが1着だけだぞ」
「やったー」
エリーが喜びに飛び跳ねた。
【チュートリアルクエスト2終了】
次回「71.田中要は回想をする事にした。」お楽しみに!




