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夜にて

 グアムより飛び立った米国解放戦線所属のB-52戦略爆撃機三機は北西へ進路を取った。暗灰色の全長約四十九メートル。エンジンを八基搭載した怪物とも呼べる機体である。

 各部の小さなライトを光らせ、一番機を先頭に矢じりの様な編隊を組むその怪物の目標は、沖縄県嘉手納基地。かつて在日米軍の極東における一大拠点であった場所だ。


 ともすれば鈍重な動きを見せると思われるその巨体は、大出力の機関により見る人の予想を超える軽やかさで高度を上げる。

 大出力で巨体を飛ばす。単純明快であり、何よりも理に適っている理屈を体現したこの航空機。初飛行より八十年近くが経過していても、いまだ現役であり続けることから如何に傑作であるかが分かるだろう。

 頑丈でいて、信頼性も高い。現場の兵士達が何よりも求める物。それをこの機体は兼ね備えていた。


 幸か不幸か。宵闇を切り裂いて進む三つの翼の目的地は快晴であった。条件だけで見れば楽なフライトである。


 機首部分。拗ねた様につんと突き出た口の上。目元に当たる部分の風防は黒く、内部のコックピットは外側から完全に見えなくなっていた。

 風防の向こう側。内部のコックピットに居る彼ら、解放空軍兵士達の顔には一切の楽観、余裕は無かった。同盟国である日本へ向かう筈であるのにかかわらず、顔は緊張で強張り、その眼には深い悲しみが湛えられていた。


 その理由は単純であった。彼らの任務。そして機体に満載した積み荷と現状がそうさせるのだ。


 空爆作戦。彼らが慣れた作戦。それを同盟国であった者達。そして同胞。それらに死の雨を降り注ぐ事を彼らは決して望んでは居なかった。




 道中で合流する筈の旧自衛隊機の搭乗員も、その他全ての作戦要員もまた自分と同じ想いであろうと、一番機機長ダニエル=コーウェン空軍少佐は一瞬だけ眼を瞑る。これまでに散った者達に、そしてこれから散り行く者達に。ただひたすらに安寧が訪れる様にと祈る。その祈りを成就させるべく、彼は目を開ける。


 風防はモニタで完全に塞がれていた。モニタが彼らの眼だった。肉眼で外を視認させない。航空機に行う、いや航空機だけではない。全ての乗り物に対して行う処置と考えれば狂気の沙汰とも思えるこれは、彼らを守る為、絶対に必要な代物であった。



 彼らの敵は目視してはいけない。



 その為に外部にカメラは増設された。対象を撮影し、即座にディジタルに変換する。それをしてようやく彼らは『それ』を見ることができる。人として、正気を保ったまま視ることが許される。

 おぞましきモノ。見れば魅了され、下僕と化してしまう。

 一部の例外。共通点もない。ただ運が良いだけの人。それを除いて。


 自分がそうであると願い、一抹の希望を胸に目視する。そんな分が悪い賭けにベットする無謀さを発揮するには、彼らは現実主義者でありすぎた。




 巡航速度で飛行を続けること、一時間半。沖縄まで残り約千キロの地点。


合流地点(ランデブーポイント)到着」


 副操縦士アラン=ガーランドはダニエルに報告する。もっともダニエルは言われずとも承知していた。


「レーダー上に敵味方識別装置(IFF)反応あり。友軍(ブルー)です」


 間髪いれずにレーダーナビゲーターがダニエルに知らせる。


「日本軍か」

「その様です」


 彼は時間を確認する。作戦開始時刻丁度になる様に、入念に調節した時計だ。日本製で頑丈だと評判の軍人の友。それは合流予定時刻より、六秒後を示していた。ダニエルは、今の会話で大まかな時間を逆算する。結果、彼は時刻丁度に自衛隊機が出現したことに気が付く。当然、自機が到着した時間も。


「良いぞ。丁度だ。丁度に出てきた。一分一秒もずれてない。流石だよ」


 ダニエルは軽い調子でその様に言う。一見『日本軍』を褒めているようで、その実彼らは自分等を称えて居るのだ。

 この冗談に搭乗員達はニヤリと笑う。笑う気が無くても無理やり笑う。バリエーションは違えど、お馴染みのやり取りだからだ。これをやらねば、彼らの作戦は始まらないと言っても良い。


 どんなに気が進まぬ作戦でも上が命じれば遂行する。頭を切り替え、最善の選択をする。その為には適度な余裕は必要であるが、過度な緊張は必要無かった。


「はは、本当に優秀ですなあ。……回線開きます」


 さて、ジョークはここまでだと、彼らの顔から笑顔が消える。頭を完全に仕事に切り替えるのだ。


『こちら海上自衛隊DDCVあまぎ所属、第一飛行隊。貴殿らの所属を答えられたし。……淑女は乗っておられるか』


 日本訛りのきつい英語だった。更にイギリス英語の癖もかすかに混ざっている。そんな奇妙な英語の使い手から発せられたのは、何の感情もうかがい知れぬ声だった。一同は顔を見合わせる。


「こちらアメリカ解放戦線アンダーセン空軍基地所属。彼女の導きで地獄巡りを始めるところだ」


 アランは符丁を返す。無線の向こうからホッとした様な気配がし、彼らは安堵を覚える。少なくとも向こうはまだ正気であるという確証が得られたからだ。


 彼らの下に広がる雲海。その一部が水のように一瞬だけ盛り上がり、四機が浮上する。黒い塗装、主翼には鮮やかな赤い丸。それは確かに日本の所属であることを示した物だ。


 ともすれば不格好に太った様にも見えるそれは、先進国各国の技術を結集し造られた最新鋭機だ。

 名前をF-35CJライトニングⅡ。最新鋭ステルス機であり、それの日本仕様である。


「ほう、よくぞ逃げ出せたものだ。心強い」


 ダニエルは呟く。実際、ステルス機が健在というのは限られた戦力しか有さず、補給も望めない彼らにとって大いなる福音であった。


 この戦力は彼らには知らされていなかったのだ。肉眼で目視した者は高確率で敵となる。その性質上、作戦には万全の機密性を確保することが求められた。彼らが知りえた大まかな情報は、道中で自衛隊残存戦力と合流。嘉手納基地を、その腹に大量に満載した対地ミサイルで攻撃。その後反転、帰投する事である。

 自衛隊側はどのような戦力を投入するか、また他に陽動作戦はあるのか、その他の戦力はどうなっているのか、彼らは知らない。知る必要が無かった。


『貴殿らは我らがエスコートする。存分に腕を奮ってくれ』


 四機は更に浮上し、互いに腹を見せる形で編隊を解く。そしてB-52の編隊。その前後左右に腰を据える。余りにも巨大であり、死の鳥とも呼ばれた成層圏の要塞を護衛する。周囲を固めるそれの姿はさながらに騎士である。


「こちら一番機機長、ダニエル=コーウェン少佐だ。貴殿らに感謝する」


 それを目を細めて見つめるダニエル。日本軍初の『敵地攻撃任務』が彼らが守る筈であった祖国であるとは、何の皮肉であろうか。神はなんと残酷な試練を彼らに与えるのだろうか。

 ダニエルは祈る。その様な試練を乗り越え、彼らに安寧が訪れる様にと。そして遠い祖国に残した自らの家族も、また平穏であるようにと。




 彼らが嘉手納を目指す理由。それは前線拠点として、戦略的に有用であるからに他ならない。各先進国、そして人口が多い国々。それらは『奴ら』に侵略された。日本を初め、各国は次々に陥落し、その国の主人は人類から『奴ら』に代わった。


 もう一つの理由。それは未だ、混乱しているからである。混乱し、防備が整っていないこの現状を逃せば、最前線であるグアムの戦力では陥落せしめることが出来なくなる。

 しかし、混乱しているのは敵側だけではない。敵の手に堕ちた同胞だけではない。正気である人類もまた混乱していた。


 故にこの作戦に投じられた戦力は、現段階における最大限の戦力であった。


 この三機と四機で敵拠点を空爆し、戦力を損耗せしめることが彼らの任務である。

 空爆するだけならばF-35でも可能だろう。B-52を投じる必要性は無い。

 それでもなお、この飛行する要塞を投じるのは、それは『奴ら』にメッセージを伝える為だ。


 座して滅びる気は無い。


 その為に、ステルス能力が無い戦略爆撃機を投じる。未だ正気である同胞達。未だ諦めずに戦っている同胞達に自らは健在であると知らしめる。


 人類の誇りを示す。


 その為の作戦であった。かつて世界の警察と自負した米軍の、その誇りを世界に示すのだ。


 任務の途中で死する事は許されない。機体の放棄も許されない。無傷で帰投する事のみが許される。


 異形の敵に対する任務。混乱していても、防衛力では世界有数の能力を有する日本国。それらと相対するには、彼らの戦力は小さすぎた。


 それでも彼らは前進する。


 祖国を取り戻す為、家族を取り戻す為に。おぞましき敵を殲滅する為に。星々が照らすこの空を切り裂いて、近くて遠い、日本の空へと。

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