雷(ライ)
記憶にあるのは寒さだった。
そして悲しみだった。
両親のことは記憶になく、気づいたら一人だった。
どうやって生きていたのかも分からなかった。
「名前は?」
「静」
青い髪の男が静を見下ろしていた。
「静、何が欲しい?」
「…ご飯」
静の答えに男は豪快に笑った。
「はっ!いいだろう。
ゆっくり食えよ!」
突然目の前に現れたご馳走に、静はかぶりついた。
よほど腹が減っていたのだろう。
男はそんな静を見つめ、目を細めた。
男は雷の精霊で、自然の驚異を司る。
外見は青い髪と目をした美しい男だ。
名前を雷という。
幼い静は、雷と出逢った。
雷の気まぐれで、静は救われた。
雷は静に欲しいものを聞いた。
静はそれに答えた。
その答えはいつも雷を喜ばせた。
「お前は欲がない。
もっと欲しいものはないのか?」
「ご飯があればいい。
布団があればいい」
それで生きていけるのだから。
静の願いはささやかなものだった。
雷は笑って静の頭を撫でた。
雷は静にご飯をくれた。
家をくれた。
布団をくれた。
でも、夜にはいなくなった。
静は夜になると思い出した。
寒さを。
悲しみを。
そうして泣きながら目が覚めた。
「雷!助けて…!」
怖かった。
一人は怖かった。
傍にいてほしかった。
一人は慣れていたはずだった。
なのに、雷という暖かな存在を知ってしまった。
だから孤独に耐えることが出来なくなった。
「どうした?」
ふわりと雷が部屋に現れた。
青い髪が光っていた。
静は布団を投げだし、しがみついた。
雷はとまどい、ただ静を抱きしめた。
「どうした?」
優しく頭をなでて雷は聞いた。
「一人は、嫌。側にいて…」
静は泣きながら雷に訴えた。
一人にしないで、と。
「いいんだな」
雷は聞いた。
静は何度も頷いた。
「分かった。
ずっと傍にいてやるよ」
雷の返事を聞いて、静は安心した。
そうして雷の顔を見て微笑んだ。
雷が優しく頭を撫でる。
静は急に力が抜けた。
安心して眠くなったのだ。
しがみついて眠りに入った静を優しく抱き上げ、雷は一緒に布団に入った。
こういうのも悪くない、と雷は思った。
次の日、静は一緒に眠る雷を見つけて嬉しくなった。
「おはよう、雷」
そう言って雷を起こした。
それが静の日課になった。
一緒にご飯を食べ、一緒に笑い、話し、そうして夜には一緒に眠った。
幼い静を雷は見守った。
父親のように、母親のように。
雷はそれが嫌ではなかった。
初めての感情。
それを心地よいと思った。
そして出会ってから十年後。
静が十七の年、雷は静を守護した。
静は永遠を手に入れた。
精霊の守護を受けたものは、不老不死になる。
命の時間を止めて、精霊とともに永遠を生きる。
それは選ばれた人にのみ与えられた特権。
精霊に選ばれた人間のみに与えられるものであった。
精霊がそれを望み、人もそれを望んだ時に永遠は手に入る。
過去、この世界には沢山の精霊がいた。
だが、精霊は気まぐれの存在。
人を気に入ることは少なかった。
だから、守護を受けた人は少なく、あまり知られていないことだった。
静は永遠と同時に故郷を失った。
それから静は旅を始めた。
どれだけ旅をしたのか、もう覚えていない。
それほど長く、生きてきた。
雷が傍にいるから、寂しくなかった。
「この世界から精霊が消えることがあっても、私たちは消えることはないわね」
だって雷には静がいる。
存在を絶対に信じている静がいる。
だから世界が滅びるまで、きっと二人は一緒だろう。
「…後悔はしていないか?」
長い時を死ぬことが出来ずに生きる。
それはたまに苦痛になるだろう。
精霊である雷は当たり前であるから、苦痛とは思わない。
でも静は人だ。
きっと考えるだろう。
そんな雷を見て静は苦笑する。
「雷は私の影響を受けているのね。
随分感情が豊かになったわ。
精霊なんて自分のことしか考えない存在なのに、私のことばっかり考えて」
ほんとに精霊らしくない、と静は雷に抱きついた。
確かにそうかもしれない。
静と出会って色々な感情を知った。
喜び、怒り、悲しみ、恐れ。
そしてそれが当たり前になっていった。
「大丈夫。私は何も後悔していないわ。
ずっと雷の傍にいる。
雷だけいればいい」
静の言葉に安堵し、雷は静を抱きしめる。
世界が終焉を迎えても、二人はどこまでも一緒にいよう。
それが永遠を誓ったということなのだから。