40.田中要は執事をする事にした。
一話完結 恋する着せ替えスケルトン 短編シリーズ
田中要は今、素敵な場所に来ている。
煌びやかなシャンデリアと、華やかな装飾に彩られる場所。ここは執事喫茶。
優美な執事達に給仕をしてもらえる、女子の気分が急上昇する場所だ。
南桔梗の行きつけであり、ある意味の仮想世界である。どちらかというと、仮装世界と言った方が正しいのかもしれないが。
今日はアンデッドフェスティバルの労いでやって来たのだ。最近元気の無い要を励ます意味も込められている訳ではあるが。
「1番人気の執事を用意したわよ」
桔梗は興奮した様子で言った。クール美人な桔梗がはしゃぐのは珍しい。
執事喫茶「9N」この執事喫茶にはドレスコードがある。フォーマルウェアじゃないと入れない場所なのだ。現実から離れた乙女の社交場となっている。
今日の要はフロックコート姿だ。
フロックコートは太ももまで長さのあるジャケットが特徴で、燕尾服とは違い前も後ろも長いのだ。色は落ち着きのある茶色に近いボルドーを選んだ。黒いジャケットは執事が着る色とナインナイトでは決められている。そのため、今日はこの色を選んだ。
同色のボルドーのベストとズボン、白いシャツにネクタイ姿となっている。帽子もあるが、室内なので常に手に持つ形になる。
ネクタイはジャケットの色よりも黒に近いものを選んで、スケルトンのネクタイリングを付けた。これは要が手作りしたものだ。
ネクタイリングはノットと呼ばれる結び目の所に引っかけるような作りになっていて、スケルトンがネクタイに絡みついているように見えるデザインして作った。シルバーのスケルトンがなかなかカッコイイ。
桔梗はクリーム色のドレス。フロックコートのように丈の長い上着を羽織っている。胸元が開いていないため、上品さと凛とした美しさがある、気品の感じられるドレスだ。
また、編み込んで結い上げた髪がスッキリとしながらも華やかさを出している。
ナインナイトは堕天使達が執事として働いているコンセプトの執事喫茶だ。給仕をしてくれる男子は皆、堕天使という訳だ。
要は桔梗に話しを聞いて、立ち居振る舞いが勉強になりそうだと一度来てみたいと思っていた。
本当の所はスケルトン執事喫茶が最高だとは思うのだが、カッコイイスケルトンが見たいだけでは無く、自分が紳士スケルトンになりたいので堕天使でも構わない。敢えて人間で言うならば、オジサマ執事が好みだったりはする。
好みを挙げれば話は尽きないが、簡単に言ってしまえば骨が入っていれば要の守備範囲に入ると言って差し支えない。
店の名前にもなっている「ナインナイト」とは、昔あった天災を表している。
この世界は災いとの歴史で語る事が出来る。
神の存在により災いとのバランスが取れていた頃は「有無」と呼ばれる状態だった。そこに、人間が生まれ「厄災」が起こるようになる。そして、厄災を制御する事により厄災の姿は「禍事」へと変わった。
禍事の封じ込めに成功するものの、新しい災い「新厄」が現れ、そして現在は新厄の封じ込めに成功し、何も起こらない「新無」と呼ばれる状態となっている。
禍事が起こる時を人々は「禍つ夜」または「ナインナイト」と呼んでいた。
災いの多くは知る者のみが意識してきた事だった。知らぬ間に誰かが災いと戦ってきたのだ。しかし、ナインナイトのみが多くの人に認識され、多くの人間と共存をした。
今、災いは封じ込められている。しかしそれは、同時に誰かによってコントロールされているとも言える。自然の摂理で言えば災いは起こるのが本当の環境なのだから。
ナインナイトという名前には、刺激的な時間、そして本当の自分を開放出来る時間という意味が込められている。今の世界は人々にとって穏やかではあるが、同時に刺激が無いとも言えるだろう。
執事喫茶にいる間は、姿を変え本当の自分自身を開放して、刺激的な時間を生きて良いのだ。
ベルが涼やかな音を立てた。
噴水がある広場と執事達が居る喫茶スペースをつなぐ螺旋階段に堕天使が現れる合図だ。天井が高く吹き抜けになっている開放的な空間の1階から、2階へと堕天使に手を引かれ上る。広場で戯れる乙女達の視線を一気に集め、天国への階段をゆっくりと堪能し歩みを進める。この執事喫茶の最大の見せ場だ。
この一瞬に咲く為に飾り、この一瞬の為に所作を洗練し、この一瞬の為に辛い仕事も頑張れる。
溜息にも似た歓声が上った。人気ナンバーワン執事「ルシフェル」が姿を現したからだ。
長身で細身、端正な顔立ち。中性的で幻想的な見目麗しい姿。予約殺到。前人未踏。才徳兼備。一騎当千の強者である。
優れた容姿だけでなく、ビジュアル系アーティストの一面も持つのが憎らしい。神は嫉妬によりルシフェルを堕天させたという設定になっている。
本日ルシフェルに手を引かれるのは、注目されるのが苦手で、ガチガチの緊張で顔が引きつってしまっている要だ。みんなが望む場所も、要にとってはバツゲームに近い感覚なのが何とも言えない。
ルシフェルは要に微笑む。その堕天使ビームもスケルトンカッターで一刀両断である。
「死ぬかと思った……」
喫茶スペースに入ってやっと息が吸えた要は両手を頬に当てて感想を述べる。幸福で死にそうになって欲しい所だが、実際は逃げ出したい気持ちと戦って、お茶が出てくる前に天に召されそうになっていた。
シャンデリアと豪華な家具。キラキラの装飾にキラキラの執事達に囲まれて、席に案内される。
座ったフカフカのソファーが腹筋を鍛えてくれた。
『倒れてはいけない! 我は紳士!!!』
精神だけでなく腹筋も死にそうである。
事前にオーダーしていた紅茶がカップに注がれる。高い位置から注がれる紅茶が香りを広げ、何とも至福のひと時だ。
執事に目を奪われる人達とは違う方向を見て目を輝かせている人物が1人。もちろん要である。ついつい飾ってある装飾品の細かい細工に目がいってしまう。
素晴らしい曲線を見ると、再現出来るか脳内で作り始めてしまうのだ。職業病である。
「凄いなぁ。執事喫茶って」
繊細な曲線が集まる執事喫茶に大興奮である。
アフタヌーンティーセットで運ばれてきたのは、お皿が段になっているケーキスタンド。お皿の上に乗るサンドイッチやケーキ、焼き菓子が綺麗なナチュラルカラーで、食べる前から心に沁みて気持ちを甘くさせてくれる。
ナインナイトでは指名された執事も椅子に座り、お嬢様と会話を楽しむ。本来の執事喫茶の形式では無いが、堕天使なので良いのだ。堕執事と書くと違う意味になってしまいそうだ。
「そのスケルトン良いね」
ルシフェルはにっこりと笑った。
『この執事出来る!!!』
要テンションMAXである! 大抵の人間が髑髏と言う所を、この堕天使はスケルトンと言ったのだ。流石人気ナンバーワン! 全知全能! 粉骨砕身である!
ルシフェルはジッと要を見つめる。
「要ちゃんが作ったの? すごく素敵だね」
「大好きです」
うっかり口にする所であった。心の中では3回叫んだけれど!
その様子を見ていた桔梗が堪えきれなくなって小さく笑っている。
弾む話は尽きなかった。途中まではねっ。
「ルシはね」
『ん?』
「マネージャーのミミちゃんがね」
『んんん?』
「GGLっていうゲームをやっててね」
『この恋、終わったぁー!!!』
紅茶と共に冷める恋心。
この超人堕天使はVRMMORPG GGL (ジェネシスガーディアンズライフ)の問題児、超高神聖ルシファライトであった。
2人の運命の出会いに乾杯っ! 手にあるのは紅茶の入ったティーカップだけどねっ!
次話、謎の美少女「ユキノ」登場! ブックマークありがとうございました! 更新遅くなりすみません。お楽しみいただければ幸いです。評価や感想をいただきましたら急いで更新いたしますので、お寄せいただけると励みになります。3月は週に1回ぐらいの更新となる予定ですが、よろしくお願いいたします。
執事喫茶の名前「9N」は「ナインナイト ムーンレイズ」というお話が元になっております。GGG第3章完結後の世界のお話になります。またしても、書く予定が立たないお話ですが、いつか書けたら良いなと思っています。
GGGの方は2章が完結いたしました! お話の区切りが良い所なので、こちらも読んでいただけると嬉しいです。
●複雑になってきたので時系列をまとめてみました。
0.【未公開】【災いの状態:無し】メモリーリトライバル 主人公エリザベス ファンタジー ※GGS・GGW・GGLのベースになっている物語
0.【無し】【有無】神の世界 ※お話の予定無し
1.【完結!】【厄災】君恋(過去編) 主人公ロキ 始まり+ボーイミーツガール
2.【完結!】【厄災】終末 主人公ユウキ ラブコメ+悲恋
3.【未公開】【厄災】GGS 主人公タナジン VRMMO+冒険
4.【完結!】【厄災】君恋(終末編滅亡編) 主人公ユズとカナン 再会+悲恋
5.【未公開】【厄災】GGW 主人公使徒 VRMMO+日常
6.【更新中!】【厄災】神恋 主人公使徒 戦闘+結末
7.【未公開】【禍事】ナインナイトムーンレイズ 主人公アカツキ 日常+異常
8.【未公開】【新厄】ボディ・ザ・サバイバル 主人公ゼンキ AI+異常
9.【更新中!】【新無】恋骨 主人公田中要 VRMMO+骨
区切り毎に完結したお話なので、そこだけ読んでも楽しめるようになっています!




