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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
第二章:禁忌の実験
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一話:悪の術式

《コラム6》

 甘党のオトツグは、子供用甘口カレーでも辛いと嫌煙しているらしい。

 暗い場所に居た。

 何処までも暗く、闇色の風景が広がる世界。

 ここには何も無い。

 人も、建物も、空も、地面でさえも存在しない。


 空っぽの世界に存在してしまった【ワタシ】は、恐らく、その存在を呑み込まれてしまうだろう。

 時間の問題だ。

 それに抗う術は無い。

 抗う気も、無い。


 この世界は穏やかだ。

 空っぽで何もない、立っているのか浮いているのかさえ曖昧な世界。

 その代わりに争うという概念さえも存在しない。

 争い奪うべきモノが何も無ければ、争う必要が無い。


 そう、平和だ。

 誰もが心の奥底で渇望する、恒久的な平和がそこにはある。

 この世界では全てが等しく、全てに平等に、価値が無い。

 そうだ。なまじ、価値なんてモノがあるから、人は争うのだ。全ての人間から、いや、森羅万象の全てから価値を奪ってしまえば、人は争うことを辞めるだろう。

 それは生きていないと同じかも知れない。けれど、それでいい。私利私欲の為に無意味に争いを繰り返し、あまつさえ地球という巨大な器さえも破壊してしまおうとする人間に、生きている価値は無い。

 そんな厄介な存在等、死んでしまった方が良い。よっぽど世界の、いや地球の為になる。



――本当に?



 口を動かすが、音波を伝える空気すら無い世界では、声は耳に聞こえなかった。いや、音波という概念が無いのだろう。

 本当に、それが正しいのか?

 そう問いたかった。


 人は、確かに破壊の限りを尽くす。

 それは何の為でもない。ただ私利私欲の為だ。


 しかし、その度に再生を行ってきた。

 それは何の為でもない。ただ私利私欲の為だが、人は再生が出来る。



――死んで良いと思うのは、私利私欲、か。



 人の生死を人が定めて良い権利は無い。

 況してや、人が住む世界の行く末を、一個人が定めるなんて、例えそれがどんなに気持ちの良い理由であっても、ただの傲慢でしかない。

 おこがましいにも程がある。



――なら、世界に絶望した者は、ただ一人で消えるべきか……



 自問自答の中、何か達観を得て呟き、【ワタシ】は世界と同化しようと瞼を閉じかけたその時、迸る程の光の奔流が【ワタシ】を包み込み闇色の世界から追い立てた。











 何か大切な夢を見ていたような気がする。

 それが何だったのかは、思い出せない。

 ぼんやりとした意識の中、雨田音嗣は先程まで見ていた夢に思いを馳せていた。断片すら思い出せないが、とても心地好かった気がして、もう少しの間、それを感じていたかった。


 しかし、いつまでもそうしては居られなかった。

 徐々に現実味を取り戻して行く意識が、とんでもない状況を伝えて来たからだ。


「……何だ、これは?」


 まだ霞む視界が捉えたモノは、革製の拘束具に縛られた自身の両手足。

 そして視界が晴れた先に見えたものは、用途不明の昆虫の足のような形状の、錆び付いた刃物が幾つも林立する機具と壁や床に飛び散った赤黒い液体だった。


 ここは恐らく手術室。

 ただ、全うな外科手術が行われているような場所で無い事は、火を見るより明らかだ。

 音嗣はそんなホラーシーンの一室のような手術室の中央で、ベッドに寝かされ拘束具で固定されている。


「何なんだ、ここは……!?」


 身動ぎし何とか脱しようと試みるが、拘束具はびくともしない。

 宛もなく頭を左右に振り、眼球を無茶苦茶に動かす。と、音嗣が寝かされているベッドの右隣に、一人の少女が寝かされているのに気付いた。見たところ拘束具はされておらず、薬か何かで意識を奪われているようだった。


「君! しっかりして、君!」


 音嗣は力の限り叫ぶが、まるで彫刻のように端正な横顔はピクリともせず、ベッドから垂れ下がる白銀の長髪が風に靡くかのようにはらりと揺れるだけだった。


「起きてくれ、頼む! ここは不味い!」


 幾ら叫んでも何の反応も示さない。余程、強い薬を盛られたのか。それとも、或いは彼女は、もう……。

 そう恐ろしい考えに行き着くより速く、足下の扉が乱暴に開かれた。驚いて視線をそちらへ移すと、血に染まった手術着を纏った大柄な男がそこに立っていた。逆光な上、マスクを着けている為、顔までは分からないが、尋常では無い雰囲気を感じさせる。


「何だお前は? 僕達をどうするつもりだ?」


 音嗣の問い掛けに、男は答えない。

 ただ黙ったまま少女の方へ歩み寄る。

 そして少女の体を恭しく抱き抱えると、傍らに置いてあったストレッチャーへ乗せ変える。


「その娘を何処へ連れていくつもりだ!?」


 男は答えない。

 ただ黙ったまま、少女を乗せたストレッチャーを押して手術室から出て行く。


「おい! 何処へ行くんだ! 何か答えてくれ!」


 男は答えない。

 最後まで一言も語らないまま、扉は閉ざされた。










 

《解説:銀の鍵》

 前回、後書きを別の目的で使った為に、今回の後書きを利用して青年ソルジャーがユキとの決闘の最中に使用した『銀の鍵』について、本作品での取り扱いを簡単に説明致します。


 元々、『銀の鍵』とはクトゥルフ神話に登場する、持ち主を『窮極の門』へ誘う能力を持つと言われるアイテムです。

 『窮極の門』の先には、混沌が渦巻く高次元から宇宙を支配する『外なる神』と呼ばれる超自然的な存在が居るとされています。


 青年ソルジャー、アスラ・エイプリルは『銀の鍵』を黒い刀身の薙刀『アルギュロス・ケイ』という形に変化させ、武器として使用していました。

 そして追い込まれた際、『アルギュロス・ケイ』を元の『銀の鍵』へ戻し、ユキと共に『窮極の門』の向こう側へ旅立とうとしました。が、実は旅立ってはおらず、その前の『第一の門』と呼ばれる『窮極の門』へ行くかどうかの意思確認を行われる門を越えたに過ぎず、『窮極の門』には行かなかったのです。

 理由は、『窮極の門』を越えるには、色々と手順が必要で、その間に倒されては元も子もないからです。

 そこでアスラ・エイプリルは、『外なる神』の副王の化身とユキを戦わせたのでした。


 それについては、また次話にて解説致します。


 それはともかく、こんな解説場を設けないといけないとは、自らの文才が嘆かわしい限りです。

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