十年後、春
人生ってほんとに何が起こるかわからないよな。
俺は後輩の運転する軽トラの助手席から渋滞待ちの合間にデパートの大型テレビに映る坂本を見ていた。
『ほんでね!そこで僕。ぶん殴られてぇキーーンなってぇ!』
『お前ずっとキーーンなっとるやん!』
『で……そこからずっとキーーンですわ!』
『てかキーーンってなんやねん!』
『キーンはキーーンやがな!』
お笑いコンビ『キーン』のボケ担当坂本……
謎の単語『キーーン』が大流行し、今では売れっ子芸人だ。
俺はというと……
「先輩。次の現場○町らしいすよ。たしか先輩の地元っすよね?」
「ああ……」
……配管工のチームリーダー。
そうか。
○町か……家を飛び出てから初めて帰るな……
龍二は……どうしているだろうか?
やめろ……10年も会っていないし、今はどこにいるかもわからないのに。
「○町ってどんなとこすか?」
「そうだなぁ……」
あの本屋やパン屋はまだあるかな?
「フツーのとこだよ」
「そすか……先輩これが終わったら式あげるんすよね?」
「うん」
俺には嫁と子供がいた。
結婚式は上げてなかったのだが、嫁がどうしてもウェディングドレスを着たいと言うので俺は遅ればせながらささやかな式をあげることになった。
憂鬱なのは……嫁はともかく。
俺には結婚式に呼ぶ友達なんて一人もいないってことだ。
「式……お前くるか?」
「いや、いいす」
「……」
だよな。
ピリリと携帯がなったので俺は出た。
またこの人か……
「はい」
「近藤くん……あの話……」
「もう勘弁してくださいよ」
俺が高校時代に書いたあの小説を本にしたいという話……
未完の名作としてネットでちょっとした騒ぎになっているという。
ネットこええ。
「俺は続きを書く気なんかありませんから」
切った。
小説なんてもう……
ひさしぶりに帰ってきた町はずいぶん淋しくなっていた。
俺が作家宣言をした本屋。
龍二といつも行っていたパン屋……なじみの店はあらかた跡形もなくなっていた。
「……豆腐屋?」
ピロリ~♪ピロリ~♪
ラッパの陽気な音が辺りに響き渡った。
背の高い緑色の髪の坊主の男が屋台を引いている。
あっという間に子供達が集まってきた。
「メロンパンのおじさん!」
「メロンパンのおじさん!」
「ぷっ……」
確かに屋台をひく男の髪型はメロンパンのようだ。
店の名前が『ドラゴンブレッド』?パン屋?しかし屋台のパン屋って珍しい……
「……京平?」
「……え?」
屋台の男がなぜ俺の事を知って……
「京平じゃねーか!ひさしぶりだなぁ!」
「……龍二ぃ!?」
俺と龍二は安い居酒屋でそれぞれの十年を語り合った。
「お前が俺のやりてーことを見つけてくれたんだ。俺は感謝こそすれ恨んでなんかねーよ」
龍二は俺が町を出て二年目になって目を覚ました。
なにをするわけでもなく毎日あのパン屋に足を運んでいると店長は龍二にこう言った。
「……そんなにウチのパンが好きならパン職人になってみんか?ワシはそろそろ店をたたもうと思ってる。店はなくなってもパンの味は誰かに引き継いでほしい」
「え?」
「何年も修行して海外なんかもいってな。今度自分の店をだす」
「すごいなぁ!」
「すごいのはお前だ。嫁さんも子供もいるなんてな。本も出すんだろ?」
「いや……それは」
俺が言葉に詰まっていると龍二は俺の肩を叩いた。
「モデルの俺が出せっていうんだからだすんだよ!いいな!?それで俺の店でサイン会しろ!」
「パン屋で?」
それはいいかもな……
ところで
「龍二。よかったらだけど俺の結婚式こない?」
「……そりゃ当然いくだろ?」
……ありがとう。