2.田中要は失恋をする事にした。
一話完結 恋する着せ替えスケルトン 短編シリーズ
仮想空間VRMMORPG GGL (ジェネシスガーディアンズライフ)の中に膝を抱えてうずくまる骨1体。正確にはスケルトン1体。
何故スケルトンが落ち込んでいるのかというと、美少女に避けられているからである。美少女とは言っても、中身は男なので男の美少女ということになるが。(事のいきさつは、短編『田中要は恋をする事にした』をご覧あれ)
避けられている相手、皆川七見は美少女キャラクター「七味」の中身の人である。そして、避けられている本人、田中要はスケルトンキャラクター「カナメン」の中の人である。楽しい時を過ごして、要が恋をしてみようと思った途端に避けられるという、これはもう確実に「嫌われるような致命的な失敗」をしてしまったとしか思えない現状に、落ち込むなという方が無理がある。
美人でも無ければ、性格が良い訳でも無い、器量も良くなければ、趣味はスケルトンを飾る事という有様である。自信を持つ余地は全く無いので、嫌われたと解釈するしかない。流石の要も気持ちが上がらない。
初めて現実世界で会ったGGLのイベントで話している時は普通だったのだが、その後、ゲーム内で会う度に、どうにもぎこちない。とは感じていたが、とうとう一言も話してもらえなくなってしまうと、何ともしようが無くなるものだ。
去る者は追わない主義ではあるが、逃げる者は追いたくなるのが狩り心である。但し、トドメをさしたい訳では無くて、仲直りがしたいので、強引にも行けず困ってしまった。
「嫌われ者はっけーん」
その声は、赤色53号だった。名前の「赤色53号」は、キャラクターを作る時に近くにあった、成分表に書いてあったのが由来という。名は体を表す適当さである。
「調味料(七味)が面白い事になっているのはお前のせいか?」
名前だけでは無く、使う言葉も適当である。赤色53号は不躾な質問を続けた。
「何やった」
「何もですよ」
「何もって感じでは無いんだが?」
「何もなんですよ……あえて言うならば、好みでは無かったんでしょうね」
「意味が分からん」
「私も意味が分からず困ってるんです」
「俺に利益があるなら手を貸しても良いが、利益が無いなら話すなよ」
「自分から持ちかけといて、話ぐらい聞いてくださいよ。私、彼(七味)しか友達居ないんですから」
「唯一の友達に避けられるとか笑えるなお前」
「俺も友達だ! ぐらい言ってくださいよ」
「俺は美少女にしか興味が無い」
「その美少女にどうにも避けられているのです」
「お前の価値は調味料と仲が良いだけなんだから、何とかしろよ」
「トドメさすの止めてください」
「お前はもう死んでいる骨だろ。ぶはっ」
赤色53号は独りで笑い出した。
「お前が調味料を連れて、俺のギルドに入るなら手を貸すが?」
「私は要らないんじゃなかったんですか?」
「調味料の加入を確認したら、お前の事は強制脱退させる」
「鬼ですか」
「スケルトンはいらねーんだよ、これ以上色物ギルドになってたまるか」
赤色53号はギルドと呼ばれるゲームの集まりのリーダーをしている。なかなか強い人が集まっているギルドだと聞くが、同時に個性的な人が多いとも噂になっていた。トップの名前が赤色53号な時点で、まともな人間が加入したいと思わないだろう。
カナメンと赤色の出会いは、カナメンがゲームを始めた頃に遡る。新人をスカウトするために、最初の村に来ていた赤色が目ざとく見つけたのがカナメンだ。美男美女のアバターの中で異彩を放つ骨。スケルトンを選ぶ変態を、変態が放っておく訳がなく、とりあえず声をかけたのが始まりとなる。
やる気のある新人をスカウトしに来ていたので、ゲームの目的がスケルトンを着飾る事であったカナメンは、ギルドに誘われる事は無かった。しかし、赤色は山ほどの体力回復ポーションをカナメンにプレゼントした。そのおかげで、誰とも遊ぶ必要が無く、カナメンが孤立する始まりになる訳であるが。
独り楽しく遊ぶカナメンが、初めてパーティーを組んで一緒に遊んだのが七味だ。七味はある意味有名人であった。ギルドに所属せず、即席のパーティーに参加するのを繰り返しているのにも関わらず、ゲーム知識が豊富で狩りが上手く、装備も良い物を持っている。その上、なんとも言えぬ乙女オーラがあった。男だと公言しているのに、物腰の柔らかさが、美少女の見た目と合っていて、華があるとでもいうのであろうか。
赤色が七味をギルドに入れたいと思っている理由がそこである。七味をリーダーに据えて、人を集め、自分は楽をしたい。そんな野望を抱いて赤色がずっと口説いていたのに、あっさりとスケルトンのシモベになってしまった。そして、七味は骨としか遊ばなくなってしまった。
「私が女だと知らなかったみたいなんですよ」
「あー。ふーん。へー。抜け駆けしてんじゃねーよ」
「抜け駆けって何ですか」
「色仕掛けは反則だぞ」
「してませんってば。しかもそれなら失敗じゃないですか」
「やーい、やーい、ふられてやんの」
カナメンは言い返せず膝を抱えたまま、うつむいた。
「なるほどね。変だとは思ったんだよ。あいつ女嫌いなのにお前と一緒にいるからさ」
「女嫌いなんですか?」
「色々あってなぁ。男心は複雑なんだよ」
「その複雑な男心から見て今の状態って何なんでしょう?」
「男によって男心も違うからな」
役に立つ気がない男、それが赤色53号。
「昔と同じように遊びたいんです」
「まぁなぁ。今が良いとは言えんからな。とりあえず呼び出すわ」
そう言って赤色は座り込んで動かなくなった。
しばらくすると遠くから走って来る人影。赤色とカナメンを見た途端、Uターンして逃げようとする人影。七味であった。
「逃げんな調味料。家に行くぞ?」
七味は大人しく正座した。向かい合って正座し、押し黙るカナメンと七味の2人。沈黙に耐え切れずカナメンが立ち上がろうとすると、赤色は言った。
「カナメン、お前の家にも行くぞ」
「家知らないじゃないですか」
「じゃぁ教えろ」
「教えませんよ」
「やめてあげて下さい。カナメンさんは女の方ですよ……」心配そうに七味が割って入る。
「俺とカナメンの仲だから良いんだよ」
「どんな仲ですか。仲悪いじゃないですか」すかさず否定するカナメン。
「嫌い嫌いも好きのうちだろ?」
「好き……」弱々しく七味が反応する。
赤色はカナメンへ向き直り、咄嗟に尋ねた。
「まあいいや。ところでお前、七味のこと好きなんだろ?」
心はもう決まっていた。始まってもいない恋で、まさか失恋する事になるとは思わなかったが、始まっていないなら、きっと痛みも少ないはず。
「好きじゃないです。私は何とも思っていません。私はスケルトンが好きなんです。七味さんの事は何とも思っていません」
カナメンは言った。
田中要は失恋をする事にした。嫌われるぐらいなら進まない。傷つくぐらいなら好きにならない。失うぐらいなら望まない。
失恋の定義が恋をしている事が前提であるならば、私は別に恋も失恋もしていないじゃないか。そんな理論武装をしてみても、それでも少し今泣きそうなんだ。
きっとこれは、恋の痛みではない。これは、単なる情緒不安定というやつなんだ。
「つ……付き合ってください」
声を振り絞るように七味は言った。
「嫌です」
即座にカナメンは言った。
「何なんだ、この展開はっ」
無責任な赤色53号は、床を叩きながら笑い転げている。
もうこんな思いは嫌なのです。ずっと上手くいく恋など無いのです。耐え難いのです。だから、意気地なしでも何でも、何と言われようとも立ち向かえない。弱い自分が悔しいけれど、自分で失う恋があっても良いと思います。
田中要は自分で決めて失恋をする事にした。
スケルトン女子「カナメン」と美少女男子「七味」の恋物語です。1話完結でサクサク読める短編にしています。楽しんでいただければ幸いです。ブックマークや評価などいただけましたらお話を急いで更新いたしますので、お寄せいただけると励みになり嬉しいです。よろしくお願いいたします。
「GGG(ジェネシス ガーディアンズ ゲーム)――終末世界で謎の生命体を狩っていてもラブコメは成立するだろうか」終末世界で繰り広げられる恋愛とファンタジーのお話なので、よろしければこちらも読んでみてください。ありがとうございました。