#2 いざ、天聖界へ
「早く起きなさ~い」
「う~ん。わかってるってばぁ~」
朝日が顔を出すくらいの早朝。
ボクは布団の中で安眠を貪っているのだった。
誰にもボクの睡眠を邪魔する事は出来ない。
……出来ないはずだったのに悪の魔王がボクの領地へと攻め込んできた。
「ほら、日曜だからって何時までも寝てないでさっさと起きなさい」
悪の魔王はボクから布団を剥ぎ取って冬の冷気がボクを包み込んだ。
「ううぅ~。ママ、寒いんだけど……」
「もうご飯用意してあるからすぐに下に降りて来なさいね」
ママは要件だけ言い放つと、ボクの部屋から出て下へと階段を降りていった。
「仕方ないから起きるかぁ」
ボクは着替えを済ませてから2階の自分の部屋から1階のリビングへと降りて行く。
テーブルには朝食が並んでいて、今日はトーストとベーコンエッグみたいだ。
ママのベーコンエッグはすっごくカリカリでとても美味しくてボクの好物の1つである。
「早く片付けたいから、ちゃちゃっと食べちゃって」
「は~い。――では、いただきま~す」
ボクはトーストにバターをたっぷり塗ってから口へと運ぶ。
家のパンはホームベーカリーで作っているので、少し前に出来たばっかりなので美味しい。
次はベーコンエッグに箸を伸ばす。
箸が卵に触れた瞬間、中から黄身が飛び出して来た。
ボクはベーコンと半熟卵を絡め合わせて口へと運んだ。
これも凄く美味しい。
ボクはあっという間に朝食を平らげた。
「ごちそうさま~」
ボクはテーブルから食器を片付けて流し台に持っていき洗剤で洗ってから水切りへと置いた。
「じゃあママ少し出かけてくるから」
「お昼には戻ってくる?」
「うん、多分そんなに遅くはならないと思う」
「気を付けて行ってくるのよ~」
「は~い」
ボクは一度部屋に戻ってから出かける準備をして玄関へと向かった。
「それじゃあ、いってきま~す」
――と言っても特に目的や行きたい場所とか無いんだった。
何も考えずに家から出てみた物のこれからどうしよう。
――とりあえず、家の表札を見てみる事にする。
表札には岬と書いてあった。
「そうだ、ボクの名字は岬だった」
……って一体ボクは何を言っているんだ。
――ボクは念の為にもう1回、自宅の表札を調べてみる。
うん。何回見ても岬だ。逆さまから見ても大空では無い。
――ちなみに住んでる家も普通の2階建ての一軒家で特にこれといって特出すべき所は無い。
「とりあえず散歩でもしようかな」
ボクはひとまず商店街に向かう事にした。
自宅から数分歩いたら商店街へと辿り着く。
今日は日曜だからか、商店街の道には人がかなり多くて人の数を数えるだけで目が回ってしまいそうだ。
ボクはひとまず常連の本屋さんに寄ってからブラブラと他のお店も回ろうと思って、まずは本屋さんへと歩いていく。
このルートはボクのお気に入りの散歩コースなんだ。
「――ちょっと喉が乾いたかな」
本屋さんへの道の道中、ボクは喉の渇きを感じて自動販売機でジュースを買う事にした。
自動販売機にコインを入れて後は押すだけだ。
「えーと、どれにしようかな……よし決めた!」
ボクは押す物を決めて自動販売機を押してみた。
「う~っ。ふ~っ……はぁはぁ、やっぱり自動販売機はいくら押しても動かないや」
……あれ。
ボクは何で自動販売機なんて押してるんだ。
――そうじゃ無くて。
「よし、これだ!」
ボクは道行く人の背中に親指をあてた。
「え!? ちょっといきなり何するの!?」
「背中のツボを押そうと思って」
「――はぁ」
道行く人はそのままどこかへと消えていった。
――そうじゃない。
今ボクが押すべき物はもっと他にあるじゃないか。
ボクはこんどこそ自動販売機のボタンを押すために手を伸ばした。
「あなた達、一体何なの!?」
自動販売機のボタンを押す直前、突然女の子の叫ぶような声がどこからか聴こえてきた。
「なんだろ?」
ボクは好奇心5割、正義感5割で声の方へと向かっていった。
正直嫌な予感しかしないけど、絶対に困っているだろうから放ってはおけない。
――ボクはひとまず様子を探ろうとして建物の影から少しだけ顔を覗かせた。
するとそこには、1人の女の子を3人のモヒカンが囲んでいた。
女の子の姿は少し時代錯誤と言うか、丈の短めの真っ赤な着物を身に纏っていた。
髪の毛は長めの金髪で瞳の色は着物と同じで少し赤みがかかっている。
――外国の人なのかな?
こういう場合って基本的にモヒカンが悪いんだけど、万が一の為に少しだけ様子を見る事にする。
「約束が違うじゃないの! 救世主様の事を知っているって言うから着いて来たのに」
「グヘヘ、俺達がお前の心を救ってやるって言ってんだよ」
「ヒャッハー、お楽しみの時間だぜぇ~」
……うん。間違いなく女の子の方が襲われている感じだ。
ボクは女の子を助けるべく周りに何か武器が無いか探す事にした。
周辺にはバールと木刀と鎌が落ちている。
「――ここは木刀かな」
ボクは木刀を手に持って女の子を助けるべく行動を開始する。
まずはモヒカン達の後ろからゆっくりと、慎重に、声を出さずに、音も立てずに、誰にも気付かれない様に近付いて行く。
――この辺りでいいかな。
ボクは女の子からボクへと注意を引くようにわざと大きめの声をだした。
「お前達、何してるんだ。悪い奴はボクが許さないぞ!」
「なんだぁ、お前?」
モヒカン達がボクに気を取られた瞬間、女の子はスッと体を落としてモヒカンの1人のみぞおちに拳を突き立てた。
直後、その人物はその場に崩れ去り意識を無くしたみたいだ。
「てっ、てめえなにしやが――――る」
隣にいたもう1人が異常事態に気が付いて振り向いた時には、女の子の丈の短い着物からすらりと伸びた足が顔面を捉えた所だった。
そして最後の1人が女の子を後ろから捕まえようとしたので、ボクは木刀をモヒカンの頭に叩きこんで全員倒したみたいだ。
「大丈夫?」
「ありがと、助かったわ」
どうやら女の子は無事みたいだ。
ボクは安心して胸を撫で下ろして女の子に質問をする。
「いったい何があったの?」
「人を探していたんだけど、ちょっと聞く人を間違えてしまったみたいね」
「まあ、あの人達に聞く方も聞く方だと思うんだけど……」
ボクは下で伸びているモヒカン達を見ながら言った。
「実はこの世界の事はまだよく解らないの。けど、こういう人達には関わったらいけないって事はわかったわ」
……この世界?
日本語はかなり上手いみたいだけど、間違って覚えている言葉があるのかな?
「ねえ、君はどこから来たの?」
「私は天聖界から救世主様を探しに来たのよ」
「……天聖界」
どうやらボクが聞いたことが無い国から来たみたいだ。
「ねえ貴方、救世主様って知らない?」
「え? ボクそんな名前の人なんてしらないよ」
「……そう。私には時間が無いからこれで失礼するわね」
「――あ、ちょっと待って」
「何? 私急いでるって言ったはずだけど?」
「君の付けてる指輪が光ってるみたいなんだけど――」
「――指輪?」
女の子は右手を目線の高さに上げると光は更に輝きを増した。
そしてボクはそれを初めて見たはずなのに、なぜか懐かしい様な感覚がした。
「――これは!? 鳳凰から貰った指輪が……あなた名前は?」
「――ボク? ボクの名前はミサキだけど」
「……ミサキ。天聖界に伝わる伝説の救世主様と同じ名前……もしかして、救世主様の生まれ変わりなのかしら――」
「あの~。さっきから1人でブツブツ言ってるけど、どうかした?」
「――――コホン。わたくし天姫と申します。天聖界からミサキ様をお迎えに参りました」
「あれ? 何かさっきまでと感じ違わない?」
「いえ、わたくしは最初からミサキ様を探していました。さあ天聖界にご案内するので一緒にいらしてください」
「え、ちょ、ちょっと引っ張らないでよぉ」
ボクは天姫と名乗る女の子に引っ張られてどこかへと連れていかれてしまう。
華奢だと思ったけどかなりの怪力みたいで、ボクの抵抗も虚しく気が付いた時には何処かの山の入り口に来ていた。
「さあこっちです」
「――あれ、ここ学校の裏山だ」
雰囲気的に流石にこのまま帰る訳にも行かないのでボクは天姫の後ろについて山を登っていくと大きな池が見えてきた。
「ん? ここって確か天龍池だったっけ――って、あれ? どうかしたの?」
「そういえば、どうやって戻るのか聞いて無かった……」
「えっと、じゃあボクこのまま帰って――」
「ちょっと待ったぁ! えっと……そう、そうよ。私をここに連れてきた鳳凰に聞けばいいのよ」
天姫は空に指輪を掲げて叫ぶ。
「さあ鳳凰。出てきなさい!」
天姫の声は山彦になって空の彼方へと虚しく消えていった。
「…………何で来ないのよ!」
天姫は悔しそうに右足を思い切り踏み降ろして地団駄を踏んだ。
力が強すぎるのか少しだけコンクリートで出来ている道にヒビが入る。
もうキャラ作りとか忘れているみたいだ。
「――これからどうするの?」
「ここから来たんですもの、きっと何処かに何かヒントがあるはず――――あ、あれだわ」
天龍池の真ん中には離れ小島があってそこには何やら小さい祠が立っていた。
そして、大きな架け橋が池の両端から離れ小島へと続いている。
「ちょっと、ついて来なさい」
「え、ちょっと待ってよ~」
ボクは天姫と一緒に橋を渡って祠の前についた。
祠はかなり昔の物らしくすっごくオンボロで今にも壊れそうだ。
そして扉は閉まっているけど、鍵はかかっていないみたいだから簡単に開きそう。
「私がここに来た時に開けたのと同じみたいね」
「そうなの? じゃあここを開けたら天聖界って所に行けるのかな?」
「たぶんね。さあ開くわよ――――ぐぬぬ~っ。何で開かないのよ! これじゃ帰れないじゃないの!」
天姫が扉を開こうとしたけど全く開く気配はなくて、怒った天姫がゲシゲシと祠を蹴っているけど全く壊れる気配も無い。
「オンボロなのにかなり頑丈なんだなぁ。――あれ? 祠の上に何か絵が書いてない?」
「――絵? ホントね。ってあれ? 私が開けたのは鳳凰が描かれてたと思ったけど、こっちは龍が描かれているのね」
「そうなの? じゃあ今度はボクが開けてみるよ」
「う~ん。まあ無理だと思うけど、一応試してみますか」
「じゃあ行くよ。――えいっ」
ボクが扉に手をかけて引いてみると、思っていたよりあっさりと扉が開いてしまった。
「……うそ!?」
「……開いちゃったんだけど」
「中に何か入ってないの?」
「ちょっと待って、今から調べてみる」
ボクは祠の中を覗き込むと、奥の方に何やら長いものが立てかけられているのを見つけた。
「――なんだあれ?」
ボクはそれを手にとって祠から取り出した。
「――剣かな? かなり古い物みたいだけど」
「私が開けた時は指輪だったわ。やっぱり私がいた世界の物とは別物なのかしら」
「そうなんだ。とりあえず鞘から出してみるか」
ボクは剣を鞘から引き抜くと、突然剣が光り輝き出した。
「え、なにこれ?」
「――勇者よ。よくぞ我が封印を解いた」
「だれ?」
光が収束してから声のした方を見ると、ボクの目の前に巨大な龍が現れていた。
「りゅ、龍!?」
「貴方は?」
「私は天聖界に危機が迫った時、勇者を天聖界へと導く者」
「君が言ってた事って本当だったんだ」
「――もしかして疑ってたの?」
「いやまあ、いきなりあんな事言われたらねぇ」
「魔王はまだ完全には復活していない。すぐに私と天聖界へと行って再び封印をするのだ」
「そういう事なんだけど、一緒に来てくれる?」
「モチロン。ボク1回こういう事したかったんだよね~」
「ならば私に乗るのだ」
「オッケ~」
「じゃあ私も失礼して」
ボクと天姫は龍の背中に乗ると龍は空へと浮かび上がった。
「わわっ。飛んでる!?」
「振り落とされないようにしっかり捕まっているのだ」
「そう言えば、私はしっかり捕まってなかったせいで途中で落とされちゃったのよね……」
龍が雲の上に行ってしばらく飛んでから雲の下に降りると、そこにはボクの見た事の無い景色が広がっていた。