3.田中要は得をする事にした。
一話完結 恋する着せ替えスケルトン 短編シリーズ
「要ちゃん、合コンに行かない?」
そう話しかけてきたのは、南桔梗だ。容姿端麗、才色兼備、否の打ちどころが無いが、ゾンビが大好きで残念な女子だ。
「行きませんよ」
話しかけられたのは、田中要だ。容姿普通、才色普通、褒め所を探すのに多少困る上に、スケルトンが大好きで残念な女子だ。
2人がいる小さな事務所はおよそ事務所らしくなく、一般家庭の普通の部屋と言っても過言ではなかった。普通の部屋を事務所として使っているのだからそうなのだが、並べられた人形達が、事務所である事を更に否定しているかのようであった。
この部屋はいわゆる、いわく付き物件であった。女子が2人しかいない会社なのに、いわく付きにしたのには訳がある。これ以上無い理由だ。お金が無い。
一応社長という立場になる桔梗は、個人でゾンビグッズを制作販売していたが、ゾンビだけでは経営が厳しく、商品の範囲を広げるためにスケルトンにも手を広げるため、要をスカウトしたという形になる。ゾンビがスケルトンになった所で、買ってくれる人数はそう増えないのであるが、頭骸骨になると話は別になる。スケルトンの胴体を隠して、スカルな部分だけにすると、途端に売れ始めるのだから不思議なものだ。
机に並べられたゾンビやスケルトンの人形達は、リアル志向の物であるが、売れ筋は可愛らしいゾンビとスカル。真に好きな物だけでは食べて行けない現実がここにある。
働いている人間に問題があるので、今更、部屋がいわく付きだろうが疑惑付きだろうが変わりが無い。この部屋に住んだ人間は、体調を崩すだとか不幸になるだとか言われていて、とにかく呪われるらしい。しかし、呪われているこの部屋に居ても要は何だか調子が良い。
その原因は目の前の桔梗のおかげと言って良いだろう。彼女は他人を幸せにするオーラとでもいうのだろうか、空気清浄機みたいな機能が付いている。不幸との戦いに勝つだけのパワーがある。全てにおいてのプラスを打ち消して、モテなくするだけの趣味を持っている以外は、彼女は完璧だった。
「要ちゃんが行きたがっていたお店でも良いのだけど」
桔梗の言葉に、要の目が輝いた。
「本当に? やったー! アイテムがもらえるー!」
要は仮想空間でキャラクターになりきれる、VRMMORPG GGL (ジェネシスガーディアンズライフ)に夢中であった。正確には、そのゲームのスケルトンになりきるのに夢中なのであるが。
現在イベント開催中で、参加している店舗で食事をすると、ゲーム内アイテムがもらえるのである。しかしながら、宴会コースという限定があり、要1人では宴会したくても出来ないため諦めていた。
もらえるアイテムは、キャラクターのアバター。つまり、洋服である。スケルトンを着飾るのが趣味の要にとって、期間限定でしか手に入らない洋服は、行きたくもない合コンに足を向かわせるだけの魅力がある。
「行きましょう」
合コンというものの意味を既に忘れているが、行けば欲しいものが手に入るという意味では、恋人だろうがゲーム内アイテムだろうが同じと言えるのかもしれない。
「3対3でお願いします。フルセット(頭・上・下)手に入れるのに3枚必要だから2セットもらえる」
そもそも2対2の場合だと、男性陣からすれば「ゾンビ好き桔梗」を選ぶか「スケルトン好き要」を選ぶかという究極の選択になってしまう。それを考えると、1人は普通の女の子がいた方が、相手の男性たちにとっても救いになるであろう。
合コン当日。既に帰りたい気持ちでいっぱいの要は、テンション高めであった。今日の目的は、コースターを6枚手に入れて、すぐに家に帰る事。宴会コースを頼むと付いてくるコースターにアイテムのシリアルナンバーが付いているのである。とにかく早く帰りたい。
桔梗の友達であるという男性と、その男性のお友達2名。そして、桔梗と、桔梗のお友達の女の子、それでもって要。この6名での合コンとなった。
とにかく無難で目立たない解答を心がける。他の人の恋路を邪魔してはいけないし、自分の家路を邪魔されてもいけない。桔梗の知り合いだけあって、好条件の男性陣であったが、早く帰る魅力には敵わなかった。
食事が終わり、一番最後に席を立った要は、目的であるコースターをいただく。3枚あれば洋服のセットは揃うが、捨てるならばもう1セット欲しいのが人情である。男性達のコースターも集めた所で、男性の内の1人が戻ってきた。
要の持っているコースターをじっと見ている。
「俺にも頂戴」
にっこりと笑った顔が作り慣れている感じだ。
要はコースターを1枚渡した。しかし、手は出されたままだ。2枚目を渡す。まだ手は出されたままで、3枚目を要求している。しかし、3枚目を渡しても手は出されたままだった。
「メールアドレスも、もらえるかな?」
その言葉を要は無視して歩き始めた。お店の外で待っていた桔梗の後ろに身を隠す。同じゲームを遊んでいると思われる人間に興味は湧くが、笑顔が整いすぎている場合には要注意だ。営業スマイルに騙されるほど純粋では無い。
目的の物が手に入り、上機嫌で家に向かう要の携帯電話が鳴った。届いたメールを確認してみると、知らないアドレスからであった。
『よろしくね。御船健吾』
要は見なかった事にして家路を急いだ。
「限定アイテムの洋服をフルセットで持っている女の子を知らない?」
その言葉に赤色53号は首を振った。何となく嫌な予感はしたが、女の子は知らない。スケルトンなら知っているが。
「赤色53号」は一応名前である。少年のような見た目をした、キャラクターである。少年のような見た目で、最上級の装備を纏い、態度が悪い。それが赤色53号である。付け加えるならば、ギルド「カラーリングヒストリー」のギルドマスターである。
声をかけられたのは「カラーリングヒストリー」と「ブロッサム」の合同演習中であった。
「ブロッサム」というのはゲームで一番有名なギルドである。GGLというゲームが始まって直ぐに創設されたギルド「ブロッサム」、創設時のギルドマスターは「夜桜桜子」。
ゲームの雰囲気というのは、最初にトップを取ったギルドに左右される事が多い。ブロッサムは対立を好まず、どのギルドとも仲が良かった。それは、リーダーである桜子の人柄から来るものであった。ゲームは楽しく、対立は引きずらない。そういうモットーであった。
桜子は皆に好かれていたが、仕事の都合で引退。その後は「ミフネ」がリーダーを引き継いでいた。桜子と共にゲームを辞めてしまう者も多かったが、ブロッサムが今でもトップのギルドとして君臨しているのは、ミフネの力であると言えるだろう。つまり、ミフネは人望もあり優秀なプレイヤーである。
そのミフネが人を探している。限定アイテムをフルセットで持っている「要」という女の子。田中要がそれに気が付くのは、1週間も後の事になる。
田中要の携帯電話には何度もメールが来ていたが、もちろん見ていない。全部迷惑メールに振り分けられていたから。
「要ちゃん、御船君が連絡欲しいって」
そう話しかけてきたのは、南桔梗。ゾンビが大好きで残念な女子だ。
「誰ですかそれ」
話しかけられたのは、田中要。スケルトンが大好きで残念な女子だ。
「合コンで要ちゃんの席の前に座っていた人だよ?」
要の興味はコースターであって、人では無かったため顔が思い出せない。
「メール返してあげてー」
「アドレス知りませんよ?」
「あれー? 教えてたんだけど届いていない?」
「何で教えたんですか」
「お礼がしたいって言ってたから。てっきり何かあったのだと思ってたんだけど」
「何も無いですよ」
そう言った後、気が付いた。コースターの人?
「でもねー。御船君、付き合うと、監禁されて、ずっと何かを作らされたり、運び屋っていうの? 密輸の手伝いをさせられるみたいなのよ」
ポーション作成に、前線への輸送ですね、分かります。ゲームのPVP中は猫の手も借りたいとはいえ、彼女まで使っちゃダメじゃないですか。
迷惑メールを確認して後悔した。
得をするために合コンに行って、大損をした気分だった。
スケルトン女子「カナメン」と美少女男子「七味」の恋物語です。1話完結でサクサク読める短編にしています。楽しんでいただければ幸いです。
普段は長編ラブストーリー「GGG(ジェネシス ガーディアンズ ゲーム)――終末世界で謎の生命体を狩っていてもラブコメは成立するだろうか」を毎日更新中です。終末世界で繰り広げられる恋愛とファンタジーのお話なので、よろしければ読んでみてください。ありがとうございました。