冬②春へ。
卒業間近のこの日、照明を薄暗くした体育館に全校生徒が集められ静かに着席している。
俺は龍二の方を見た。
車椅子に乗り、意思のないどんよりした目で一点を見つめている。
体の怪我は大したことなかったものの頭を強く打ち龍二はなにもかも忘れてしまった。
一言も喋らない。
感情すら失ってしまった。
『それでは!なろデミーコンテストの結果発表!』
壇上には遅咲きのライトノベル作家の勅使河原愛之助が司会をしていた。
『まずランキング第11位!坂本君!おめでとう!』
「……!?!?」
坂本が11位!?悔しいなんてもんじゃないだろうな……。
坂本は放心状態で賞状を受け取った。
『そう落ち込むな。まだ書籍化の夢は終わってないぞ?』
そして放心状態で席に戻った。
そうだ。
続けていればいつかは本を出せるかもしれないのが、なろうのいいところだ。
俺は完全に諦めていた。
『いよいよ!書籍化作家の発表じゃ!』
……
『第9位!おめでとう!!!国光龍二君!さあ!壇上へ!』
「そっか……」
うん……やっぱりな。
校長が勅使河原に耳打ちした。
『えー……国光君は壇上には上がれないということで……とにかくおめでとう!』
割れんばかりの拍手……俺も手を叩いたが、龍二は無表情で動かないままだ。
残念だけど作者がこれじゃ書籍化は無理だな。
「さて……」
書籍化も雛大への推薦入学の道も断たれた。
どうしようか……アルバイトしながらなろうを続けるか……?
「……おいっ!早くいけよ!」
「近藤君!はやく!」
ん?
ボーッとしていたらなにやら周りが騒がしい……
『……第10位!近藤京平君はいないのかね!?』
えっ!?
「俺!?」
「だから早くしろって!おめでとう!」
クラスメートが背中を押してくれた。
俺が……10位!?
ドッキリじゃないよな?
『最強のドラゴンがどんどん弱くなるという設定が素晴らしかった。今後の展望なんかをファンのワシに少し教えてくれんかな?』
生徒会の女の子が俺にマイクを向けた……緊張する。
『えー……これからドラゴンは復活します』
『ほう?』
そうだドラゴンも龍二も……復活するんだ。
だから龍二……。
「ひいぃいいっあっあっ!」
なんだ!?
誰かが奇声を上げた。
ライトがそちらの方に当たる。
……ナイフを持った坂本だった。
「僕が負けるはずないぃぃ!あきゃああああ!」
『な……なんだね君!?座りなさい!』
「11位?11位?11位?そうだ!10位の近藤を殺せば僕が10位じゃーーん!簡単だぁ!」
やべぇ!完全にイッてる!
突然のことに誰も動けず、坂本はナイフを構えて俺に向かって走ってきた。
「やめ……坂本!やめろって!」
「死ね!死ねよ!死んでください!ねっ!?お願い!ねっ!?」
うわっ!うわわっ!後ろに下がってなんとか避ける。
「やめなさーい!警察を呼びますよ!ただちにやめなさーい!」
教師は遠くから叫ぶだけ……情けない!
「このやろう!ワシだってまだまだ……かかってこい!」
勅使河原愛之助はシャドーボクシングを始めだした。
やめとけじいさん!死ぬぞ!
「死ねぃ!」
「うひぃっ!」
情けないことに目を閉じてうずくまってしまった。
「……?」
なにも起きない?
どうなった?
俺は目を開けた。
「……ドラゴン?違う……」
龍二が坂本の腕を握って立っていた。
「はなせ……よ。いたい。ごめんなさいて……」
「……」
「はきゃっ!?」
ポキリと音がした。
龍二が坂本の腕を折ったのだと思った。
とんでもない握力だ。
「俺の友達に……」
「はーー!!」
「……なにしてくれてんだあぁぁ!」
最強のドラゴンの最強の一撃。
顔面を殴られた坂本は折れた歯を口から吐き出しながら宙を舞った。
そしてぐしゃりとパイプ椅子の上に落下して動かなくなった。
……
「龍二!」
「……」
俺は正面から龍二の肩を揺すった。
「おい……」
「……」
龍二はまたガラスのような目をした感情のない人形に戻っていた。
「ごめんなさい……」
俺は龍二の肩に手を置いたまま泣いた。
ここでやっと教師たちが壇上に上がってきた。
『なろデミーコンテスト結果発表……※追記』
先日発表されたコンテスト書籍化作品発表ですが、ランキング第9位、第10位の作品にトラブルがあったため、書籍化中止、第『12、13位』の作品を繰り上げで書籍化決定し……
坂本は少年院に送られた。
龍二は……過剰防衛で退学になった。
俺は……自分だけ書籍化するなんてどうしてもできなかった。
無断で小説とアカウントを削除して……退学した。
龍二は家族に連れられて大きな病院へ行ったらしい。
……10年はあっという間に過ぎた。