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精霊物語

雷(ライ)

作者: 東亭和子
掲載日:2016/10/23

 記憶にあるのは寒さだった。

 そして悲しみだった。

 両親のことは記憶になく、気づいたら一人だった。

 どうやって生きていたのかも分からなかった。


「名前は?」

「静(シズカ)」

 青い髪の男が静を見下ろしていた。

「静、何が欲しい?」

「…ご飯」

 静の答えに男は豪快に笑った。

「はっ!いいだろう。

 ゆっくり食えよ!」

 突然目の前に現れたご馳走に、静はかぶりついた。

 よほど腹が減っていたのだろう。

 男はそんな静を見つめ、目を細めた。


 男は雷の精霊で、自然の驚異を司る。

 外見は青い髪と目をした美しい男だ。

 名前を雷(ライ)という。

 幼い静は、雷と出逢った。

 雷の気まぐれで、静は救われた。

 雷は静に欲しいものを聞いた。

 静はそれに答えた。

 その答えはいつも雷を喜ばせた。

「お前は欲がない。

 もっと欲しいものはないのか?」

「ご飯があればいい。

 布団があればいい」

 それで生きていけるのだから。

 静の願いはささやかなものだった。

 雷は笑って静の頭を撫でた。


 雷は静にご飯をくれた。

 家をくれた。

 布団をくれた。

 でも、夜にはいなくなった。

 静は夜になると思い出した。

 寒さを。

 悲しみを。

 そうして泣きながら目が覚めた。

「雷!助けて…!」

 怖かった。

 一人は怖かった。

 傍にいてほしかった。

 一人は慣れていたはずだった。

 なのに、雷という暖かな存在を知ってしまった。

 だから孤独に耐えることが出来なくなった。


「どうした?」

 ふわりと雷が部屋に現れた。

 青い髪が光っていた。

 静は布団を投げだし、しがみついた。

 雷はとまどい、ただ静を抱きしめた。

「どうした?」

 優しく頭をなでて雷は聞いた。

「一人は、嫌。側にいて…」

 静は泣きながら雷に訴えた。

 一人にしないで、と。

「いいんだな」

 雷は聞いた。

 静は何度も頷いた。

「分かった。

 ずっと傍にいてやるよ」

 雷の返事を聞いて、静は安心した。

 そうして雷の顔を見て微笑んだ。

 雷が優しく頭を撫でる。

 静は急に力が抜けた。

 安心して眠くなったのだ。

 しがみついて眠りに入った静を優しく抱き上げ、雷は一緒に布団に入った。

 こういうのも悪くない、と雷は思った。


 次の日、静は一緒に眠る雷を見つけて嬉しくなった。

「おはよう、雷」

 そう言って雷を起こした。

 それが静の日課になった。

 一緒にご飯を食べ、一緒に笑い、話し、そうして夜には一緒に眠った。

 幼い静を雷は見守った。

 父親のように、母親のように。

 雷はそれが嫌ではなかった。

 初めての感情。

 それを心地よいと思った。


 そして出会ってから十年後。

 静が十七の年、雷は静を守護した。

 静は永遠を手に入れた。

 精霊の守護を受けたものは、不老不死になる。

 命の時間を止めて、精霊とともに永遠を生きる。

 それは選ばれた人にのみ与えられた特権。

 精霊に選ばれた人間のみに与えられるものであった。

 精霊がそれを望み、人もそれを望んだ時に永遠は手に入る。

 過去、この世界には沢山の精霊がいた。

 だが、精霊は気まぐれの存在。

 人を気に入ることは少なかった。

 だから、守護を受けた人は少なく、あまり知られていないことだった。


 静は永遠と同時に故郷を失った。

 それから静は旅を始めた。

 どれだけ旅をしたのか、もう覚えていない。

 それほど長く、生きてきた。

 雷が傍にいるから、寂しくなかった。


「この世界から精霊が消えることがあっても、私たちは消えることはないわね」

 だって雷には静がいる。

 存在を絶対に信じている静がいる。

 だから世界が滅びるまで、きっと二人は一緒だろう。

「…後悔はしていないか?」

 長い時を死ぬことが出来ずに生きる。

 それはたまに苦痛になるだろう。

 精霊である雷は当たり前であるから、苦痛とは思わない。

 でも静は人だ。

 きっと考えるだろう。

 そんな雷を見て静は苦笑する。


「雷は私の影響を受けているのね。

 随分感情が豊かになったわ。

 精霊なんて自分のことしか考えない存在なのに、私のことばっかり考えて」

 ほんとに精霊らしくない、と静は雷に抱きついた。

 確かにそうかもしれない。

 静と出会って色々な感情を知った。

 喜び、怒り、悲しみ、恐れ。

 そしてそれが当たり前になっていった。

「大丈夫。私は何も後悔していないわ。

 ずっと雷の傍にいる。

 雷だけいればいい」

 静の言葉に安堵し、雷は静を抱きしめる。

 世界が終焉を迎えても、二人はどこまでも一緒にいよう。

 それが永遠を誓ったということなのだから。


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