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闇に舞う蛇  作者: 梨乃 二朱
第一章:Wicca in Parallel World
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三話:散歩

《コラムその3》

 ユキが長髪を嫌うのは、一度ドアに後ろ髪を挟んで大爆笑されたからだ。

 やっとこさ屋敷から出ることが出来たユキは、仰々しく構える正面玄関の門を潜り鬱蒼と茂る竹林を歩いていた。左右を林が囲うように敷かれた石畳の道を歩く度、下駄の乾いた音色が鳴り響く。

 気候からして恐らく春。三月下旬から四月上旬といったところか。散歩するには丁度良い。

 空は相変わらず、何も言わずに着いて来てくれている。


「そろそろ教えて貰いたいな」


 もうすぐ竹林に敷かれた石畳の切れ目というところで、空が口を開いた。


「屋敷から出て、何処へ行く気だ? いや、何処へ行きたいんだ?」


「ん? 何処ってそりゃあ、町でしょ? ウインドウショッピングなのだ」


 そう、ユキは町に繰り出そうとしている。

 何かよく分からないけど、この状況から考えて、ユキはどうやら自分の知らない世界に来てしまったようだ。有り体に言うなら“異世界トリップ”的な。

 ならば先ずやるべき事は、この世界の情報収集だ。というわけで、ユキは町にウインドウショッピングをしに行くのだ。


「で、町はどっち?」


「はぁ、やはり知らずに歩いていたのか……。良かろう、案内してやる」


 空はユキの前に立ち、「着いて来たまえ」と先導を始める。

 その後ろ姿は、真っ白でモフモフしてて何とも可愛らしい。抱き付きたい気持ちを抑えるだけで、もう一杯一杯。


「……おい、妙な殺気のようなモノを感じるのだが?」


「気のせいじゃない? きっと」


 そして歩くこと十五分程。

 喫茶店的なコジャレた場所に連れられるのかと思いきや、到着した場は、寂れた神社だった。

 竹林抜けて住宅街を突っ切り、小山を登った先にあった小さな神社には、人の気配というものが無い。が、どういうわけか境内は綺麗に掃除が為されており、社には蜘蛛の巣ひとつ見当たらない。

 鳥居の看板には『舞蛇(ムダ)神社』とあった。これは所謂、キラキラネームなのだろうか?


「さて、ここなら邪魔は入らない。人避けの結界を張ったここならな」


「ふぅん、結界ねぇ……」


 本堂へ上がる空へ続き、ユキも下駄を脱いで中へ入る。

 結界なんて非日常的なワードをすんなり受け入れられたのは、喋るニャンコを目の当たりにした以外にもある。それはユキも、“アストレイ(王道を外れた道)”を行く者だから。

 それよりもこの世界、少なくともユキを取り巻く世界観は何と無く理解出来てきた。


「で、何で神社? 何をどう間違えたら、こんな山ん中の神社に行き着くの?」


「騙す形になってスマナイ。というか、よくここまで着いて来たな? 途中で逃げられるかと思っていた。――理由は一つ、町に遊びに行く前に、説明すべき事と聞いて貰いたい話が幾つかあったものでな」


「それって今じゃ無きゃ駄目なの?」


「日が高い内に話さなければならない事だ。でなければ、君の生死に関わる。――何、そう時間は取らせはしないさ。話が終われば、約束通り町を案内しよう」


「……分かった。なるべく手短にね? 頭パンクしちゃうから」


「善処しよう」


 本堂の真ん中辺りにちょこんと腰を下ろした空は、何処か厳粛に語り始める。ユキはその前に胡座をかき、面倒臭い気分を抑えながら話に耳を傾ける。

 命に関わる、とまで言われては、聞かないわけにもいかない。そこのところは弁えているつもりだ。













 咳払いを一つし、空は口を開く。


「先ず、君について、いや、君の体について話しておこう。気付いているだろうが、君の瞳は左右で異なっている」


 それについては鏡を見たときに気付いた。右の瞳が紅色、左が翡翠色のオッドアイとなっている。

 これといって視力に問題は無い。が、何かしらの力の存在を意識する。この瞳は、恐らくただの眼球では無いのだろうと薄々感付いてはいた。


 因みに、この無駄に長い銀髪にも驚いた。

 長髪はバサバサして苦手だ。後で切ろう。それはそれは豪快に、ばっさりざっくりと。


「そしてその右目は、『闇石(アシン)』と呼ばれるこの世界には存在しない霊石で出来た義眼だ」


 何かきな臭くなってきた。

 現時点では漠然とし過ぎて実感が沸かないが、とにかくこの『闇石』とかいう右目はヤバいモノであるとは分かってきた。


「闇石は無尽蔵の魔力と強大な情報処理能力を使用者にもたらすアイテムだが、ただの人間に扱えるような代物ではない。それこそ、血の滲むような修行の末、初めて片鱗を使えるようになる程だ。もし仮に、何の訓練も受けていない者が使用すると、たちまち“闇石の意思”に呑まれ、二度と人間としての生を全うする事は出来なくなるだろう」


 空は変わらず厳かに語る。

 出来れば、聞きたくない事実だった。

 つまり、今、ユキは右目に爆弾を埋め込まれているのと同じ状況なのだろう。扱い方を間違えれば、容赦無く爆発する。


 それはそうと――


「クウちゃん」


「何だ? 質問か?」


「話が長い」


「……え?」


「話が長い」


 今のでか、と空の顔に出た。

 今のでです、とこちらも顔に書いて見せる。


「要点だけを簡潔にお願いします」


「君は本当に……はぁ……」


 溜め息を一つ吐くと、空は瞼を閉じて思案を始めた。数秒の間を置き、改めて口を開く。


「要するに、だ。君には来るべき戦いの時に備え、闇石を完璧に使いこなして貰わなければならない」


「来るべき戦いの時、ね。誰と戦うの? 敵対国? テロリスト? それとも“アンジャッシュ”的な名前の古代人?」


「どれも正解であってそうではない。というより、“アンジャッシュ”では無く“闇者”だ! アンジャッシュとは何だ!?」


 「お笑い芸人だよ」と教えたが、分かって貰えなかった。どうやらユキの居た世界とこの世界とでは、サブカルチャーが若干異なっているのかも知れない。

 声を荒らげた事を精算するように、咳払いを一つすると空は先の言葉を紡ぐ。


「話を戻す。――君が、いや君達“闇石の使い手”の敵は、絶対的な悪と呼ばれる邪神『闇舞蛇』の使徒だ。俗に『闇舞蛇の欠片』と言われている」


 いよいよ、話がきな臭い感じに染まってしまった。それと同時に面倒臭くなってきた。

 よくある話だ。『神の名の下に、悪魔の手先たる異端者を討て!』ってな感じの御触書で、自分たちに不都合な人間を殺させていく。

 それで仲間は、何人も…………


「どうした、ユキ? 何か物凄く嫌そうな顔をしているが?」


「あのね、クウちゃん。私、異端討伐とか魔女狩りとか大嫌いなの。あんな“こじつけ合法化殺人”なんかに手を貸すつもりなんて、微塵も無いから」


 これだけは言っておかなければならない。

 恐らく、何も言わないまま流れに任せていると、あっという間に大量虐殺の汚名を着ることとなる。そんな魂胆には乗らない。乗ってたまるか、っての!


 空は暫し唖然とした後、「フム、成る程……」と思案を始める。


「どうやら君の居た世界では、“人類が討つべき敵は人類”というのが通説のようだな? こちらのように“無理解の恐怖”は存在しない、いや存在しているが隠匿されているのだろう。そういう思考に至ったとしても仕方の無い事か。――安心したまえ。敵は人間ではない」


 “無理解の恐怖”が何なのかは不明だが、口振りからユキの危惧は取り越し苦労のようだった。


「君の仕事は、化け物退治だ」


「化け物退治?」


「君の為に分かりやすく説明すると、“闇舞蛇の欠片”は人間の殻を依り代とした怪物だ。そいつらの目的は、こちらの世界の破壊のみ。つまり、人間を含めた文明の抹殺。いや、抹殺なんて言葉は生易しいな。文明の削除、とでも言うべきか。ともかく“闇石の使い手”の仕事は、それの阻止にある」


 “モンスターハント”が仕事だ、と空は言う。

 それは確かに、人間を狩るよりは精神的には楽なのかも知れない。


 けれど、何か釈然としないものがあった。











 「その方法だが」と口舌を続ける空へ、ユキは立ち上がり背を向けた。

 これ以上、何も聞きたくないという意思表示のようだった。


 何が彼女の機嫌を損ねたのか、分からないほど愚かでは無い。

 彼女と知り合って、まだ間も無い。が、話をしているうちに、彼女には譲る事の出来ない信念が有る、という事は理解出来た。

 例えば、売られた喧嘩は買う。例えば、人殺しには成りたくない。彼女は無意識に感付いてしまったのかも知れない。


「……遊びに行ってくる!」


 口を閉ざしたのも束の間、突如として駆け出したユキを制止する間は無く、空はただ呆然とその後ろ姿を見詰めていた。

 気を取り戻した頃には、既に本堂を飛び出し境内の鳥居を潜って階段を駆け降りていくところだった。


「あんなに足、速かったのか……」


 取り敢えず、思った事を口にした。

 普段、淑やかに歩むか優美に舞う姿しか見ていない空にとって、先程の猛ダッシュは目を見張るものであった。


 さて、見失いはしたが、位置が把握出来ないわけでは無かった。


「あまり遠くへ行かれると面倒か……」


 溜め息混じりに呟きながら、空はちょこちょこと本堂を出る。

 この世界の知識に乏しい状態で、迂闊に知人に接触されてはトラブルの種だ。それが善良な市民なら何とでもなるが、そうではない場合はそれこそ厄介だ。

 山を出る前に追い付かなければ。


「随分と賑やかになったな? お前の主人は」


 不意に鳥居の柱の影から、真っ黒な人影が姿を現した。瞬間、神社に張り巡らせた結界が、術者である空へ悪意の侵入を知らせる。


「約束を果たす時が来たぞ、白猫よ」


「貴様……」


 その影と対峙した空は、全身の毛を逆立たせた。










 

《ユキちゃんとクウちゃん》

 空が密かにユキを神社へ案内する間の、何気無い会話を抜粋。


「ところで、ウィンドウショッピングと言っても、何処に行きたいんだ? リクエストは無いのかね?」


「そうだなぁ。今の気分的には、チョコパフェ的な、何か甘い物が食べたいのだ。後、レアチーズケーキをブルーベリーソースたっぷりに」


「食い気ばかりだな? せっかく町に行くんだ。他に何か無いのか?」


「他に? うーん、結構いっぱいあって迷っちゃうなぁ……」


「ほう、やはり洋服とかアクセサリーとかかね?」


「もう、クウちゃん、そんなワンパターンじゃ女の子は喜ばないよ?」


「ム、別に例えを述べただけであってだな、他にも色々と店は知っている」


「ありゃ? ムキになるなんて、気に障っちゃった?」


「ムキになどなってない。ただ何となく、つまらない男と思われるのが癪というか何というか……」


「あはっ、ハイハイ」


 こうして二人は、正確には一人と一匹は、楽しく会話しながら町とは反対方向へ歩いて行くのだった。

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