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演者

 学校の名前が印字された、下部は青く上部は白く塗装されたバスは停留所の前に滑る様に走ってきては止まった。寮はあると言えども、近隣から来る生徒も多いのだろう。毎朝かなり高い乗車率だ。


 吸い込まれるように彼ら、彼女らは乗車していく。涼しい空気が外に向けて流れているのを感じながら純香も乗車する。彼女は生徒証を運転手に見せつつ、お願いしますと会釈をした。運転手も微かに会釈を返す。


 肩にかけたカバンを背負いなおしながらざっと車内を見る。椅子は外から見た通りにあらかた埋まっていた。バスの後方は一段高くなっている。後ろの方まで詰めた場合、揺れで朝から車酔いになる事を彼女は回避したかった。空いている席に座るのも良いが、知らぬ人が隣に来るのも落ち着かぬと彼女は思う。だから立つ事に決める。


 彼女は後部の扉に向かう。そこは座席と扉。そして一段高い席に座る人が落ちぬ様にと板が張られている関係上、通路よりも広い空間が有った。降りる時に、扉の開閉センサーに引っかからぬ様に気を付けてさえいれば、壁に寄りかかる事も出来、尚且つ人に圧迫されることも無い場所だった。


「ふう……」


 扉に寄りかかりながら一息つく純香。彼女は丁寧にアイロン掛けされた淡い青のシャツからハンカチを取り出し、顔の汗を拭う。冷房に慣れ切った現代の人間は、慣れ親しんだ地元の気候さえも辛く感じるのだ。


 これが化粧をした大人の女性であるならば、化粧直しという車内で行うと白い目で見られる常識を知らぬ行動に及ぶ必要が生まれたかもしれない。しかし校則で禁止されている為、彼女はノーメーク。すっぴんである。


 汗を拭ったハンカチをたたみ直しポケットに仕舞い込んだ彼女は、冷房の清涼感を楽しみつつ外をぼおっと眺める。窓の外では相も変わらず吸い込まれる生徒たちが居た。その向こうでは忙しそうに往来する人々が居る。


「ああ、純香ちゃん。おはよう」

「あっ先輩。どうも」


 自分の前に来た顔見知りの青髪の少女と挨拶を交わし、再度外を見る。

 数年前までこの街はここまで人は多くなかった。車内にもゆとりがあった。

 並ぶ学生の最後の一人がバスに吸い込まれた時、空気の抜ける音と共に前方の扉が閉まる。


「海光学園直通バス発車します」


 バスの発進を運転手が告げる。彼女は学園の名前を聞き一瞬だけ身を強張らせた。幾月過ぎても慣れないのである。


 一瞬の振動と後ろに引かれる感覚が彼女にバスが発車した事を教える。景色を後ろに流しバスは進む。目的地は学園。小中高一貫のエスカレータ校。嘉手納基地を喰らい潰し現れた魔法少女の拠点。そして彼女の家族とその他大勢の眠る巨大な墓標へと。




 彼女は胸中に複雑な思いを抱えながら、祖父に言われたことを思い返す。

 朝の事である。朝食の最中に祖父から仕事を頼まれたのだ。


「米軍機を撃墜した個体を探ってほしい」


 それが祖父から彼女への頼みだった。そして彼は彼女に数枚の写真を渡す。不鮮明なその写真に写っていたのは、赤い人影だった。


「従来の個体が進化した結果なのか、それとも新しく出現したのか。それを探ってほしい。出来る事ならある程度の関係も築いて欲しい。辛いとは思うが……頼めるかい?」


 彼女は首を縦に振った。


 魔法少女という種族は各地に拠点を有している。拠点と言っても自宅という意味ではない。基地と称した方が適切だろう。その拠点を中心に彼女らは活動する。そこを破壊できれば、彼女らの力を大いに減じる事が出来る。


 何故そのような結果になるのか。人類はその問題に対し有力な説を立てる事がまだ出来ていない。しかしデータはある。


 とにかく近隣の魔法少女のほぼ全個体はそこに集い、敵に堕ちた十台前半の、魔法少女の人間に換算した場合の肉体年齢と同等の人類もまたそこに集まる傾向がある。

 そこに潜入し、情報を収集するのが彼女の役目だ。


 まるでスパイ映画、とは彼女の言だ。




「まもなく海光学園」


 運転手のそのアナウンスに、彼女ははっと正気に帰る。寄り掛かっていた扉から少し離れる。


「あの、ちょっとすみません」


 顔をしかめ、そう言いながら人混みに体を擦り寄せる。そうでもしなければセンサーに引っかかる部分。黄色いラインから出ることが出来ないからだ。押されている少女もそれを心得ているので、迷惑そうな表情ではあるが後ろに下がる。


 純香と青髪の少女の努力により、純香はセンサー部分から抜け出す事に成功する。


 その時であった。バスが停止したのは。


「きゃっ!?」


 体を支える物も無く、センサー部分に再び踏み込まぬようにギリギリの所で踏みとどまっていた純香は体勢を崩す。


「純香ちゃん大丈夫?」


 青髪の少女が純香のくびれの辺りに腕を回し支える。二人は向き合う形で密着する。


「大丈夫です。ごめんなさい」


 電子音が響き扉は開く。純香は急いで彼女から身を引き剥がし、飛び降りる様にバスから降りる。

 その勢いのまま一学年の入り口まで走って行く。


「なんだろう? あ、すみません」


 後ろから早く降りろとせっつかれつつ、青髪の少女は頭を捻っていた。




 昇降口に飛び込んだ純香は靴を下駄箱に押し込み、上履きに急いで履き替える。そのまま周りの目を気にすることも無くトイレに駆け込み、手を念入りに洗う。


「ちっくしょう……」


 気持ち悪い。純香の頭にあるのはそれだけだった。本当ならば服を全て脱ぎ、体を水で洗い流したい。しかし朝の学校でそれを行うというのは不可能だ。故に彼女はそれの代償行為として手を洗う、という行為を行った。


 口数が少ない青髪の少女のあまり居ない友人の一人。周囲から見れば仲の良い先輩と後輩だろう。少女も純香の事を、自身にとって心地よい距離感を維持してくれる良い後輩だと考えているだろうと、純香は思っている。


 そう思われるように立ち回った。

 人類が第二世代初期種と位置付けている個体。限定的な超感覚的知覚能力及び念力能力を有しているだけの、まだ人類の敵とはなり得なかった第一世代が進化したと考えられる。

 俗に言う変身能力と、人類の記憶を改ざんする能力を有する最初に確認された個体。それが青髪の少女。水野渚(みずのなぎさ)である。


 水野渚を監視し、魔法少女の特徴を探るのが純香の最初の仕事だった。そして彼女は純香の家族の仇でもあった。水野渚が表れた場所はこの学園であり、出現と同時に学園が出現したのだから。基地祭に訪れていた多くの人々を消滅させて。


 忌々しい奴に触れてしまった。純香はそれに耐えられなかったのだ。


「今に見ていろ……」


 顔を水で洗い、蛇口を閉じる。顔を手をハンカチで拭き。濡れたそれをカバンに押し込む。すると何時もの楽し気な表情が彼女に帰ってきていた。




「おはようございます!」


 教室に向かう間、教師に出会う度に挨拶を交わす純香。おはようございます。おはようございます。戸籍も何も無い。学園が出現する以前の記録が一切ない木偶人形に笑顔で元気に挨拶する。


 そのまま元気に教室に入ると、彼女は違和感を覚える。いつも早く登校して本を読んでいる隣席の少女が居ない。敵側に堕ちたと言えども同胞である以上、それなりの付き合いはする。魔法少女という一点が絡まなければ、正しく友人と呼べる存在である。

 博学である少女の知識量に純香は内心尊敬もしていた。そんな少女が居ない。


「ねえ高橋さん。野辺さんは? 風邪?」


 もう一人の友人に問いかけてみるも、返ってきたのは怪訝そうな表情だった。その表情に彼女は、ああ、と納得する。そして一抹の寂しさも覚える。


「野辺って誰?」

「ああ、ごめんごめん。寝ぼけてたみたい。恥ずかしいから忘れてよ。ねっ? ところでさ……」


 適当な話題を取り留めもなく喋る。友人が消えるのは慣れないが、取り乱す程回数は少なくない。これ以上の追及を避けるため、下らない話題で塗りつぶす事を彼女は選んだ。


「っと。そろそろ時間だねえ。転校生ちゃん遅いねえ。遅刻? 終業式に遅刻かな? 随分とロックだね」


 冗談めかして長髪の少女は言う。純香は転校生という言葉に興味をそそられる。転校生の情報を知る為に何とか誘導しようと口を開いたとき、教室の扉は荒々しく開かれた。


「たあー! ぎりぎりセーフ!」


 そう叫び飛び込む影。純香はその少女と面識が無かった。ただ、その髪の赤。それには見覚えがあった。


 幸先が良いのは素晴らしい。だけど少しうるさいと純香は思う。

 純香はすっとカバンから携帯を取り出し、メールを送る。

 横から覗かれても日常のやり取りにしか見えぬ暗号で。


 目標である可能性が高い個体を発見した、と。

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