報告
10区から引き揚げて、7区を経由して会社へと向かう。
私の体調的には直帰がよかったんだけど、そうもいかない。
手元の彼女を保管する必要もあるし、武装した何者かからの妨害。
そのあたりの対処も含めて、早急に所長に報告する必要があった。
「あー、なんか口から出そう」
途中で外装を装着した後輩に背負われながら私はぼやく。
うん、外装つけてるほうが後輩らしさがあって落ち着く。
「さっきも途中で嘔吐してたじゃないですか」
「あれはすまんかった」
雑に担がれて、猛烈な速度で7区10区間経路まで運搬されたとはいえ、後輩の頭から浴びせたのはさすがに申し訳なかった。
だけど、あの揺れは無理だって。
「いやまぁ、外装してなかったですし。この体、除染機能や消臭機能もついてますので」
私のアレは有害物質か何かか。
「ところで何で車で戻らないのさ」
行くときは7区まで車だった。けれど、今は徒歩という名の後輩に乗って移動している。
若くて長身の成人男性が、黒髪の小柄な成人女性をおんぶしながら走っている姿はさすがに下層とはいえ目立つ。
誘拐には見えないだろうけど。
時々、興味深そうな視線や、悪意に満ちた視線などが飛んでいるように感じた。
「念のためです。車は後ほど回収しますけどね、僕の私物ですし」
「そこまで警戒しなくてもいいんじゃない?」
私は込み上げる吐き気や、頭痛などを誤魔化すように下層の街並みを眺める。
下層は中層よりも背の低い建物や古い建物が多い。とは言え、電気・水道・無線などのインフラはさすがに建造当時から更新してあるらしいけど。
道も乱雑に開発されたせいか、似たような小道が多く、ごちゃごちゃとしている。10区とはまた別の意味で迷路じみている。
また、中層よりも平均所得が低い傾向もあるため、機械化している人々は少数派だ。
その結果、肉体的な娯楽が商売として成り立ち、下層は犯罪組織や宗教団体の温床になっている。
低層で機械化度合いが高いものの多くは、非合法な仕事を生業にしていると思ってもいい。
「10区で襲ってきた4人組。おそらく下層の傭兵です。先輩の護衛を優先したので、背後の割り出しとか、尋問とかは諦めましたけど」
「そういうのって判るもんなの?」
感心しながら私は首を傾げる。私はそういうのまったく分からない。
「装備や服装、練度、そういったところからですね。無いとは思いますが、先輩を守りながらカーチェイスするのはちょっと大変なので」
無理とは言わないあたり、後輩の意地なのか、プロ意識なのか。
「ふーん」
「そこの2人、ちょっと立ち止まってもらえるかな?」
そんなことを喋っていたら、7区の警備会社の人に呼び止められる。皺だらけの制服が悲哀を感じさせる、中年のおじさん。。
いくら、犯罪組織が幅を利かせているとはいえ、下層にもちゃんと治安組織は存在する。
場所や状況によっては賄賂がまかり通ったりするけれど。
「あー、はいはい。識別票?」
私は胸の内ポケットから、4区の市民証を取り出す。異能については未記載のものを。
「それと、武装許可証もですね?」
と、後輩。
そうか、君の場合はその必要もあったか。護身以上の火器装備してるもんね。
「ご協力感謝します。さすがにお二人のお姿は目立ちましたので。いくら下層とはいえ、目立たないようにして頂けると……」
私たちが中層民のせいか言いづらそうにしている。
「申し訳ありません。気をつけますが、急ぎますので、それでは」
先ほどより心なしか速度を落として後輩は、移動を再開した。うん、高速じゃないけど走ってるからやっぱ目立つと思うな。
「で、君たちの報告よりも先に、9区の警備から苦情ってほどでもないお願いが届いているわけだが」
会社に戻ると、笑いながら所長が開口一番そんなことを言い出した。
所長室は、こざっぱりとした書斎と言った風体だ。
今どき紙の本が詰まった本棚を置いているあたり、所長も変わり者だなぁと思うけれど。
「「申し訳ありませんでした」」
私と後輩が平謝りする。
「まー、形式的なヤツだから気にするな。何も言わないというのも立場的に不味いんだろう。で、最下層ツアーはどうだった?」
「途中で異能を切り上げましたので、確証を持っては申し上げられませんが――」
と、私は前置きし、言葉を続ける。
「――被害者を10区に向かわせた要因と、被害者が殺された要因。そのどちらにも2区が関わっていると考えられます」
確証を持っていないと言いつつも、私は間違いなくそう思っている。
少なくとも、死に行く少女の主観ではそうだった。彼らが異能まで考慮して企んでいるとは考えたくない。
「ふむ。で、何で切り上げた?」
おそらく所長は分かっていて聞いている。よくあることだから。
「先輩のバイタルが異常値を示しましたので。僕が無理やり引き剥がしました」
後輩が監視していた私のバイタルデータを所長に提出する。
「ご苦労。そこのイタ小娘は、すぐ無理したがるからな」
なんか変なあだ名つけやがった。
「また、その直後に襲撃がありました。襲撃者は4名。機械化度合い中程度の戦闘型。武装は粗悪拳銃と刀剣類」
報告を続ける後輩。私へのあだ名はスルーされた。
「襲撃、ね。だから走って帰ってきたか。4区内なら君ら有名人だから踊りながら帰って来ても問題ないが、他の区だと目立つからな」
「装備的に下層の傭兵。しかも末端と思われます。背後関係などの洗い出しは諦め、撤退を優先しました」
「ああ、そこはそれでいいよ。どうせ、下請けの下請けだろうしな。どうせ、役に立たない奴らを処分ついでにぶつけたんだろう。今頃、彼ら、最下層の缶詰屋と機材屋にでも並んでるんじゃないかね」
最下層の裏路地に転がった死体なんていうのは、価値のある機械化部分は回収され、価値のない生身の肉は合成食料コースだろう、と所長は続けた。
人の価値が、体内の機械の値段で決まるという世界の在り方に気持ちが沈む。
「缶詰屋と機材屋といえば、素材屋と呼ばれる男が実行犯です。正確にはもう1人いましたけれど」
気を取り直して報告を続ける。そういえば、あの子を唆した男が言っていた0区(ダアト)の件もまだ報告してない。
「素材屋、ねぇ。知っているかと言われれば知っているが。さすがに今どこの所属なのかは知らんぞ」
何か思うところがあるのか、所長が天然の煙草に火を点ける。
煙に反応して空調が起動する音がした。
「あの男、これ見よがしに2区製の高調波ナイフを使用していました」
ナイフが迫る光景は忘れられない。
「見たのか?」
「はい、被害者越しに。それと、被害者が最下層に赴いた理由ですが、10区の先に0区があると唆した男がいたようで」
私が0区という言葉を出した途端、所長の雰囲気が変わった。煙草を咥えたまま、眉間に皺を寄せる。
その表情は苦々しさと少々の困惑が見て取れた。
「……」
沈黙。空調が回る音がやけに大きく聞こえて。
「所長?」
我慢できず、私は声をかけた。
「イタコ組。ひとまず調査を中断。明日まで休暇を命ずる。後輩はソレが独断専行しないように見張っとけ。回収した遺体は社内で預かっておく。お前のことだ、持ってきてるんだろう?」
一方的に所長が告げる。反論を許さない強い口調だった。
「ですが!」
時間が経てば経つほど、異能の精度は落ちる。それは私にとって彼女の思いを汲み上げることができなくなることと同じだ。
「まぁまぁ、先輩。中断であって、中止ではないんですから。ほら、明日は僕が1日お付き合いしますので、好きな物でも食べに行きましょう?」
思わず詰め寄ろうとする私を後ろから捕まえて後輩が宥めようとしてくる。力でコイツに敵うわけもなく。
「……天然のお味噌汁が食べたい」
悔しいので無茶振りをすることにした。
第4話は6月4日の午前3時です。