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イタコ稼業



 CNT(カーボンナノチューブ)で強化された右腕が(ワタシ)に振るわれる。何度も、何度も。

 頭部と顔面をコーティングしていた皮下装甲はひび割れて、内部パーツが剥き出しになる。蒼い、血液代わりの循環液が周囲に飛び散るのが見えた。

 胸部から腹部にかけて殴打された箇所に該当する臓器が重篤なダメージを負っていることを、自己診断プログラムから警告される。


 激痛に対して自動的に鎮痛ホルモン(エンドルフィン)が過剰分泌され、意識が曖昧になる。ぼんやりとした痛みとも衝撃とも言えない感覚が断続的に続いていることから、殴られ続けているようだ。


「や、メ、て」

 (ワタシ)はかろうじて声を上げるが、その声はあまりに弱々しくかすれていた。どうやら、男の肩口から伸びる補助腕(サブアーム)によって首を絞められていたらしい。

 改造によって、酸素が脳に回らなくても数分は生命維持は可能だが、それよりも先に体が破壊されそうだった。


 殺される、と頭では理解できたが、もう既に()()()()は抵抗する意思がないようだった。


「ち……。例の文書さえ処分すれば、もみ消せるか」

 (ワタシ)の瞳から意識が失われたことを確認して、男が手を離し、呟いた。


 ああ、そうだ。文書。それが手掛かりだ。

 (わたし)は生命が失われつつある被害者(このからだ)の意識を僅かばかり揺らす。


 走馬灯のように記憶が駆け巡る。(わたし)は必要な情報を抜き出すと、彼女から意識を切り離した。





 目を開くと女性の遺体。さっきまで私が繋がっていた相手。

 凄惨な死体であった彼女の姿は、検視解剖後にそれなりに補完(エンバーミング)されて、直視に耐えうる姿になっている。


 彼女から手を離し、顔をゆっくりと上げる。ああ、ちょっとふらふらする。


 ここは1区(ケテル)に数多ある警備部詰所の一角。

 上層らしい無駄を極力排除した殺風景で整然とした部屋だ。


「首尾はどうですか? イタコ殿」

 ここの警備主任が私の顔を覗き込む。


2区3区間経路(ダレット)の南西方面。明滅する赤い街灯と針葉樹が見えたわ」

 1区の序列が入れ替わる可能性がある内部告発文書の捜索依頼。そして、それに関わったとされる女性の殺害事件の調査。

 文書の捜索が彼ら(上層民)の第1目的。それが彼らの利益に繋がる。

 そのついでだとしても、被害者(彼女)を裏切った男が破滅するのならば、おそらく彼女の死に際の願いは報われるだろう。

 私はそれだけでよかった。それだけでイタコをする意味があったと思う。


「オーケイ。それだけ分かれば十分だ。協力感謝する」

 私は口許を抑えながら頷く。もう何十回も繰り返したこととはいえ、追体験する(ころされる)のはきつい。

 足がもつれないようにゆっくりと立ちあがる。ありがとう、と心の中で彼女に祈りながら。


「イタコ殿、具合が優れないのならうちの部下に6区(ティファレト)まで送らせようか?」

 主任が私を気遣って、そう提案する。


「いや、迎えが来るわ。うちの後輩が」

 まだ、寝起きのような浮遊感が抜けない。


「そうか。残念だ。いつもお前さんが来るたび、部下が送迎争奪戦やってんだよ。人気あるぜ?」

 そりゃ、今じゃ希少な天然(ネイティブ)の黒髪で、東洋の異能(オカルト)女なわけで。でも、毎回、口説かれる身にもなってほしい。

 それに、ここ(主任)の部下って肉体改造が尖り(ロック)すぎて、毎回驚かされるのよね。主任の鶏頭(モヒカンヘッド)が大人しいくらい。


「どーだか。対象によっては吐いたり、狂乱したり、失禁するのよ?」

 今回はまだ()()()()殺され方だったけど。


「ま、それでもお前は自分のできることを迷わずやるからな。それはいわゆるいい女ってやつだよ」

 主任がなんかキメ顔で言ってるけど放っておこう。迎えはまだか。





「先輩、お疲れ様です」

 後輩が全自動四輪車(ヴィークル)の運転席から声をかけてくる。私は後部座席でぐったりしていた。


「だるい、きつい、ねむい」

 片目を開けて、窓を覗く。小綺麗だけど雑多で統一性のない街並みから上層ではなく中層のようだった。

 中層は上層にはない、活気や生活感があって、好ましく見える。


「先輩の異能(オカルト)しんどいですもんね。まだ6区ですからゆっくり寝てください」

 1区から6区を経由して4区(ケセド)へ。私たちが所属する会社への帰路だ。


「上層って息詰まるのよね」

 上層は街並みからしてそう。綺麗すぎる。彼らの腹の中は真っ黒なくせに。


「そうですか? 1区の序列15位(トレーズ)の警備主任のとことは仲いいじゃないですか」


「あいつら、中層上がりだから特別。他はみんな事務的だし、私のことを道具としてしか見ていない」

 

「でも、そう言いながら上層民の事件担当ですよね、先輩」


「それは私の異能のせい。生身(ピュアボディ)に近い子に異能使うとね――人格が混ざりかねない」

 生身に近い人物に異能を用いると、死の現実味(リアリティ)が増す。私の家系には代々それで精神を病んだものも数多い。廃人になったり、自殺したり。ロクなことにはならなかったそうだ。

 中層民以下の事件だと、そのリスクが増すのだ。先刻の被害者(彼女)のように機械化度合い(マシーナリー)が半分以上は欲しい、となると上層民専門になるのが安全なのだ。


 ちなみに私は最低限の機械化で済ませている。機械化度を上げるとイタコの際にノイズが混じりやすいそうだ。代々受け継がれてきた、知恵である。

 わざと機械化度を上げることで、生身に近い子へのイタコ行為を可能にした血族もいるにはいる。


「うわぁ。でも、混ざったら女子力高い先輩とか、可愛らしい先輩とかの可能性も……あいたっ」

 後輩の頭へチョップを入れる。めっちゃ硬いなコイツ。

 見た目は優男の癖に。スーツに着られている感じもあって、本当にコイツ強いんだろうかとかたまに思う。


「私の手のほうが痛いわ。この機械歩兵(サイボーグ)め」


「あはは、先輩を守るために頑丈ですからねー、僕」

 多重皮下装甲に強化骨格、二重螺旋型CNT(カーボンナノチューブ)増強筋など。ともあれ、要人を守るために過剰なまでに機械化したのがこの後輩である。

 こういった改造タイプは行政に許可申請と定期的な人格審査が必要な程度には規制がかかっている。


「頼りにしてるわよ」

 なんだかんだ異能持ちというのは()()がある。私の家系も一時期上層に囲われかけたらしい。

 星詠み(スターゲイザー)は上層民ご用達。当代の手品師(イリュージョニスト)は犯罪者として指名手配されている。

 まぁ、手品師は機械すら騙すらしいから捕まらないらしいとの噂だ。


 そんなわけで私には過剰戦力らしいこの後輩が付いている。監視兼護衛だ。人畜無害そうな性格とそのふわっとした外見のせいで、人懐っこい犬というのが私の評価だ。

 

「もっと頼れる後輩になれるよう頑張ります!」


「はいはい」


 そんな感じで、会社へと報告へ戻った。





「ただいまー」

「ただいま戻りました」


 社員にてきとうに挨拶をしながら天然素材の床を歩く。いつもながら、この会社儲けてんなぁと思う。私の家なんて合成素材製なのに。


 ここは4区に存在する民間警備会社の一つだ。

 主な仕事は、各区にある警察機構への捜査協力及び、武力の貸し出し。すなわち傭兵みたいなものだ。


 その対価として、行政に対して一定以上の申請が必要な改造や武装の所持条件の緩和。

 一部立ち入り規制地域への侵入許可などを貰っているらしい。


 らしいというのは、私はそういう恩恵に預かってないせいだけど。


「ほんと、図体でかいわね」

 後輩と並んで歩くと身長差が際立つ。

 私は東洋の血が絡んでいるせいかきわめて背が低い。基本的にパンツルックなのもそのせいだ。


「先輩は小さくて、ティーンの少女みたいで可愛いで……蹴らないでくださいよ」


「うるさい、だまれ。部品外して小さくなれよ」

 一応、こちとら18歳以上(成人)じゃい。脚部もやっぱり硬い。こいつに柔らかいところあるんだろうか。


「いくら僕が機械化してるとはいえ……。これ、機械化前とほぼ同じ身長なんですよー」

 余計悪いわ。さらに改造して頭1つ分くらい小さくなれ。


「戻ったか、イタコ組」

 そうやって、じゃれついていると、いつの間にか所長が出迎えてくれていた。

 年齢不詳、性別不肖の中性的な容姿。特徴的なのは目元の黒子(ほくろ)とゴシックと呼ばれていた古代のファッションだ。


「イタコって呼ぶの止めてくれませんかね。一応、私にも名前あるんですけど」


「あんまり、本名で呼ぶのは好きじゃないんでね。そこの後輩(レオン)みたいな通称があるならいいんだが。君は通称がイタコだろう?」


「ああ、だから所長のことをマスターとみんな呼んでるんですね!」

 納得したように頷く後輩。むしろ、君、獅子(レオン)とか呼ばれていたのか。


「そういうことだな」

 満足げに何故か所長も頷く。


「はぁ、まぁいいや。1区の件、無事終了しました。詳細は報告書を出します。おそらく1区の警備からも報告は回ってくると思いますが」

 私はとりあえずこの場は棚上げして事務的な報告をする。


「ご苦労。……できれば君たちのような異能は使わずに済むといいんだがな」


「無理でしょ」

 私は脊髄反射のごとく、即答する。何となく後輩に視線を送ると、何で? という顔をしていた。


「そうだな。上層の序列社会は硬直気味。金と圧力、裏取引と一部異能の力によって、犯罪は潰され、互いに足を引っ張り合うことしか考えていない」

 所長の言葉はどこまでも冷ややかに響く。怒りも呆れも感じられない。ただ、そうあると言うように。


「結果、司法も司法として成立しない。だから中層で中立を保つ私たちのような立ち位置から、科学捜査では不可能な証拠を以て、犯罪を証明する必要がある、と」

 所長の言葉を受けて、私が説明を継ぐ。


「つまり、先輩の仕事はまだ続くってことですね!」

 あー、うん、そうだね。君はそれでいいよ、うん。


「ああ、イタコ組。明日、まだ依頼が来てるから。詳細はそこの後輩(レオン)に送っておく」


「了解ー」

「了解です!」


「ちなみにそのレオンってあだ名は昔、可憐な少女を守る男の名前がそういう名だったらしく付けた」


「私は大人ですー!」

 命名したの所長かい。





 湿った空気に異臭が混ざって、呼吸に不快感を覚える。見渡せば人がゴミに塗れて転がっていたり、座り込んでいたり。生きる気力がないのか、そもそも生きていないのか。地面はぬかるみのように汚水混じりの泥と土と砂利が混ざり合っている。

 廃材で積み上げた建物は構造力学的な危うさを抱えながら、別の建物に自重を委託することで辛うじて倒壊を免れている。剥き出しの水道管や何かのパイプが頭上や狭路を蛇か蔓のように曲がりくねって伸びている。一部は破損して、錆混じりの液体が漏れ出ていた。

 数少ない、歩いている人々は胡乱げな眼差しを私たちに投げかけている。


 翌日。私たちは10区(マルクト)に来ていた。


「あんたが外装(アバター)なしで来た時点でやばい案件だと気付くべきだったわ」

 私の少し前を歩く後輩はいつもの無害そうな外見を全て取っ払い、機械剥き出しの状態だ。

 中層以上であれば、おそらく警備から拘束されてもおかしくない。言わば戦闘態勢である。


「一応、これ2区(コクマー)の依頼ですから」

 普段に比べて少し硬い口調の後輩。おそらく周囲を警戒しているのだろう。


「はぁ? 2区の人間がこんなとこで死んだっていうの?」

 上層民がやってくるとしてもせいぜい中層までだ。下層はよっぽどのことがない限り近づかない。

 最下層なんて誘拐でもされない限り、まずやってこないだろう。


「そういうことです。歩きながらですが、資料送ります」


 いつもの外見じゃないだけで、後輩がとても強そうに見える。

 水たまりを避けながら、送られてきた資料に目を通す。


 犠牲者は2区の序列8位(アハト)のお嬢様。

 死後10日経過、現場に遺留されているのは髪一房。それ以外は犯人に持ち去られたか、もしくは10区の浮浪者が収得した可能性あり、と。


「現場は綺麗なもんですよ。いや、汚水と泥と悪臭に塗れてはいますが」


「そもそも上層のお嬢様がなんでこんなとこに。護衛は?」


「それを解明するのが先輩と僕の仕事ってわけですね。護衛は自立型機械犬(ドーベルマン)が1機。これらは区間経路の途中で無線標識(マーカー)手動(マニュアル)で切ってあるのが記録に残ってます」


「彼女自身のは? 識別票(ID)要るんだし」


「あー、それがですね……。10区(ここ)って未管理地区なわけでして。街頭監視カメラ(ウォッチャー)もなく、通信設備も貧弱なんですよね。探検気分で来たのか、それとも誰かに誘導されたのか。どちらにせよ自身の位置情報も切っていたみたいです」


 つまり、行動履歴を漁るのは難しい、と。


「区間経路の通過記録は?」


「こちらは上層特権(フリーパス)です。それに10区の出入りは管理されていませんので」

 未管理地区だもんね、そりゃそうだ。9区以上の出入りは記録に残るんだけど。


「よく、それで見つけたわね」


密告(たれこみ)があったそうで」


 曲がりくねった道を進む。後輩がいないと生きて帰れる気がしない。

 錆と劣化で斑色になった金属板と、熱で変形した樹脂が混ざり合ったオブジェが気持ち悪い。


「十中八九犯人でしょ、それ」


「そうでしょうね。それで、2区が動いたのが昨日だそうで」


「何で今更。1週間以上も序列に連ねる子を放置とか、上層民なら許さないと思うんだけど」


「あー、先輩怒らないでくださいね? ……()()()()()そうで」


「はぁー?」


「やっぱ怒ったー!」


「上層民の大半が培養層(フラスコ)から生まれるのは知ってるけどさ!」

 それでもたった1つの命なのだ。命を粗末にするやつらは許せない。

 後輩の背中を八つ当たり気味に叩きながら歩く。やっぱり硬い。


「先輩、落ち着いて。現場、着きましたよ」


 そこには切れかけた電球が1つぶらさがり、儚い灯りを照らしている。

 立ち入り禁止(キープアウト)に囲われた中には、金色の髪が一房。


 それは少女の残滓。生きた証のひとかけら。


「彼女の機械化度合いは?」

 先ほどまでささくれ立っていた気持ちが一気に冷え込み、私は感情を抑え込む。


「85です。副脳(サブブレイン)や、生体機械(バイオプラント)の試験運用もしていたみたいです。数字よりも生身に近いかもしれません。大丈夫ですか?」


「覚悟はできてるから。護衛、よろしくね」


「了解しました。もしものときは先輩を担いででも脱出しますので」

 後輩は端末を操作し、保護状態になっていた少女の残滓(彼女)への接触(アクセス)許可を出す。


 私は彼女の髪に触れる。彼女の意識を探す。記憶を辿る。


 深呼吸を1回。大丈夫。最下層の最低な空気も、彼女を前にしたら、何てことはない気がした。


 きっと苦しかったはず、辛かったはず。おそらく、この子はどうしようもない理不尽に襲われた気がするから。


 彼女の遺骸に残された感情、記憶。そういったものを私は触れることで思い起こすことができる。体験することができる。

 私の遥か昔の祖先(イタコ)たちはその身に死んだ人々の魂を宿すことで会話すらも可能だったという。



 深い海の底に沈みこむように、静かにゆっくりと、私は彼女に問いかける。




 ねぇ、何があったの?






 イタコ稼業、開始。



第2話更新は6月2日の午前3時です。

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