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恋骨!~恋するスケルトン~田中要はVRMMOゲームでスケルトンになって恋をする事にした。  作者: 熊谷わらお
第1章 スケルトンは恋の夢を見るのか? 1話~25話【完結】
5/83

5.田中要は反省をする事にした。

一話完結 恋する着せ替えスケルトン 短編シリーズ

 目の前には目つきの悪い男性。着崩した服装が馴染(なじ)んでいて、態度の悪さも含めて似合っている。

 面倒くさそうな雰囲気は、本当に面倒なのかそれとも照れ隠しなのか、多分前者なのであるが、迷惑をかけているという意識が田中(たなか)(かなめ)にあるので、たとえ前者であっても文句を言える(わけ)がなかった。


 背が高いので目線が自然に見下(みくだ)す形にはなるとはいえ、全ての人間がそのような印象を与えるのでは無いので、単に目の前の人物「赤色(あかいろ)53号」の中の人、「(たちばな)瑞稀(みずき)」が要を見下す気持ちがあるからそのように感じるのだ。いやむしろ、感じさせたくてやっているとしか思えなかった。


 仮想空間で遊べるゲーム、VRMMORPG GGL (ジェネシスガーディアンズライフ)の中では、赤色53号は小さな少年のキャラクターであり、田中要は長身のスケルトンのキャラクターである。なので普段の目線は要の方が上からであり、赤色が下なのだが、現実世界となると逆転する。それが少し面白くも感じるが、多分、赤色の方が今のこの状況を満喫(まんきつ)している。だって時折、顔の筋肉が(ゆる)んでしまっている。

 田中要は今、怒られている。面白がられてもいるのだが、表向き建前としては怒られている。


「コーヒー飲めるか?」

 赤色の言葉に、要は声を発せず頭を縦に動かし(うなず)いた。大人が子供に聞くようなそんな口調であったが、一応大人同士である。赤色が男で、要が女であり、生物学的な性別は違えど、2人の間には対等な大人同士という図式が成り立つ。しかし大人として対等であっても、怒っている側と、怒られている側なので、対等なのだと大きな声では言えない。もっと怒られてしまうから。


 待ち合わせた駅の近くのコーヒーショップに(おもむ)く。綺麗でお洒落な外観と、それを裏切らない更に洗練された内装の空間が2人を迎えてくれた。今はファンタジーフェアをやっているらしい。

「何が良い?」

 そう言って渡されたメニューには呪文が書かれている。

『暗黒の粉砕されし苦渋(くじゅう)が、森の動物たちの意識を(おか)す木の実の芳香(ほうこう)(まと)いて、風の精霊の下に(ひざまず)く、漆黒の泉に舞うダイヤモンドダスト(飲み物です)』


 涙目になりながら要は赤色を見つめた。それに対して、にやつきが止まらない顔のまま赤色は要を見下げている。

「おすすめでお願いします」

 お洒落と呪文に完全に飲み込まれ、スケルトンの心を持っているのに今は小さく震えるしかない女子は、助けを求めて小さな声を発した。

 悪戯(いたずら)をしている最中の顔をした男が、ワザとやっているとは分かっていても、上手く呪文が(とな)えられるほど器用では無い。無理をして悪戯な顔を爆笑に変えてやるのも悪くは無いが、このあからさまな屈辱と服従には出来るだけ(あらが)っておきたかった。しかし――


「な・に・が・い・い?」

 もちろん、そんな事を許す赤色であるはずが無かった。

「これ……」

 要がメニューを(ゆび)さすと、無言でさし返される。そこには

『※オーダー時は、()()()()()()おっしゃってください』と書かれている。

(おご)ってあげるから、注文してみようか」

 こいつ……赤色の顔が悪魔に見えた。


 壮絶(そうぜつ)に噛みながらの必死の呪文詠唱(じゅもんえいしょう)に、赤色は倒れそうなぐらいにのけぞって、手を叩いて大爆笑している。……こいつの望みを今100%叶えてしまっている自分を呪いながら、要は顔を真っ赤にしてうつむくしかなかった。


「おれ、ドリップコーヒー、濃い目、トールサイズで」

『は? 普通のメニューもあったんかぃ!!』


 トールと言えば北欧神話(ほくおうしんわ)の、などという脳内ファンタジーに(おぼ)れそうになりながらもコーヒーが出来上がるのを待つ。顔はかっこいいのに。そんな気持ちが浮かんできたので、(あわ)てて意識を北欧に飛ばした。


 出て来たコーヒーを2人分持ち上げると、赤色は要の前を歩いて、奥の席に誘導した。

「ありがとうございます」

 要は静々(しずしず)と頭を下げた。これは本心であり、呪文を唱えさせられた屈辱よりも(まさ)る、今回の一件全てに対する感謝でもある。

 目の前に置かれている、苦心の末に手に入れた飲み物「ダークモカチップ、ヘーゼルナッツ、クリーム、フラペチーノ」は要の舌を満足させるものであった。

 嬉しそうにしている様子の要を、赤色は見つめている。


「これの何処(どこ)がそんなに良いのだか」

 言葉は罵倒(ばとう)だが目は優しい。これを指しているのが飲み物の事なのか、目の前の女子なのかによって意味合いは違ってくるが、多分後者である。


 何でこんな事になっているのかという説明がようやくここで(おこな)われる訳ではあるが、別に2人は付き合っているのではない。会わなければ赤色のプライドが許せなかっただけなのである。

「お前、要ちゃんと会った事無いだろ」

 ミフネの言葉に大層(たいそう)傷付いた。ミフネというキャラクターは御船(みふね)健吾(けんご)として、現実世界で田中要と会っている。(ゆえ)に仮想世界でしか会った事の無い赤色よりも上なのだ。その理屈が正しいかどうかは関係無く、少しでも負けたと思わせたら成功なのである。そして、ミフネは成功する。


 仮想世界での仲でいうならば、赤色は要のキャラクター「カナメン」というスケルトンとは一番長い仲になる。カナメンが最初に仮想世界で仲良くなった相手が赤色53号であるからだ。その次にカナメンが仲良くなったのは、美少女キャラクター「七味(しちみ)」であり、現実世界では皆川(みながわ)七見(ななみ)として要と会っていた。

 ミフネも七味もカナメンの本体と会っているのに、自分は会った事が無い。それで何か不便がある(わけ)でも無いし、何の得も興味も無かったので、全く会う気持ちなんてこれっぽっちも無かったのだが、格下扱いされるのであれば、やってやろーじゃないかという気持ちにもなった。


 要は特に美人という訳では無い、しいて言うならば普通である。スケルトンが好きな女子が普通かと言われると困ってしまうが、スケルトン好き以外には特徴が無い。胸さえも無いのが寂しい限りである。

 ミフネと七味が取り合うスケルトンの中身なのだから、絶世(ぜっせい)の美女で巨乳なのかもしれないと淡い期待を(いだ)いてしまったことだけは、絶対に(さと)られてはいけないと赤色は思った。まぁ、可愛いと言えば可愛い気がしないでも無いし。


「美味しいですか?」

 ずっと見られている様子に気恥ずかしくなり、要は声を発した。

「普通」

 赤色の発言は要に対しての感想では無く、コーヒーに対してである。()しからず。


 仮想世界では饒舌(じょうぜつ)な2人も、本体同士で顔を合わせるとなると交わす言葉は少なくなる。それでも居心地が悪い訳では無いのは、嫌いでは無い同士であり、気兼(きが)ねなく時間を過ごせる同士であるからだった。見た目は違うが、中身は同じ。


「携帯電話の電源は、まだ切っておきますか?」

 要の言葉に赤色は腕時計で時間を確認した。

「あと30分は切っておけ。七味がうるさいから」

 その言葉の通りに、電源が切られた2人の携帯電話には大量のメールが送られており、電源が入った途端に鳴り響く準備をしていた。

「七味さんは心配性ですからね」

 そう言って要は笑った。


『お前に対してだけだぞ』と、言ってやるだけの優しさを赤色は持ち合わせていない。むしろ、困らせてやりたい気持ちの方が強い。

「フネと七味どっちにするつもりなんだ?」

 答えなど分かっているが()えて聞く。面白いから。

「2人とも良い人ですよね」

 要の返答はどちらも手玉(てだま)に取りますという意味にも取れなくもないが、要がそういう人間では無いのを赤色は良く知っている。


「お前をギルドに誘えれば良かったんだけどな」

 赤色がリーダーを務めている「カラーリングヒストリー」というギルドは、男子限定である。それは赤色自身が決めた事であった。

「男子だけなのは何でなんですか?」

 要は聞いてみた。

「俺が昔、ブロッサムに居たっていうのは言ってたか?」

「いいえ。ブロッサムって、ミフネさんのギルドですよね」

「そう。桜子が居た時は、俺とフネがサブリーダーだったんだよ」


 ギルド「ブロッサム」は、創設時は「夜桜(よざくら)桜子(さくらこ)」がリーダーであり、桜子が引退した現在はミフネがリーダーを務めるギルドである。ゲームで一番有名なギルドであり、有名になった理由が桜子の存在である。

 桜子は女の子の見た目のキャラクターであった。多くの人と交流を持ち、人に好かれ、始まったばかりであったゲームGGLを盛り上げた1人である。ゲームを辞めた今でも、名前が上がるほどの有名人であり、会った事の無いカナメンでも聞いた事がある名前だ。


「ブロッサムの人間は、みんな桜子が好きだったんだよ。人としてってのが大前提(だいぜんてい)ではあるんだが、恋愛感情を持つ者もいた。規模が大きくなるにつれて、揉め事も増えて、桜子は自分らしさを殺して好かれないようにしていった。あいつがゲームを辞めるって言った時、みんなが反対した。1週間に1回で良い、1ヶ月に1回でも良い、キャラだけ置いてくれれば良い。そうやって、桜子の中身がゲームを楽しめなくなっていても関係無くなっていった。俺は桜子がゲームを辞める事に賛成したから、抜け駆けをしたのだと(うたが)われて居場所を無くした。だから、桜子の引退と同時にブロッサムを抜けて、カラヒスを作った。新しいギルドは桜子を引き入れるためではないかと疑われたから、男子だけと決めたんだ」

 淡々とした口調ではあったが、そこには残念さがにじみ出ていた。


(いま)だに桜子を引きずっている奴も多いし、俺自身もそうなのかもしれないけどな。七味と桜子は似ているんだよ。見た目ってだけじゃなくて、他人に好かれる雰囲気だとか、色々な。自分ではそんなつもりは無いが、七味をギルドに入れたいのは、桜子のやり直しがしたいのかもしれないと思う事があるよ。桜子がやりたがっていた楽しいゲーム、楽しいギルドってやつを、七味に見せてやるのが俺なりのけじめというのか……ゲームでやり残した事なのかもな」

 そんなことは無いと言ってあげたいが、言えるだけの何かを知っている訳では無い。きっと言ったとしても、悪態(あくたい)をついて誤魔化(ごまか)されてしまうんだろう。


「実を言うと、お前に声を掛けたのは、桜子なんじゃないかと思ったからなんだよ。スケルトンをやりたがっていて、周囲に反対されて(あきら)めたから、あいつがゲームに戻って来る事があるなら、きっとスケルトンだと思ってな。おかげでこんな目に合うとは思わなかったけどな」

 赤色は笑っていた。


「ちゃんと桜子は最後までみんなが望む桜子を演じて、綺麗に終わらせた。それが(くや)しかったよ。カナメン、お前は恋愛が理由で辞めるなよ」

 その顔は笑っていたけど、悲しそうだった。


「そろそろ七味の仕事が終わる頃だから、電源入れて良いぞ。この駅はあいつの会社の近くだから、すぐ来るだろ」

 要が電源を入れると、七味から大量のメールが届いていた。

 赤色の携帯電話にはすぐに着信があり、その相手はもちろん七味であった。


 待ち合わせの場所に息を切らせて走って来たのは、スーツ姿の七味、もとい、皆川七見だった。

「いつものネットカフェ行くぞ」

 七味の同意を得る事無く、赤色は歩き出す。

「カナメン、ネットカフェは行った事あるか?」

「いえ。初めてです」

「怖くないから。大丈夫だからな。ふふ」

「はい……」

「赤色さんが言うと卑猥(ひわい)に聞こえるんですよ! カナメンさん、本当に大丈夫ですからね! 僕が守りますから!」

「うるせーよ七味」

 そう言って赤色は七味の首に腕を回して締め上げた。


 初めてのネットカフェに気分が上がる。良くイベントで使っているというそのネットカフェは、近未来的な配色でお洒落なものであった。あちこち出掛けるタイプでは無い要にとって、何を見ても気後れしてしまうが、部屋では無い場所でVRゲームが楽しめるという体験には、興味の方が勝っていた。

 細長い部屋には、リクライニングの椅子が5つ並んでおり、5人まで同時に使えるとの事だった。今日は3人なので、1つずつ間を開けて座る。一番端に要。1つ置いて隣に七味。1つ置いて隣に赤色である。

 ヘッドマウントディスプレイと呼ばれる、ゴーグルに似た機械を顔に装着する。家にある物もこれと同じように装着してゲームで遊ぶが、他の人間も居るネットカフェという場所が(ゆえ)に、神経接続のリンクを少し落としてあるとの事だった。つまり、耳や体の感覚を少し残したままで、VRMMOの世界に入るという。

 例えるなら、ヘッドフォンをして音楽を聴いているが、外部の音も少し聞こえている状態、とでも言えば想像しやすいだろうか。

 視界は完全に(ふさ)がれているため、目からの情報はゲームの世界だけが()めている。家に居てもこの状態は作り出せるが、1人暮らしの要にとって、誰かと一緒の空間で、というのが新鮮で仕方がない。

 七味がログインしたのを確認して、要もゲームに接続した。


 いつもの懐かしい見慣れたゲームの景色。そして、目の前にはいつもの美少女。

「大丈夫?」

 鈴の音のような優しい声が聞こえた。


 声や行動などは、ヘッドマウントディスプレイの神経接続により行われているため、実際に体を動かしたり、声を発する必要は無い。それが故に、男である七見のキャラクターが美少女である七味という場合、男の声が聞こえる訳では無く、キャラクターに設定された少女の声色が聞こえてくるという事が可能なのだ。


 何だか恥ずかしい気持ちになって、自分のキャラクターの声を出すのを躊躇(ためら)ってしまう。要のキャラクター、カナメンは男に設定してある。普段はその声もお気に入りであるが、現実の自分と(くら)べられてしまいそうで少し怖い。


 手の甲を何かが触った。そして、赤色の声が耳元で聞こえる。

「要、動くなよ」

 動くなと言われても、手の甲の次に触られているのが、明らかに(ほお)であり、無理がある。

「動くなって言っただろ」

 少し不機嫌そうな赤色の声が聞こえた。現実世界の視界は「0」この状態で何をされるのかの説明が無ければ逃げたくもなる。おもむろに口に何かを突っ込まれる。

「んー!」

 要の悲鳴に七味が(あわ)てるが、七味も視界は「0」である。

「何やってるんですか! 赤色さん! カナメンさん大丈夫ですか?」

 遠くで七味の声がする。そして、近くで美味しい味がする。

「後は自分で持って飲め」

 赤色は要の手を取ると、ストローの刺さったジュースの容器を持たせた。

「ありがとうございます」

 そう言って微笑む要と状況が分からず()える七味。赤色は要の頭を軽く()でると、七味の方へ歩いて行った。


 その後は、いつも通りの展開ではあるが、簡単に説明すると、腹に投げつけられたジュースの容器と、その冷たさに驚いた七味が悲鳴をあげて、赤色に押さえつけられながらジュースを口に流し込まれる。という感じになる。仲が良いのか悪いのか(笑)


 そのやり取りに、見えないながらも思わず笑いがこみ上げてしまう。とても気を(つか)う人だという事は分かっている。良く人を見ている。だからきっと、桜子さんの気持ちにも気付けてあげられたんだと思う。

 自分はこの人に対して何が出来るのかなと思ったけれど、きっと気付く前に自分でやってしまうんだろうなぁ、赤色さんは。


 1話完結でサクサク読める短編です。お話が思い付きましたら、不定期で追加する予定です。

 評価や感想をいただきましたら急いで更新いたしますので、お寄せいただけると励みになります。

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