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獣の母  作者: 吉野
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グラント01

 雷鳥という、名の通り意思を持った雷がいる。

 生物というよりは天災に近い、一種の魔獣である。

 垂直に落下する実際の雷とは違い、地を走り、空を駆け、縦横無尽に飛行する。

 豊作が期待された畑も、実り豊かな山の木々も、涼やかな川の流れも、平和に暮らす人々も、僕を育ててくれた孤児院の母も、燃える平地に変えながら。

 襲われたと言うより、被害に遇ったと表現するほうが正しい。

 運が悪かったと諦めるしかない。

 だから、生き残った僕は、運が良かったと喜ぶべきなのだろうが、ただそうやって割りきれる程、僕は大人じゃなかった。




 王都から馬車でゆっくりと一週間ほど北に向かった辺境に、グラントという小さな町がある。そこは、王都にとって皮膚のような、最前線にして境界線。それより先は魔物の領域とされる地域であり、冒険者にとって最高の仕事場とも言える。

 昼間の冒険者ギルドが閑散としているのは、その地域の冒険者が働き者である証拠だ、というのは常套句だが、成る程。流石はグラント。酒場にすら客がいないギルドは初めて見た。

「いらっしゃい。依頼の発注ですか?」

 カウンターの奥から受付嬢がそう訪ねる。

 僕の外見からしてそう判断したのだろう。

 毎度の事ながら、慣れたとはいえ愉快なものではない。

「いや、移籍登録を頼む」

  言いながら、僕はギルドカードをカウンターに置く。

「かしこまりました。お預かりします」

  早速、カードを持って奥へと引っ込む。

 冒険者は長期的に拠点を移動する際、各地の冒険者ギルドに移籍したことを改めて登録しなければならない。

 理由としては、どこにどの冒険者がいるかの確認を簡単にする為だ。災害や有事の際に冒険者への適切な強制依頼の発行や、冒険者による犯罪の抑制。

 ギルド側が冒険者を管理する為の標識であると共に、ギルドカードはそのまま身分証となるほど信頼度の高いアイテムである。

「お待たせしました、ラック様。お噂はかねがね、お会いできて光栄です」

 世辞か愛想か、どうでも良いが、(おだ)てられるのは好きじゃない。

「それはどうも。良い噂だと良いけど」

 カードを受け取って外に出る。本格的に冒険者として活動するのは早くても明日から。まずは宿探しと情報収集が先だ。

「お待たせ」

  ギルドの外に出て、待たせていた二人に声を掛ける。

  ジョージ・グレイラッドとアニー・フランク。

 共に活動する、いわばパーティーメンバーではあるが、二人は冒険者として登録していない。

「いや、全然。思ったよりも早かったな」

「また前みたいに絡まれて騒ぎになるほうに賭けてたのに、どうやら私の負けね」

「冒険者が誰もいなかったからな。流石はグラントだ」

「そりゃあ凄ぇな」

「けど、情報収集には都合が悪いわね。酒場に行くか、夜になったらまた来るかしましょう」

「そうだな。けど、まずは宿を決めてくる。前の宿屋の女将さんに紹介状を貰ってるから『夕暮れの梟亭』を尋ねてみるよ」

  紹介状をを持っている客なら十中八九断られはしない。

  余程の繁盛期でさえ、そういう飛び入りだが重要な客のために部屋は空けておくものだ。

「了解。俺は鍛冶屋に行ってくる。少し切れ味が落ちてきてたんでな」

 ジョージは腰に()いた剣の柄を撫でながら言う。

 彼と出逢った頃からずっと愛用している剣だが、どうやら思い入れのある品らしい。

 いや、詮索はしないが。

「じゃあ、私は道具屋と薬屋を廻ってくるわ。火薬が心許なくてね」

  文字通り火力馬鹿のアニーは火薬の消費量が激しい。稼いだ金がそのまま火薬になっているのではと不安になるほどだ。

「それなら、お互い用を済ませて夜までに一旦宿で落ち合おう。アニーは薬屋で流行り病の情報を、ジョージはこの辺りで出現する魔獣の情報を鍛冶屋に訊いてきてくれ」

 チップ代として多めに銀貨五枚ずつ、二人に渡す。

「おいおい、多すぎるだろ」

「いいんだ。情報量として使ってくれ。余りはそれぞれ装備の足しにしてくれていい」

「そう、助かるわ」

「じゃあ、また夜に」

  二人と別れた後、僕は予定通り『夕暮れの梟亭』を探す。

  前の宿の女将さんに聞いた通り、待ち一番の大きな宿屋で、待ち行く人に訊くまでもなく看板を見つけた。

「いらっしゃいませー!」

  中には入ると若い女中の声が響く。

 どうやらこの町の男共はよく働くようで、老人や負傷者が少し居るだけで席も疎らに空いていた。

「すみません、お客様。ただいま宿泊部屋は満室になっておりなして・・・」

  そこで言葉を止めたのは、申し訳なさからではない。

  宿屋としては、満室は誇らしい事であり、むしろ一帯に聞こえるように言うのだ。

  そして、その後に『酒場のご利用なら承りますが』と続くのであるが、目の前にいる僕はどう見ても子供で、着成のいい格好とはお世辞にも言えない。

「紹介状があるんだ。誰か判る人に渡してくれないか?」

  蝋で封をされた紹介状をポーチから取り出して、女中に渡す。

  女中は捺された紋を見ると、改めて頭を下げた。

「それでしたら私が承ります。『呑んだくれの馬亭』、バネット様からの紹介であるならば、多少の無茶もお安いご用です。確認しますが、当宿屋は10日単位、前払い制ですが宜しいでしょうか?」

「勿論。それと実は三人で泊まりたいんだが、何部屋用意できる?」

「大変申し訳ございません、二部屋が限度となります」

  二部屋なら、僕とジョージ、アニーで別れればいいか。

「じゃあ、二部屋で」

「かしこまりました。二部屋を10日分、金貨二枚になります」

  結構いい値段である。場末の宿屋なら二月は泊まれる。

  けれど、まあ冒険者など、いつ死ぬかわからない職業だ。金など使えるうちに使わねば。

「確かにお受け取りしました。早速お部屋にご案内しましょうか?」

「いや、連れと夜に待ち合わせをしているんでね。どうせならその時に一編でいい」

「かしこまりました。夜には私もいる筈ですが、お名前をお伺いしてもよろしいですか? 滞りなくご案内できますよう、手前共に通達しておきますので」

「僕はニコラス・テイラー。連れの長身の男がジョージ、吊り目の女がアニー。よろしく頼むよ」


 

 


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