理不尽な死
9区から6区への帰り道。既に区間通路は越えて6区外縁部に差し掛かったあたりだ。
のんびりしすぎたせいか、すっかり陽が傾いてしまい、夕暮れになってしまった。時刻は17時。
「たまに食べに行くのも悪くないかな」
値段も上層で食べるよりは安かったし。やはり産地直送が一番。
ぼんやりと窓から景色を眺める。外縁部は中層とはいえ、低所得層が多い地域。下層上がりの市民も多く、古びた集合住宅が立ち並んでいる。
「その度に、僕が護衛するんですかね」
運転席から後輩がぼやく。私1人じゃ自衛もまともにできないから仕方ないじゃん。
あと、車の免許も持ってない。
「下層こわーい。……ん、ちょい車止めて」
そんな冗談交じりの会話をしていたら、ナニカが目についた。
「どうしました?」
車を路肩に停車させつつ、後輩が問いかける。
「人が倒れてた」
場所は、集合住宅同士が隣り合う、狭い通路。
幅は人が1人辛うじて通り抜けることができる程度で、おそらくこの辺の住民の抜け道のようなものかもしれない。
その抜け道のちょうど中間地点あたりに人がうつ伏せに倒れている。
「僕が先に行きま――ちょ、先輩っ」
後輩の声を無視しつつ、私はとっとと近づく。後輩は長身のために通路に入るこむことに難儀している。
こんな時に私が小柄であることが活きるとは。嬉しくない。
倒れている人物まで3メートルほどの距離まで近づいて。
私は抑揚のない声で後輩に指示を出す。ここ、一応、中層なんだけど。下層や最下層のような危険地帯じゃない。
「6区の警備に連絡。男性の死体。外見的には老年から中年。目視できる範囲に外傷及び、死後経過による腐敗なし」
「了解しました。この位置、完全に街頭監視カメラの死角ですね。住宅の防犯カメラの範囲にも入っていないようで」
追いついてきた後輩が周辺を分析しつつ、頷く。
なるほど、だから、死体があったのか。
「んー、巡回型歩行機械は?」
さすがに人だけでは警備の手が足りないので、広範囲の巡回警備を行う機械がここを通らないか訊ねる。
ちなみに見た目はずんぐりむっくりした卵型で、グッズにもなる程度には愛嬌がある。通称、ハンプティダンプティ。
主な仕事は迷子探しや道案内、喧嘩の仲裁、交通整理や定点警備といった感じである。
「この狭い通路は巡回エリア外ですね。まぁ、汎用機では侵入できないかと」
確かに、あの図体では通れないか。
つまり、住人や私のような偶然でもないと見つからない場所である、と。
「検視する?」
ダメ元で提案してみる。
「さすがに苦情出るんじゃないんですかね。調査依頼があったならともかく」
昨日の今日でまた苦情が職場に届くのはさすがに嫌だ。
「んー、後輩の見た感じでは?」
コイツの強化視覚なら機械化部分に関しては見ることができるはず。
「衣服の中は分かりませんが、見えている頬から首元、手先や足首などの皮膚は人工皮膚ですね。とは言え、旧型で経年劣化を起こしているようです」
それだけじゃ何も分かんないなぁ。
少し考えたけれど手詰まりな気がする。やっぱ、アレするしかないよね。
「じゃあ――」
言い終わる前に。
「駄目です」
却下される。
「ちぇっ。なんでさ」
「検視と違って痕跡は残りませんが、機械化度合いも分からないのに体を張ろうとしないでください。昨日の今日なんですから。それに今日は休暇ですよ」
後輩が少し強い口調で私を窘める。
「何かの事件だったら、私の異能なら解決まで導けるじゃない」
休暇だろうと目の前に悲劇があったのなら関係ない。
「そもそも、自殺か他殺か、事故死か、自然死か。それとも機械の不具合なのか何かしらの病気なのか。その辺りが判明してからでも遅くはないのでは?」
何とか私を説得したいのか、後輩は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「それに異性をイタコするのは、先輩、相性悪かったんじゃないんですか」
「むぅ……」
痛いところを突かれてしまった。私の異能は同性との親和性が高く、異性に対しては私への負荷がかかりやすい。これは他の子も同じ傾向ではあるけれど特に私は顕著だ。
それは異性との肉体的、精神的な構造差に依るものなのかは分からないけれど、イタコが血統内の女性に多く発現しやすいのも理由なのかもしれない。
「先輩。もうすぐ警備が来ますので、引き継いだら帰りましょう」
結局、現場に警備が到着して、簡易の検視結果まで確認して私たちは引き揚げた。
死因は人工臓器の機能停止。
いくら科学が進んだとはいえ、病気の根絶や、体内の機械の誤作動などがなくなったわけではない。
それでも、治療不可能な病は減り、四肢や内臓に重度の損傷を負ったとしても、人工物で代替も可能になった。
一方で、そういった傷病に依る機械化手術には金がかかる。定期的な整備や更新も含めると馬鹿にできない支出になりがちである。
この男性もそういった類だったらしい。
病気によって人工臓器に取り換えたものの、収入の低下などによって中層の低所得地域に移動。
満足のいく整備ができないまま、突発的な臓器の機能停止で死んでしまったようだ。
後輩曰く、複数の臓器を機械化しておけば、どれかが機能停止しても他が機能を代替することも可能らしい。出力は落ちるらしいけど。
出力って。ロボットか。
中層や下層で機械化度合いの平均値が向上しないのはこの辺りの金銭の問題が大きい。
電脳や外装機能などは普及率は高いのだけれどね。
逆に、上層の一部では超高度医療や、最新型の機械化改造を用いて『不自由と不具合のない生』というものを目指す派閥もあるとかないとか。
「不満そうですね、先輩」
6区の中心部、待ち合わせ場所まで戻ってきて、後輩が声をかける。
何となく車内では沈黙が支配していて、カーステレオから流れるポップスが空しく流れていた。
「……別に」
彼は誰かに殺されたわけじゃなかった。理不尽な死をもたらされたわけでは無い、と思う。
本当に?
本当に理不尽な死ではなかった?
もちろん、臓器の整備を怠ったのは彼の責任だ。
彼がきちんと整備や更新を受けていればこうならなかった。
けれど、彼がそうならざるを得なかったのは彼のせいだろうか?
もしかしたら、彼は悪くなかったのかもしれない。
もしかしたら、彼が悪かったのかもしれない。
例えば、治療費をだまし取られていたり。
例えば、ギャンブルに金をつぎ込んでいたり。
それは彼にしかわからないし、私なら共有できたかもしれないのに。
理由のない苛立ちが募る。
昨日から私の中で燻っていた何かが弾けそうだった。
だめだ、どうしても納得できない。見届けないといけない。
「会社へ行って」
後輩に強い口調でお願いする。
「……」
深い溜息をつきながら、後輩が渋々頷く。いつも優しいだけに、この沈黙の返しは辛い。
だけど。
後悔はしたくない。私は私らしくあるだけだ。
6話更新は6日の3時です。