58.田中要は交換をする事にした。
ポイント通帳を手にしたカナメンは意を決して立ち上がった。
向かったのはイベント会場。今日はイベントステージが開催されている。
ステージ上で可憐に司会を務めるのはイベント担当ゲームマスターのプロパイだ。正確にはプロパイが演じる人間のキャラクター。見た目は人間の可愛らしい女子ラブリィだが、中身はプロパイだ。
カナメンはイベントが終了するのを待って、ステージから降りて来たプロパイに声をかけた。
「プロパイさん!」
「今はぁ、ラブリィだぞっ」
右手を横のピースサインにして、ラブリィは舌をペロッと出した。少し面倒くさいキャラ設定だ。
「ラブリィさん。倉庫提案のご褒美として、聞いて頂きたいお願いがあるんです」
カナメンの鬼気迫る様子にラブリィの表情が引き締まる。腕組みをして仁王立ちになるラブリィ。
「あらっ、何か欲しい物でもあるのかしら? でも、タウリンみたいにダンジョンとか無理ですわよ」
すっかりプロパイの口調に戻ってしまっている。本人的にもキャピキャピ設定は無理があるのだろうか。
「高ポイントイベントを開催してくださいませんか?」
そう言ったカナメンの目は真剣そのものだった。
このゲームVRMMORPG GGL (ジェネシスガーディアンズライフ)のイベントはポイント制である。イベントに参加して条件を達成しポイントを得る。そして、ポイントを消費して希望のアイテムを報酬として貰う。
イベント期間だけ交換出来る物もあれば、通年通して交換可能な物もある。カナメンが狙うのは通年交換可能なアイテム。ポイントがどうしても足りない。それ故のお願いだ。
「メンちゃんはどんなイベントがやりたいのかしら?」
変な所で略されると困る。「メン」と「ちゃん」だと男なのか女なのか……よく考えたら両方だから問題は無かった。
「何でも良いです。ポイントは50万ポイント」
ラブリィの目が光った。
「随分と傲慢なポイント数をお望みになるのですね。ご褒美と言われれば、こちらも応じなければならないでしょうけれど、本当に内容は何でもよろしいのね?」
カナメンは頷く。
「分かりましたわ。但し、イベント内容はこちらが選定、高ポイント獲得者は1名だけとさせていただきます。優勝してくださいませね? 2度目はありませんので」
ラブリィは後ろを向いた。
「メンちゃん、後ろのファスナー開けてくださる?」
頭の後ろ、髪の毛の中にファスナーのプルタブが隠れていて、着脱式になっている。カナメンがファスナーを下ろすとプロパイはラブリィの肉を脱ぐ。コルセットにカボチャパンツ姿のスケルトンが中から出て来た。ハンガーに乙女肉を掛ける。こういう仕組みなんだ……。下着姿のスケルトンは身を翻すとドレス姿に変化した。本日のドレスは紫色の色っぽいドレスだ。
プロパイは左手を腰に当て、右手に持った扇子を天に掲げポーズを取る。
「全プレイヤー参加型の対人サバイバルゲームを開催いたしますわ!!!」
そして、高らかに宣言をした。
対人サバイバルゲームとは、プレイヤー同士が倒し合うゲームである。使う武器やフィールドによって、ファンタジー風もあれば宇宙風もある。
今回イベントに選ばれたのはファンタジー世界での銃撃戦。GGLはファンタジーなので基本的に重火器は無い。それ故に銃を撃って遊んでみたいと思っているプレイヤーも多いようで、時折リクエストがあがっていた。他のゲームでは嗜むプレイヤーも多い人気ジャンルだ。
銃撃対人サバイバルゲームのルールを説明しよう。今回はGGLの全土で行われる。いつも遊んでいるフィールドと同じ地形を使うが、イベント用に複製した専用フィールドとなっている。その為、遭遇するのはイベント参加者だけとなる。
銃で撃ち合うゲームであるが、どれだけGGLの地形を把握しているのかも力になるので、普段からどれだけ多くの場所で遊んでいるかが有利不利をもたらす。
銃などの武器はフィールドの各所に落ちている。それを拾って使用して戦うのだ。他者よりも早く武器を手に入れて素早く攻撃を行う必要がある。武器を持っていない状態で襲われたら、どんなに強いプレイヤーでも簡単に負けてしまう。攻めるのか逃げるのか押すのか引くのか、状況を見極める力も勝利を掴む為には必要だ。
装備はイベントが始まる前に身に着けていた物だけが持ち込めるようになっている。魔法や剣などは使えるが、相手の体力を削る事は出来ない。痛みや表面的なダメージは表示されるが、体力が減らないため、どんなに魔法や剣を使っても勝てない。相手を倒したいのであれば銃を拾うしか無いのだ。
フィールド倉庫は使用不可。ただし、体力回復ポーション5個、マジック回復ポーション5個は運営から支給され使用可能である。戦場で拾った分はその範囲には入らず5個を超えて所有できるようになっている。そして、すぐに使用出来るショートカットアイテム枠には1種類好きな物を登録しておく事が可能だ。普段、七味が鎌、カナメンが鞭を入れている場所だ。
「俺達には『ロウ兵』がついているから余裕だろ」
赤色53号がカナメンの隣で言った。
今回カナメンは銃を使ったゲームの経験者である赤色53号とヒヨコに協力を頼んだ。回復役として七味も参加している。
目的は最後の1人にカナメンがなる事。つまり、最後まで生き残るのを目指す。
「ロウ兵」それは、ヒヨコの事だ。キャラクターは狼の獣人女子であり、中身も可愛いらしい女子であるが、中身の中身つまり性格はゴリゴリの傭兵である。赤色とヒヨコが前に遊んでいたゲームで、ヒヨコは「カゲロウ」と呼ばれるゴッツイおっさんキャラを使用していた。その強さは全プレイヤーが恐れるほどで、同じチームで良かったと赤色は何度思った事であろうか。
そのヒヨコが仲間なのだ。このチームが一番の優勝候補である。周囲のプレイヤーはそうとは知らず、高額の報酬に心躍らせている。
優勝ポイント50万これの意味する所は、最強武器、最強防具、最強アクセサリーを選び放題を示す。今後のゲームプレイに多大な影響と恩恵を与えるだけの高額なのだ。
「バトル オブ ライフ開始です!」
OMICRONの掛け声でユーザー達を閉じ込めていた拘束ラインが開放される。この拘束ラインは10ヶ所あり、フィールドのあちらこちらに散らばっている。参加者は何処から始めるか事前に決めて申請をする。
カナメン、七味、赤色53号、ヒヨコの4人は同じ場所を選んだ。友達と同じ場所から開始すれば協力が可能になるので少し有利になる。
ゲームは開始された。4人は武器を探して歩き始める。出来るだけ強い武器が欲しい所だ。武器は倉庫に入れる事は出来ないので、体に括り付けて持つ必要がある。それ故に、大量に保有する事は出来ない。込められる弾の数が少ない短銃よりは、ライフルやマシンガンなど長距離で弾数が多い武器があると好ましい。
「やった! 銃ありましたよ!」
カナメンは木の後ろにあったマシンガンを拾い上げ、ヒヨコに渡した。
「ああ、そう言えば……伏せろ!!!」
赤色がカナメンを庇うように抱き付いた。地面に伏せるように倒れ込む。そして、耳元で囁いた。
「音を出すなよ」
パラパラパラパラッと軽快な銃の乱射音が響いた。そして、七味が膝から崩れ落ちる。腹からは血が無情にも吹き出していた。
咄嗟に声を出そうとしたカナメンの口を赤色は手で塞ぎ、ゆっくりと首を振る。七味の真っ赤な血が広がって地面を濡らした。その目の前に立っていたのは、七味に銃口を向けるヒヨコだった。
銃はもう一度火を噴いた。周囲にいたプレイヤー達を次々と撃っていく。あっという間に屍の山が出来上がった。そして、死亡から5秒ほど経つと、屍達は通常の死亡時のように光になって消えていった。イベント中は復活魔法が使えないため、消滅するのが早く設定されている。
ヒヨコは狼に獣化すると、耳を澄ませて周囲を伺う。何かを見付けたのか颯爽と走り去った。
「いったいどういう事なんですか?」
涙目のカナメン。
「ああなっちまったらヒヨコはダメだ。他のプレイヤーはヒヨコが処理してくれるから、俺達で最後に何とかしてヒヨコを倒すしかない」
赤色は苦笑いをした。
「すっかり忘れていたが、あいつに長銃持たせたらダメなんだった。スイッチが入るっていうか、集中力が上がり過ぎて会話が出来なくなるんだよ」
「そういうのは、早く言って下さいっ!」
「忘れてたんだよ、悪い。久しぶりなもんで……にしても参ったな。あいつ今、獣の聴力と瞬発力があるんだよなぁ」
ヒヨコは狼の獣人である。獣化して獣の姿になっている時は、その動物の特徴を持つ。
「視覚より聴覚が優れているから、音に反応するのが早いんだよ。そこがヒヨコの弱点とも言える。優れているからこそ、視覚をオフにする癖があるんだよ」
赤色は言った。
「音を出さずに動かなければ、見えているのに認識するまで時間がかかる。目の前に強者がいるのに何もするなってのは人間には難しい事なんだよ、意外にな。あいつと出会ったら動くな。運が良ければ見逃す可能性が少しはある」
ほんの少しの可能性ではあるが、無いよりはマシである。
「俺がヒヨコを倒すから大丈夫」
赤色はそう言って笑った。
カゲロウが強かったのは耳の良さからであった。他者は目で判断をするが、ヒヨコは聴力を上手く使っていた。耳に神経を集中させる分、視界が狭くなる。それでもカゲロウは強い。動かなければ相手を倒す事は出来ないからだ。必ず動かなければならない時が来る。それをカゲロウは逃さない。
「お前の腕じゃヒヨコに当てるのは難しい。だから生き延びる事だけを考えろ。誰かを助けようとは思うな。俺も含めてな」
赤色は見つけた短銃をカナメンに渡す。
「迷ったら引き金を引け。これはゲームだ。引いても良い引き金だ。撃つ時はゼロ距離で撃て、それなら当たる可能性がある」
『残り100人になりました。トップランカーの現在地から、5キロメートルの範囲に10分以内に移動してください』
アナウンスが流れた。もちろん、トップランカーはヒヨコである。
「この調子だと範囲縮小は早そうだな」
赤色は配布されている地図を広げた。そこには自動で点が打たれており、丸い枠線で移動出来る範囲と、規制がかかるまでの残り時間が表示されていた。
今回のイベントでは残り人数により、行動範囲の面積が決まるようになっている。その中心点は一番プレイヤーを倒した人物が基準となる。
周囲が急に暗くなった。ゲーム内が夜の表示になったのである。バトルオブライフ中は10分毎に昼と夜に切り替わる仕組みになっている。
「よし、10分経ったな。カナメン、木の陰に隠れて絶対に出てくるなよ」
赤色はそう言うと、見つけた2つ目の短銃を等間隔で3発空に向けて撃った。そして、銃を持った右手を下ろすと、左手を胸に当てるようにしてポーズをとる。
草の陰から現れたのは狼。ヒヨコであった。赤色は左手を胸に当てたまま、素早く指を動かして合図を送っている。
その手信号を受けてヒヨコは獣化を解いた。そして、回復ポーションを床に置く。体力とマジック全てのポーションを残し、ヒヨコは去って行った。
「ヒヨコさん、正気に戻ったんですか?」
「いや、手信号が通じたって事は完全に入っちまってるからダメだな。とりあえず、あと5分はこの周囲は安全だから音をたてても大丈夫だ」
そう言った赤色は何だか嬉しそうだ。
「赤色さん……楽しそうですね」
「俺はカゲロウを尊敬しているからな。今のヒヨコも悪くは無いが、カゲロウは憧れなんだよ。あいつみたいになりたかった。おっさんだと思ってたから、女子だって知った時はビックリしたけどな。だけど、尊敬は消えなかったよ」
懐かしそうに目を伏せた。
「何でゲーム辞めっちゃったんですか?」
「大会で優勝したら女子だと広まっちまってな。それまでみたいに遊べなくなって……それで辞めたんだ」
MMOは大勢の人間と遊ぶゲームである。それ故に他者の態度によってゲーム環境が違ってしまう事がある。強さだけで評価されなくなって、求める遊びが出来なくなったのがヒヨコには辛い事だった。
「だけど、対人ゲームをやっていて良かったって言ってたよ。だからこそ、前線でリーダーを乗せるのを任せてもらえて、守れるのだと。やっぱりカッコイイんだ。カゲロウは」
5分の間に赤色はカナメンに銃の使い方を教える。そして、周辺をくまなく探して体力回復ポーションを集めた。
崖の近くで待っていると、きっちり5分後にヒヨコが現れた。血を浴びた獣は赤黒く、その目は何処までも真っ直ぐだった。味方にすると頼もしいが、敵にするには相手が悪すぎる。そんな場面に赤色は笑みが漏れてしまう。
狼の牙を赤色は避ける。それは、カナメンが骨格から計算して避けるのとは違う意味を持っている。長い間一緒にいるからこその先読みである。相手の癖を読んでいる。相手の性格を読んでいる。信頼の上に成り立つ先読みであった。
獣化と人化を巧みに操りヒヨコは赤色を襲う。赤色は右手に剣、左手には短銃を持ち、動きを読み拘束しようとする。正気に戻せれば大きな味方になる。この一戦が運命を決める。
しかし、トドメを指すのを躊躇う赤色に勝機が訪れる事は無かった。本当はここで倒さねばならなかったのだ。それがかつての味方であっても……。
赤色はヒヨコに抱き付き、一緒に崖下に落下した。赤色が出来る精一杯の攻撃であった。一緒に逝く。
『残り50人になりました。トップランカーの現在地から、2キロメートルの範囲に10分以内に移動してください』
アナウンスが流れた。
守ってくれる人はもう居ない。自らの足で道を決める。もう、あそこしか無い。スケルトンを隠すにはスケルトンの中だ! カナメンはドリームスケルトンランドに逃げ込んだ。しかし、そこに現れたのは……長銃を背負ったヒヨコ。銃声がガラス張りのダンジョンに響いた。赤色はどうなったのであろう。
イベントフィールドにもモンスターが配置されている。但し、普段とは違って1度倒すと復活はしない。次々と撃ち倒されていくスケルトン。スケルトン大虐殺である。虐殺にカナメンが入らない事を祈るしかない。
スケルトンランドのスケルトンに隠れるスケルトンは震える指を噛んだ。音をさせずに奮起するために。
「うあああああ」
廊下を黒い影が走り去った。他のプレイヤーも隠れていたらしい。逃げる相手を追ってヒヨコも走り出す。そして、銃声が響いた。
『残り10人になりました。トップランカーの現在地から、1キロメートルの範囲に10分以内に移動してください』
アナウンスが流れた。
地図を持つ手が震える。
『生き残らなくちゃいけない。本当に? これだけ怖い思いをしたのだから、失敗しても頑張ったと言えるんじゃないのか? 仕方が無いよ相手が強いんだもの』
そんな言葉が頭をよぎる。そして、そんな思いを蹴散らすように苦痛は後ろからやって来た。強く掴まれる首。そこに居たのはヒヨコだった。さっきまで他のプレイヤーを追いかけていたのに。
地面へ倒そうとヒヨコの腕に力が加えられた。カナメンは銃を持とうと腰に手を伸ばす。が、掴んだ瞬間に手を蹴り飛ばされた。カラカラと音を立てて銃は床に落ち、滑って遠ざかる。首を絞める力は緩む様子が無い。
カナメンはヒヨコの顔に手を伸ばした。押し付けた手の平が、ヒヨコの目の前で光って弾けた。ショートカットに入れておいたスケルトンフラッシュだ。激しい光と点滅がヒヨコの視界を潰す。目潰しに怯んだ隙を見てカナメンはドリームスケルトンランドを走り出た。
策など何も無い。襲い掛かる獣を必死に避けるだけだ。無様に地面を転げようとも、それが今の精一杯だ。体力回復ポーションをショートカットに入れ、飲みながら走る。
ヒヨコのポーションは赤色が奪ってくれた。回復ポーションが使える自分の方が体力では有利だ。相手の体力を削り、疲労するのを待つ。狼の骨格は把握している。疲れさせて隙を狙う!
「パシュッ」
ヒヨコの足元の地面が音を立てた。続けて音が鳴り、地面が小さく抉れた。ヒヨコを狙って銃の弾が撃ち込まれている。何処からか狙撃されている。
狼は狙撃手を目指し走り出した。そして、入れ替わるように現れたのはミムロであった。
「師匠!」
「銃の練習しておけば良かった。当たらねえ」
ミムロはベルトに挟んでいた短銃を取り出すと、カナメンに差し出した。
「6発入っている。使え。迷わず撃てよ」
そして、背を向けた。
「来るぞ」
ミムロは走り出すと獣化し、茂みへと飛び込む。短い鳴き声と共に、狼を掴んだグリフォンが現れた。グリフォンとはライオンの足と尾、鷲の爪と羽を持つ獣だ。爪でヒヨコを抱え、空へと舞う。
ヒヨコは獣化を解き、右手に持ったライフルを回転させ銃身を自分の左肩へ沿わすようにして置いた。そして、左手で耳を塞ぎながら位置を固定すると引き金を引いた。銃声が響き、グリフォンの羽が血を滴らせる。連射される銃。そして、とうとう羽を破り落とした。地面に落下するミムロとヒヨコ。
地面に打ち付けられたミムロは獣化が解除されてしまった。しかし、その手を離す事は無かった。
「撃て!!! カナメン!!!」
ヒヨコを羽交い絞めにして抑え込む。
「師匠に当たってしまいます!!!」
「構わない、撃てカナメン」
「出来ないです!!!」
「撃てなきゃマリリンは戻れないぞ!」
カナメンが1位にならなければ、マリリンを取り戻す事は出来ないのだ。勝つのがミムロであってもダメなのだ。カナメンが全ての相手を倒さなければならないんだ。
「がぁっ」
ミムロから悲痛な声が漏れた。ヒヨコの腕がミムロの腹に刺し込まれている。そして、鋭い爪を立てた。
「早くしろ! 消えちまう!!!」
乾いた音が響いた。
「パーン」
カナメンが撃った弾はヒヨコの横を通り過ぎていった。
「もう一発だ!!!」
「パーン」
ミムロの声に呼応するようにして銃声が鳴った。それは、カナメンでは無くヒヨコが撃ったものだった。自分の腹を撃ち貫通させてミムロに弾を撃ち込んでいた。自分の体力がミムロよりも残っている。そして、カナメンを無傷で倒す事が出来ると判断しての行動であった。
ヒヨコの傷口に手を刺し込んで、逃げられないよう体を固定したミムロは、後ろのベルトからナイフを取り出した。そして、最後の力を振り絞って振り下ろす。が、それを身を翻して避けるヒヨコ。バランスを崩してミムロは倒れた。ナイフは手から離れてクルクルと回りながら地面を滑っていく。正に戦い慣れている。その一言に尽きる。経験において余りにも差がありすぎた。
ミムロはヒヨコの足を掴もうと手を伸ばしたが、力を失ってゆっくりと、その手は地面に落ちた。そして、ミムロの体は光になって消えた。
『残り2人になりました。トップランカーの現在地から、500メートルの範囲に10分以内に移動してください』
アナウンスが流れた。
カナメンに向かって歩くヒヨコ。その目は獣そのものであった。少しでも動いたら襲い掛かってくる。そういう目をしていた。
カナメンの銃口はヒヨコに向いている。しかし、獣の迫力に動く事が出来ない。構えた銃を撃つ事も、下す事も全て自分の死の引き金になる。
「ガサッ」
ヒヨコの後ろの茂みが揺れた。茂みから顔を出したのはイージーラビット。イージーラビットとは簡単に倒す事が出来る初期のモンスターである。但し、魔法攻撃でなければ倒す事が出来ない。そして、物理攻撃では増える。
茂みからもう1匹のイージーラビットが顔を出した。耳にはロープが巻き付いて垂れ下がっている。その位置は、ミムロが手放したナイフが滑り込んで行った場所であった。
ヒヨコの意識が一瞬、ほんの一瞬だが横にそれた。
「パーン」
銃声が響いた。膝から崩れ落ちるカナメン。カナメンの発射した2発目の弾は当たる事が叶わなかった。ヒヨコは無傷であった。ヒヨコから反射的に発射された弾はカナメンをしっかりと捉えていたけれど。
「痛い……」
カナメンは地面に顔を擦り付けながら腹の傷口を押さえて痛みに堪えた。その姿に影が落ちる。上げた顔のすぐ近くに銃口があった。
ごめんなさい……私はまた、力が無かった。カナメンは自分の無力を呪った。自分が考える楽しいゲームには、やりたくないレベル上げは含まれていなかった。ゲームは楽しむモノで、努力するモノだと思わなかったんだ。
今すぐ強くなりたいと思っても、なれるモノでは無い。師匠は努力しているのを知っている。だから、いつも最後には師匠は勝つ。隣に居ないと忘れてしまって、才能だと思ってしまう。ダメだな、私は……。
ゲームは想いの強さじゃ勝てない。技術だ。
ヒヨコの体がビクッと反応をした。
「ピピピピピッ」
何処からか音がする。
それは、ヒヨコの腹の中からだった。
「ボンッ」
激しい爆発音と共に、ヒヨコの腹が赤い液体を吐いた。カナメンの上に液体が降り注ぐ。ミムロが残した願いの贈り物であった。命をかけた最後の贈り物。
「パーン」
銃声が鳴った。
前のめりに倒れるヒヨコ。そして、祝福のファンファーレが奏でられた。
『おめでとうございます! 優勝者は……カナメンです!』
こうして、対人サバイバルゲームは幕を閉じた。
倉庫の中でポイント通帳を手にしたカナメンは意を決して立ち上がる。向かったのはイベントポイント交換所。
窓口で声を掛ける。
「ポイントの申請をお願いします」
「何になさいますか?」
受付のNPCはにこやかに尋ねた。
カナメンは緊張の面持ちで息を大きく吸った。ポイント交換は初めてだからだ。今まで使わずにずっと貯めてきた。どうしても欲しいモノが出来た時のためにと貯めてきたんだ。
「ゲームマスターにお願い券をお願いします」
「100万ポイントの消費になりますがよろしいですか?」
カナメンはゆっくりと頷いた。
――扉を開けると、そこは倉庫になっている。大切なアイテムが入っているんだ。沢山の洋服、沢山の素材、そして、豪華な椅子。
「お帰りなさいませ。ご主人様」
メイドのスケルトンは頭を下げた。
「お帰りなさい。マリリン」
カナメンの言葉にマリリンはクルリと回ってみせた。メイド服のスカートがふわりと舞った。
「ただいま。カナメン」
そして、照れたように頬を赤らめた。
ゲームで手に入れたいモノは何ですか? 強い武器? 優れたアイテム? それとも、名誉ですか?
『私は、一緒に楽しめる仲間が欲しいです!』
それは、永遠に心に残る思い出だから。
カナメンはマリリンに抱き付いた。マリリンのカチューシャは嬉しそうに曲がってずれて受け止めたのだった。
このお話で4章は終了となります。最強の敵の予想は当たっていましたでしょうか! お読みいただき、ありがとうございました。5章は10日ほどお休みを頂いた後、開始予定となります。また読みに来て下さると嬉しいです。




