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味噌汁

ちょっと短くなってしまいましたが区切りの都合ですのでご容赦ください。


 そんなわけで、降ってわいた休日の午後。私は6区(ティファレト)で待ち合わせをしていた。

 構造上、セフィロト(アーコロジー)の中央に位置し、最下層である10区(マルクト)を除く全ての区と区間経路が繋がっている6区は、物流の中心としての役割を果たしている。


「おーそーいー」

 6区のマーケット近くのベンチに座って、焙煎大豆飲料(コーヒーもどき)を飲みながらぼやく。ちなみに3杯目だ。 

 さすがに天然素材の珈琲は高くて、そんなに飲めない。苦いし。


 セフィロトでは大豆加工食品が食料シェアの大半を賄っていて、私たちの食事の多くは遺伝子組み換えによってバリエーション豊富な加工手段を得た大豆が用いられている。

 天然素材の食品には味などでは敵わないが、栄養価や値段の面では圧倒的で、市民のお財布の味方であるとも言える。


「せっかくおめかししてやったというのに、もう」

 肩よりも少し長めに切り揃えた黒髪をハーフアップにして、ベレー帽。髪の毛をいぢるのに気合いを入れすぎた気がする。

 スカートを履こうかと思ったけれど、どうにも張り切りすぎな気がしたのでいつも通りのパンツスタイルにブーツ。さすがにトップスは外出用のチュニックだけど。

 一般的な機械化をしている人々の多くは、肉体そのものが特徴的だったり、外装(アバター)として見た目をカスタマイズできるので、こういった苦労とは無縁だったりする。


 化粧品も決して安くないんだよね。むしろ、中層民以上向けのものは年々高くなってる気がする。機械化推進事業の弊害か。


「お待たせしてすみません。報告書の不備の修正に手間取ってました」

 そろそろ、通信端末に10回目のコールを入れようと思ったところで後輩がやってくる。

 こいつはいつも通りのスーツ姿であった。


「相変わらず、事務仕事はダメなのね」

 後輩は報告書やそういったものが大の苦手だったりする。普通に口頭での報告ならできるのだが、文書として書きだすとミスが目立つらしい。

 会社の事務や会計を担当する子が愚痴っていたのを覚えている。


「あはは、休暇扱いじゃなかったら出社して聞きながら書いたんですけどねー」

 後輩が頭を掻きながら困った風に笑う。


「……」

 じっと黙って後輩を見つめる。


「どうかしました、先輩?」


「なんでもない」

 うん、脳筋に気が利いたことを求めるのは諦めよう。


「う、なんか一気に先輩が不機嫌になったような気が」


「味噌汁食べたいのに君を待って、3杯も焙煎大豆飲料(コーヒーもどき)飲むハメになったのを思い出しただけ。ほら、とっとと案内しろー」

 後輩の脇腹にチョップを入れる。やはり、硬い。どっか柔らかいところはないものか。


「天然のお味噌汁で先輩の機嫌が直るならいいんですけど……」

 そんなことを言いながら、後輩は回収してきたらしい全自動四輪車(ヴィークル)に私を乗せたのだった。




「へぇ。後輩(アンタ)のことだから、上層か、本家(実家)にでも連れていくのかと思った」

 6区から9区(イェソド)に向かう区間経路を移動しながら私は話を振る。

 街並みが少しずつ移り変わっていくのはいつ見ても面白い。層や区毎にそれぞれの個性があり、雰囲気が違うのだ。

 6区が人の行き来の激しい商業地区と表現するならば、9区は一面に広がる農業地区だ。


「さすがに上層のレストランは値段が高過ぎますし。先輩の実家ってどう考えても地雷じゃないですか」

 脳筋でもそれくらいは分かるらしい。私の実家は()()5区(ゲブラー)に存在する。一時期3区(ビナー)に在籍した名残で天然素材の入手の伝手があったりもする。

 ともあれ、後輩は私が実家を避けていることくらいは察していたらしい。


「でもなんで9区なのさ。いくら、大豆の大規模農場があるといっても、それってほぼ加工食品用でしょ?」

 9区は大豆加工食品の故郷(ふるさと)である。セフィロトの食糧庫と言ってもいい。

 ここで造られた遺伝子組み換え済みの大豆が様々な人工調味料と組み合わさって、様々な食料として出荷されている。

 遥か昔は麦やとうもろこし、ジャガイモといった食料も扱われていたらしいが、いつしか大豆に統一されたらしい。


「公営はそうですね。一部の私営農家の方が天然素材の大豆を作られているというのを所長から聞いてきました」

 所長の入れ知恵か。

 あの人、天然素材という名の嗜好品大好きだからなぁ。


「私営って大丈夫なの?」

 どうにも私営や個人事業絡みは怖い。下層は合成食料絡みがあるので特に。


「一応、正規の販路持っていることは確認しましたので問題ないかと」

 後輩がしっかりと答える。それならいいけど。


「味噌汁と言いながらあやしい缶詰出たら怒るからね?」

 下層、最下層民の食料として挙げられる合成食料は缶詰として出回っていることが多い。

 中身は様々なものを()()()して作られており、極めて低価格である。味は察してほしい。


「……その苦情が出た際にはは所長行きでお願いします」





「ふわぁ……」

 久しぶりの味噌の匂い。出汁の香り。

 赤色のスープに浮かぶのは、市場では希少な天然の豆腐と油揚げ。


 飲んだ瞬間に、胸の奥に何かが広がるような感じで心が落ち着いていく。

 味噌特有のちょっと強めの塩味(えんみ)を、純真無垢な豆腐が緩衝材になることでバランスを取っている。

 揚げの触感が、自己主張をしているようで何だか楽しい。


 これだけでも十分に幸せなのだけど、私は思わず。


「ネギとかワカメがほしい!」

 と言ってしまった。


 ここは9区のレストラン……というよりも食堂や食事処といったほうが正しいだろう。打ちっぱなしのコンクリートに、床だけ木目調のシートを広げてある。

 おそらく周囲の住民が集まる寄合所を食事スペースとして、加工したのだろうと思われた。


「先輩、さすがに厳しいです」

 味噌汁をスプーンで食べている私を微笑ましい目で見守りながら後輩が答える。

 ちなみに後輩は食べていない。機械化度合い(マシーナリー)が高くても食事が可能な改造らしいが、私に遠慮しているようだ。


「分かってる」

 豆腐や油揚げは元が大豆なので、こうやってまだ入手可能なのだが、ネギやワカメの天然素材は上層民の市場にしか出回っていないと思う。

 何故か実家にはあったけれど。


「あらあら、お嬢ちゃんはお味噌汁好きなのねー?」

 と、この店の店主と思しき中年のふくよかなおばちゃんが、キッチンからやってくる。

 今は私と後輩しか客がいないようで暇らしい。


 9区はセフィロトの食料の大半を担う地域なせいか、下層の中では治安もよく、インフラなどの支援もよく行われており安定している地域でもある。


「ええ、とっても美味しかったです」

 お嬢ちゃんという響きに嫌な予感を覚えつつ、愛想笑いを浮かべる。


「どうしても天然素材だから高いけれど、またお兄ちゃんと一緒に来てくれると嬉しいわぁ」

 ニコニコと笑いながらおばちゃんが私の頭を撫でる。

 一応、後輩よりも年上なんだぞ……。


「えーっと……」

 後輩が私の様子に気付いたのか、何か言おうとするも、私の顔をちらりと見て諦める。


「ソウデスネー」

 うん、味噌汁は美味しかった。味噌汁に罪はない。



5話更新は6月5日の午前3時です。

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